第22話 隠し攻略キャラと黒猫

 アリスの後ろ姿を見送って、ふうと息を吐く。まさかゲームにないこんなことが起こるとは、驚きだ。

 ここからの展開がわからないことに不安を抱いていると、アステラがひょっこりと私の顔を覗き込んだ。


「空様、本当にいいのですか? こんな、空様の決意に泥を塗るような行為……」

「いいの。しょうがないことだよ。それに将軍さんは私の決意なんて知らないしね」

「空様……」


 アステラが眉を下げる。でもすぐに明るい声を出して笑顔を見せた。


「あっ! 実は私とっておきのお菓子をとっておいてあるんです! アリス様を待つまでの間、お茶にしましょうか」


 にこりと笑うアステラに胸があったかくなる。きっと、私を慰めようと、元気づけようとしてくれている。


 さっきは突然のことで感情が追い付かなかったけど、確かに私は傷ついていた。今まで人にここまで疑われて、嫌われたことなんてなかったから。

 だから、アステラの申し出は素直に嬉しかった。


 私には私の代わりに怒ってくれるアリスも、元気づけてくれようとするアステラもいる。それがわかっただけで、これからも頑張れそうだ。


「うんっ。ありがと、アステラ」


 笑顔でお礼を言うと、アステラもぱっと顔を輝かせて大きく頷いた。


「はいっ」


 どんなお菓子なの。とっても美味しいですよ。なんて話しながら、二人で食堂に向かって歩く。

 すると、かすかに何かの音が聞こえて、私は足を止めた。


「――ん?」

「どうかされましたか?」


 アステラも不思議そうに足を止めて、私を見た。


「ううん、なんだか、音が」

「音? 私には何も聞こえませんが……」

「え? でも確かに音が――」


 かすかに聞こえていた音が、今ははっきりとメロディとして聞こえる。これが聞こえていないなんておかしい。耳をすますと、今度は歌声も聞こえてきた。

 そこでハッとする。この、歌は!


「まさか!」

「空様⁉」


 突然駆け出した私にアステラは驚いて声を上げる。私は走りながらアステラを振り返った。


「すぐ戻るから!」


 それだけ告げて、教会から飛び出した。




 教会から出て、音を頼りに街を走る。目的に近づくにつれ、歌はよりはっきりと聞こえてきた。


「――天高く舞い上がる。上へ上へ、青空を駆ける」


 間違いない。これは彼の歌だ。

 疑いは確信に変わり、建物の間を走ってすり抜ける。視界が広がったと思ったら、私は街の端の高台に来ていた。

 煉瓦造りの石畳に、胸元まである高さの塀。下を見れば街を見下ろすことが出来る。

 

 その塀の上に、彼は、いいや、彼女は、座っていた。


 太ももぐらいまではありそうな、雲みたいに真っ白の髪に、猫のような金色の瞳。白いフード付きのマントを着ていて、水瓶型のハープを手に、彼女は私を見てにっこり微笑んだ。


「――ああ、黒猫が釣れたね」


 ああ、なんてことだ。


「そんな……!」

「どうかしたの?」


 がくりと膝をついてその場に崩れる私を心配して、彼女は塀からすとんと降りて近づいてくる。

 見上げる顔はやっぱりというか、面影がある。ファンラブのサポートキャラ、ヴォラに!


 ヴォラは非攻略キャラで、主人公に攻略キャラの好感度を教えてくれたり、物語を進めるための重要なヒントを教えてくれるキャラなのだ。

 そのビジュアルの良さや作りこまれた見た目から、私は彼が唯一攻略していない隠し攻略キャラなのでは、と踏んではいたけど……。


 私にじっと見つめられ、彼女は不思議そうに首を傾げる。さらさらと揺れる髪がなんとも綺麗だ。マントで微妙に隠れてはいるけど、胸はあるしくびれもある。手足も白くて細く、綺麗だ。

 まごうことなき、女性。男だったキャラが女になっている。神様は言っていた。私のために攻略キャラを女にした、と。なら、疑う余地もなく、彼女は隠し攻略キャラ!


「うああ~……」


 完全なネタバレだよお! 予想してはいたけど、どうせなら男の状態で会いたかったああ! こんな形で楽しみにしていた隠しキャラに会うなんてえええ!


「神様め、せめて隠しキャラは男のままにしておくとか配慮をだなあ……!」


 ああ、部屋に帰ったら神様に文句言わなきゃ。じゃなきゃ気が済まない!


 ぶつぶつ言いながら時折うえうえ唸っていると、頭上からぷっと吹き出す声が降ってきた。え、と反射的に顔を上げると、頬をこれでもかと膨らまして笑いを堪えているヴォラがいた。私の呆けた顔を見てたまらず吹き出す。


「あっははははっ! 君っ! ひぃー!」

「あ、あの……」


 突然笑い出したヴォラに困惑していると、彼女は腰を折って大笑いを続けている。息まで苦しそうだ。私、そんなに滑稽だった? ……だったかも。


「か、可憐な子猫だと思ったら、くくくっ、随分クレイジーな、あはははっ!」

「あの、すいません……もう、大人しくするので……」

「ひぃー! 恥ずかしくなっちゃたの? はははっ! ほんっと、可愛い! あははは!」

「もうやめてえー!」


 真っ赤になりながらがくがくとヴォラを揺するけど、まるで笑いが収まる様子はない。私は暫く彼女の大笑いを聞き続けるはめになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る