第53話 楽しい魔物講座(予定)
次の日、私はローレンと城の図書室で向き合って座っていた。
今日の修行はローレンによる魔物講座。主に魔骸についてローレンは教えてくれている。
「――このように、白竜が暴れると魔骸も凶暴化することがわかっています。今回白竜の復活とともに魔骸の増殖、凶暴化も起こっていますから、やはり魔骸は白竜の配下のような存在と考えていいでしょう」
大事な話だ。ローレンも私のために時間を使って教えてくれている。
それなのに、私の頭の中は別のことで占められていた。
それは、ヴィラのこと。
昨日のヴィラの様子はおかしかった。初めて会ったときは余裕のある雰囲気で、ゲームの中のヴォラと似た雰囲気だった。でも昨日のヴィラは切羽詰まっているような、怒ったり悲しんだり、情緒が不安定なように見えた。
それに、私を見る瞳も。まるで懇願するように、一緒に逃げよう、なんて。
帰ってから神様に隠し攻略キャラルートの今後の展開を知ってるか聞いてみたけど、知らんって一蹴されちゃったし……。
「――さま、空様!」
「ひゃいっ!」
突然名前を呼ばれて慌てて返事をする。目の前ではローレンが腕を組み眉根を寄せていた。
これは……突然名前を呼ばれたわけではなさそう……な、何回ぐらい呼んだのかな……?
おどおどと視線を彷徨わせる私を見て、ローレンはため息を吐いた。
「私の話はつまらないですか?」
「……すいません。そんなことはないんだけど、つい、考え事を……」
「何をお考えで?」
「ええっと……」
実は、昨日ヴィラと会ったことは誰にも言っていない。
ただでさえヴィラは怪しい旅人と思われているのだ。それに加えて一緒に逃げようと誘われた、なんて言えば、ヴィラは怪しいだけではすまなくなってしまう気がする。そうなってはヴィラに申し訳ない。
元々、私がヴィラのことを軽率に話してしまったから怪しまれているのだし……。
「……もしや、昨日一人になった時に何かありましたか?」
でも勘の鋭いローレンは的確にそこを突いてくる。
店から一人で出て迷子になったことは話してあるのだ。彷徨い歩いていたら偶々知っている道に出て、レオナと合流出来たことにしてあるけど……。
私は慌てて首を振った。
「いいいいえ! 全然何も! ただ私が迷っていただけで!」
「……それなら、いいのですが」
納得したのかどうか、ローレンはまたため息を吐いて軽く頷く。そしてまた、私にきらりと視線をよこした。
「では何を?」
「うっ」
「私の授業が手につかないぐらいの考え事なのでしょう? 今お話しいただかなければ、また考え事をされてしまいそうですから」
これは、話さない限りローレンは許してくれないだろう。しょうがない。ヴィラのことは話せないけれど、他にも一つ、別のことで気になっていることがあるのだ。
「……昨日私が店から出た経緯はお話済みですが……」
ちらりと伺うようにローレンを見る。ローレンはああ、と頷いた。
「レオナの彼女その一にマウントを取られたという話ですよね」
「まあ、はい。概ねあってますが……」
間違ってはいないけど、勘違いしないでほしいがマウントを取られたからショックで店を出たのではない。居た堪れなくなったから出たのだ。そこのところ、ローレンには後で訂正しておこう。
いやまあ、そんなことよりも、だ。
「……レオナ、大丈夫かなあ……と。凄い怒られていたようだし、今日も見かけなかったから」
昨日、事のあらましをアリス達に話したら、それはもうレオナは怒られていた。主にアリスに。
私は途中でローレンに連れられて部屋に帰ったから最後までは聞いていないけれど、アリスの執務室を出るときに見たレオナのしょんぼりした顔は、中々忘れられるものではなかった。
それに私も少し怒られたので、アリスとは昨夜から少々ギクシャクしたままだった。
「レオナなら、今日は罰として書類仕事ですよ。彼女は戦闘好きですから。この方法が一番効くんです」
