第36話 疑われるということ

「護衛?」

「ええ、あのようなことがありましたから、念のために」


 畏れ多くもアリス直々に淹れてくれた紅茶を飲みながら、私達は卓を囲む。

 アリスは昨日西門で起こったことや、南門の魔骸は突然現れたことを話すと、最後に護衛をつけたいといった。


「……それから、確認したいのですが……巫女の力が使えなかったというのは、事実でしょうか……?」


 言いにくそうに告げられた言葉に、あー……と、私はつい俯いてしまう。やっぱりアリスはもう知っているらしい。

 紅茶に映る自分は情けない顔をしていた。けれど、いつまでもうじうじしている訳にはいかない。神様も言っていたじゃないか。使えるものは使え。

 前に進むために、出来ることをしなければ。


 紅茶から顔を上げれば、目の前にはアリスの美しい顔。急かすことも、責めることもせず、ただ優しい瞳で私が喋りだすのを待っていてくれている。

 私はその瞳を見つめて、言った。


「事実です」


 短い私の返答に、アリスはゆっくりと頷く。がっかりされるかと思っていたけど、アリスはそんな様子は見せずに真剣な瞳で返してきた。


「……理由は、分かっているのでしょうか?」

「……それが、私達にもよくわからなくって。さっきカミュちゃんと、この世界に馴染みきってないからかも、とは話してたんですけど」

「そうですか……なら、やはり護衛は必要ではないでしょうか? またいつ昨日のようなことがあるかわかりませんし、せめて空に巫女の力が使えるようになるまでは」


 きっとアリスは心配して言ってくれているのだろう。それはアリスの様子からも見て取れた。

 でも、なんだか少し引っかかりを感じた。


 昨日の魔骸は私を狙って街に入ってきたわけではないと思う。もし巫女の私を狙って、ということなら、脇目を振らずに私を攻撃してきたはずだ。

 でも昨日の魔骸はどちらかというと手当り次第、という感じがした。


 それなのにわざわざ護衛まで必要だろうか?

 また街に入ってくる可能性があったとしても、必要以上に城から出ないように、とか、昨日みたいに自分から危険な場所に行かないようにすればいいだけだ。


 それなのに護衛をつけるって、聞こえはいいけど、それって。


「要は監視をつけるということか」


 私の考えを引き継ぐように、神様が不機嫌そうな声を出した。

 今まで黙って紅茶を飲んでいたけど、カチャンと乱暴にカップをソーサーに置いて、きつくアリスを睨む。


「かみ、カミュちゃん」


 不穏な雰囲気に止めようとするが、神様は聞き入れずに言葉を続ける。金色の瞳がアリスを見据え、アリスはただその瞳を受け入れた。


「巫女だなんだと持ち上げておいて、使え無いとなると用無しどころか危険因子扱いか。お前達のような奴らは救いようがないな」

「そんな言い方、」

「お前もお前だ、空。いい子ちゃんぶってないで、もっと怒れ。そんなんだから良いようにされるんだ」


 今度は神様の厳しい瞳が私に向いた。言葉はキツイけれど、私のことを思って言ってくれているのは十分伝わる。

 けれど、


「……でも、私が怪しいのは事実だよ」

「空!」


 神様が何を言うんだと声を上げた。

 神様が怒ってくれるのは嬉しい。けれど、アリスが私に監視をつけたい理由はよく分かる。

 巫女とは肩書だけで、その実、巫女の力は使えない。その上私が来た翌日に魔骸が街に入ってきたのだから、怪しまれるのも無理はない。


「監視をつけるっていうなら、受け入れる。しょうがないことだもん。でも私は約束したから。だから例え監視があろうと、疑われていようと、やるべきことをやる。私がそうしたいから」


 神様をしっかり見詰めて私自身の気持ちを伝える。神様は眉を寄せて私を見ていたけれど、やがて頭をがしがしと掻くと、大きなため息を吐いた。


「……わかった。お前がそう言うなら、私はもう何も言わない。でも、辛くなったらいつでも言え。お前を連れて逃げることなんて容易いからな。二人でどこかの草原にでも家を立てて暮らそう」

「あはは。それもいいね。……ありがと、神様」

「……ああ」


 神様と草原で二人暮らし。それも中々楽しそうで私は笑う。軽くなった気持ちでお礼を言えば、神様は微笑んで頷いた。


「……確かに、監視という側面もあります。ですが、護衛というのも噓ではないのです」


 私達二人のやり取りを見守っていたアリスが口を開いた。私達を見詰め、申し訳無さそうに言葉を続ける。


「嘆かわしいことですが、此度のことで……空が巫女の力を使えなかったことで、空は私達を騙そうとしていると、この国を壊そうとしていると思っている者たちがいます。放っておけば恐怖と妄想で空に何をするかわかりません。そのもの達から空を守るための護衛でもあるのです」

「そんな……」


 思わず言葉に詰まった。怪しまれているとは思っていたけど、そんなに切迫した状況だとまでは思っていなかった。


「ですから、空には一人になる時間がないように護衛をつけたいのです。空を良く思っていない者たちにも、監視をつけるということで今は納得してもらっています。空には煩わしいことだとは思いますが……どうか、聞き入れて頂きたいのです」


 アリスは私に向かって頭を下げた。

 きっとアリスは私のことを信じてくれている。本当は監視なんて付けたくないと思ってくれているはずだ。それでもそうせざるを得ない状況なのだろう。

 なら、私ができることは。


「頭を上げて下さい。大丈夫です、分かってます」

「空……」

「護衛でも監視でも、じゃんじゃんつけてくださいっ! 私は、私の力で、信頼を勝ち取ります」


 アリスは私の立場がこれ以上悪くならないように骨を折ってくれているはずだ。

 なら、私はアリスの言うことを聞いて、私を怪しんでいる人達に敵意がないことを示さなければならない。なおかつ、早く巫女の力を使えるようになって疑いを晴らさなければ!


 むんっ、と握りこぶしを作れば、アリスはぽかんとして、やがてくすくすと笑った。


「……ありがとうございます、空。やはり、貴方は強いですね」

「そんな……でも、ありがとうございます」


 強いと言われて、悪い気はしない。えへへと照れながら笑えば、アリスも微笑んでくれた。

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