第37話 お泊りイベント発生の予感
「では、護衛には私の信頼している者をつけるのでご安心下さいね。……本当は私がずっとお側に入られればいいのですが……」
しょんぼりと肩を落とすアリスに、私は慌ててフォローに入る。
「気にしないで下さい! 王女様としてのお仕事がありますもんね」
それに、護衛といえばきっと四六時中側にいることになるはず。その相手がアリスというのは、なんだかとても心臓に悪い気がするし……。アリスの顔面の良さに何度か負けることになりそうで恐ろしい。
アリスが護衛をすると言い出さなくて良かった、と内心でほっとしていると、アリスがぱっと明るい声を出した。
「ですが、夜には必ず仕事を終わらせるようにしますので、寝るときは私の部屋で過ごしませんか?」
「…………え?」
今、この美しいお姫様は何を言った?
上手くアリスの言った言葉が理解出来ず、ぽけっとその顔を眺めてしまう。やっぱり睫毛もながいなぁ。
「私の部屋ならば、侵入者がいればすぐに気づけますし、警備もバッチリなので安全です。夜まで監視しているという証拠にもなりますし! ですから、夜から朝までは私の部屋で一緒に過ごされてはどうかと」
名案だと言うように上機嫌に手を合わせるアリス。私は一、二度瞬きをして、言葉を頭の中で反芻する。
アリスの部屋。安全。夜まで監視。朝まで一緒。誰が? アリス、と……わたしっ!?
「ええええ!?」
声を上げる私をアリスはにこにこと見ていて、先程の言葉が冗談でもなさそうなことを理解する。
お泊りイベント発生ってこと……!?
そんな、ファンラブには膝枕イベントはあったけど、お泊りイベントなんてなかったぞ! とはいえ今までもゲームにないことばっかりではあったけど……!
驚く私とは違って、神様は嫌そうに手をしっしっと振った。
「私は御免だぞ。この王女と同衾なんて虫酸が走る。空だけにしておけ」
「それは残念です。カミュ殿とは色々お話をしたいと思っているのですが」
「はっ。世迷い言を」
「いやいや! 私も遠慮を……!」
仲が良いのか悪いのか、軽口を言い合う二人の会話に割って入る。神様に続けとばかりに拒否を示すが、アリスは心配そうに眉を下げた。
何だその顔はっ……下心はないのか? 心配している気持ちだけだと信じていいのかっ!?
「ですが、夜はやはり危険です。寝るときだけでもお側にいたいのですが……」
「で、でも! 部屋にはカミュちゃんもいますし! それに、私が居なかったらカミュちゃん一人だけなのも危ないんじゃ」
「気にするな。狙われているのはお前だし、部屋にはカギをかけておく」
「それに部屋の前に兵士をつけておきましょう」
反論すれば、直ぐ様二人から次々にその反論をされてしまった。何も言えずにうぐぐと唸る。
「……どうも私に拒否権がないように思えるのですが……」
「ふふ、そんなことは」
アリスはそう言って笑うが、きっと何を言っても結局はアリスの部屋に泊まることになりそうな気がする。
それでも踏ん切りがつかないでいると、神様が口を開いた。
「まあ、安全面を考えたら、空はアリスの言う通りにしたほうがいいだろう」
「ええ〜……?」
「お前は今危険な立ち位置にいるんだ。用心するに越したことはない。こいつの部屋なら、この城の中でトップレベルで安全だろうしな」
確かに神様の言う通りだ。もしかしたら私は命まで狙われてしまっているかも知れないし、王女であるアリスの部屋ならそりゃ安全面でもピカイチだろう。
それに、アリスの戦闘力がアレックスと同じなら、アリスもめちゃくちゃ強いはずだ。そこらの魔物や賊なんてアリスの敵じゃないだろう。
そう考えたら私の力が使えるようになるまでは、アリスの部屋に泊まったほうがいいのだろうか……。
うーん、と腕を組んで考えていると、神様がふうと息を吐いた。
「だがまあ、そうだな。アリス、覚えておけ」
「はい?」
アリスが神様の方を見る。さらりと髪が揺れて、何と神様はアリスのその髪をくんっと、自分の方にひっぱった。
されるがままにアリスの顔が神様に近付く。神様自身もアリスの方に顔を寄せると青い瞳を覗き込んだ。
「空に無体を働いたら、私はお前に何をするかわからんぞ。それこそ、空を連れてここを去る」
「誓います。決してそのようなことはしないと」
神様のすべてを見透かすような金色の瞳がアリスを見据えた。アリスは臆することなくその瞳を見つめて頷く。
神様はしばらくじっと青い瞳の奥を探るようにしていたけど、ぱっと髪を放すと腕を組んで座り直した。
「……まあ、いいだろう」
「ありがとうございます、カミュ殿。貴方の信頼に応えましょう」
にこりと笑うアリスに神様がけっ、と舌を出す。私は何がなんだかと二人を見つめた。
震えだすかと思うぐらいの雰囲気だったぞ今。滅茶苦茶怖かった……話題の中心が自分のこととは思えない。
おっかなびっくり見ていると、神様が私の名前を呼んだ。へいっと弾かれるように返事をする。
「こいつも危険だが、命を狙ってくる輩よりはマシだろう。しばらく一緒に寝ておけ。今日からでもこいつの部屋に泊まるといい」
「それがいいですね」
「えっ!?」
いよいよ話がまとまりそうだ。神様はこの件に関してはもう私がアリスの部屋に泊まる方が良いと思っているみたいだし、味方は見込めない。
アリスもアリスでほぼ決定事項と考えているようだ。
ほんとに、ほんとに良いのかっ!? 一緒の部屋って、一緒に寝るってことだよねっ!? それって? つまり? あの時の二の舞いになるのでは……!
もやもやと、私の頭の中で初日のアリスとのことが思い出される。ベッドに押し倒されて、もう少しで、唇、が、触れるところだった。
だめだめそんなの! だって私が目指してるのはノーマルエンドだし!
でも一緒に寝て、もしまた似たようなことがあれば、今度はアリスの部屋だから誰も来ないだろうし、あ、アリスの顔面で迫られたら私止められるのかっ!?
頭の中でぐるぐると、色んな事が回っている。私の混乱に気づいたのか、そっとアリスが私の手に綺麗なその手を乗せた。
「空、安心して下さい。カミュ殿と約束しましたし、空が不安に思っていることはしません」
「いや、その、えっと……」
かあっと、顔が熱くなる。
みんなは私の安全のことを考えてくれているのに、その本人だけが別の、ちょっと、え、えっちな、ことを考えているようで、恥ずかしいやら申し訳ないやら。
そしてそれがバレているということがまた、羞恥心を煽る。
これはもう、頷くしかない。
「…………よ、よろしくおねがいします……」
私は顔を真っ赤にしたまま頭を下げたのだった。
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