ローレンは肩をすくめて言う。通りで今日の修行メンバーにレオナがいなかったわけだ。
昨日、レオナは先日まで書類仕事ばかりさせられていたと泣いていた。そんな彼女がまたその罰を受けているなんて、増々可哀想になる。
「そっか……私が一人でお店から飛び出したせいで、申し訳ない……」
「そうですね。それは反省していただかなければ」
「うっ……すいません」
ぐうの音も出ないとはこのことか。挙げ句迷子になってみんなに言えない秘密が出来ちゃったもんね……。
「それにしても、相手の女性も災難ですね。レオナみたいな屑に捕まって」
「すごい言う」
ローレンのあまりの言葉に驚く。これも仲が良い故なのか。
「……でも、レオナのこと、誤解しないであげてください」
「誤解?」
何のことか分からず首を傾げる。するとローレンはふっと優しい顔をした。
「最近はすっかり夜遊びもしなくなったみたいなんです。前まではほぼ毎日出掛けていたのに」
「それは……昨今の情勢を鑑みて自粛を……?」
「違います。レオナは例え隕石が降ろうが夜遊びをやめないでしょう」
「そんなに」
あまりにすっぱり言い切るから、ちょっと面白い。
くすりと笑えば、ローレンも軽く笑って、私を微笑んで見つめた。
「空様に会ったから、ですよ」
「……私?」
まさかそこで私が話に出るとは思わず驚く。ローレンはええ、と頷いた。
「どうやら、レオナは空様に対しては本気のようです」
「まさか、そんな。レオナは私で遊んで面白がっているだけじゃ……」
「そう思われてしまうのも仕方無いでしょう。レオナの身から出た錆ですね。ですので、まあ、私の言ったことは頭の片隅にでも置いておいて、よくよくレオナを観察されるといいかもしれないですね」
そうは言うが、現にレオナがよく遊んでいるタイプであることは、昨日この身をもって体感した。
それにゲームでのレナードもそうだったし……いや待てよ。たしかにレナードは遊び人だけど、主人公には一途になった。主人公を好きになると遊びも止めてたし……まさか、本当に……?
「ええ……?」
じわじわと、顔に熱が集まる。
ローレンの言うことが本当なら、昨日レオナが言ったことや私に触れたことが、意味を持ってきてしまう。それはなんとも……恥ずかしい。
赤い頬を冷ますように両手で包んでいると、ローレンが思い出したように言った。
「ああ、でも、アリス様のことも忘れないで下さいね。本気度で言えば、レオナに負けてはいませんよ」
「……なんと言えばいいのか……」
増々顔が熱くなる。今日もアリスとは一緒に寝るのだから、そんなことを言うのは勘弁してほしい。意識してしまうじゃないか……。
「そうだ。魔物講座ではなく、お二人のプレゼンでもしましょうか? とりわけいつご結婚してもいいように王宮の作法などを……」
「だだ大丈夫ですっ! 今度はちゃんと聞くので先程の続きをお願いしますっ!」
「ふふ、かしこまりました」
にこりと笑ってローレンは魔物の説明に移る。
話が逸れたことにほっとしながら、いい加減しっかり勉強しようと私も本とローレンの話を頭に入れる。
それにしても、ゲームでロレンスは序盤主人公に対して何とも思っておらず、あっさりとした対応だった。
そのはずなのに、ローレンは一緒に出かけた時から優しいし、今の笑顔も嘘という感じがしない。一体何故……まさかレオナ同様好感度が上がって……!?
くそう、好感度知りたいけど唯一教えてくれるヴィラは昨日あんな感じだったし、どうやって会えるかわかんないしなあ……。
うーん、と唸っていると、前方から咳払いがした。恐る恐る見てみれば、笑顔を貼り付けたローレンが私を見ている。
「空様……?」
「ごめんなさーいっ!」
この笑顔が嘘なのはわかった! しっかり勉強しますっ!
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