第32話 レオナの星空

 少し時は遡り、アリスが空を連れて城に入って行った頃。


「もお……あんなに怒らなくてもいいのに……」


 アリスの姿が見えなくなると、レオナはため息を吐きながら足を崩して伸びをした。

 ローレンはレオナの言動に、さて、と首を傾げる。


「そうとも言えないでしょう。いたいけな女性を襲っている部下を見た上司としては無難な対応では? というか、警察に突き出されてもおかしくは……」

「きーこーえーなぁい」


 耳を抑えてローレンの言葉を遮るレオナ。ローレンはやれやれとため息を吐くが、レオナは素知らぬフリで話題を変えた。


「それより、空は違うって言ってたけど、ほんとにあの二人って付き合ったりしてないの?」

「ええ、アリス様の片想いですよ」


 ローレンはアリスの恋愛事情を呆気なく明かす。何分アリスの空に対する好意はあけすけなので、隠す必要を全く感じていないのだった。


「ええ〜の割に独占欲つよぉい。あんなんじゃ空に嫌われちゃうんじゃないの?」

「大目に見てあげて下さい。初恋で四苦八苦してらっしゃるんですよ」

「ふぅん……」


 初恋なのか。それに関してレオナは初耳であったが、言及はしないでおいた。やっぱりな、という気がしたからだ。あの真面目さでは恋の一つもしたことはないだろうとは思っていたのだ。

 とはいえ、アリスの恋愛事情にレオナは興味がなかった。


「あーあ、それよりお腹すいたなぁ……」


 レオナは地面にごろん、と転がる。ローレンに「汚いですよ」と言われたが、気にせずに仰向けのまま空を見上げた。


「私今日、すっごく頑張ったのにぃ……」




 西門警備から一報が届いた時、レオナは誰よりも早く部下を連れて王都を飛び出した。


 王女直属騎士であるレオナはある程度の自由が許されている。上司であるアリスはレオナのその“ある程度の自由”の広さに頭を悩ませているが、レオナには知ったことではなかった。

 好きに戦い、好きに食べ、好きに女性と寝る。この三つが、レオナにとってもっとも大事な自由であるのだ。


 そうして魔骸の元に着いたレオナは早々に戦闘を開始したのだが、直ぐに違和感を覚えた。

 こちらが攻撃をしようと間合いを詰めると、魔骸はすぐに後退したのだ。ある程度の反応としてレオナ達に向かって攻撃をしては来たが、ほとんど近づけば後退するの繰り返しだった。


 魔骸に知性はないとされている。こちらの攻撃を避けることはあるが、今回のこれはどうも違うように思えた。


「……誘導、されてる……?」


 直感だった。だが、口に出せばそれはほぼ確信に変わる。

 レオナは後を部下に任せ、王都に馬を走らせた。魔骸は王都から離れようとしているように感じたのだ。であれば、何かが王都に起こるか、今まさに、起こっているか。


「レオナっ!?」


 途中、西門までの通りでアリスとすれ違った。もの凄い勢いで戻ってきたレオナに驚くアリスに、レオナは馬の速度を緩め叫んだ。


「誘導されてる気がするの! 早く戻ってください!」

「誘導って、どういう」


 その時だった。王都から大砲でもぶつかったのか、というほどに大きな音がしたのだ。

 レオナは一目散に駆けた。後ろから、お前たちはレオナに続け、というアリスの声が聞こえて、レオナの後ろが騒がしくなる。状況判断の早い上司がいるとこれだから動きやすい。

 そうして、レオナは兵士を連れて南門へと急いだのだった。


 南門に近づくにつれて、何が起こったのかはすぐにわかった。黒く蠢いているものが見える。魔骸が、街に侵入したのだ。

 門には当然見張りがいるはずだ。西門のように、魔物が近付く前に報告がなされるようになっている。それなのに侵入を許したということが不思議でならなかった。


 同時に、西門の魔骸はやはり囮であったことを知る。信じられないことだが、明らかな連携だった。


「……ふぅん、そんなことできるんだぁ……」


 馬で駆けながらレオナは呟く。ここまでのことができるなんて、王都に侵入した魔骸はどれ程の強さか。それを考えるとレオナの胸は高鳴った。

 だがその高鳴りは、魔骸のもとに到着したときに驚きに変わる。


「わああああ!」


 黒髪の少女が、魔骸に向かって剣を突き刺していた。でもその攻撃は魔骸には効かず、振り下ろされた魔骸の手をすんでのところでなんとか避けている。


「あれって……」


 見覚えのある顔だった。当然だ。つい昨日この国にやってきた、異世界の巫女だ。

 彼女はぼろぼろの姿で、遠目からでも怪我をしていることがよくわかった。


 異世界の巫女は魔物を倒す魔法が使えるはず。それなのに彼女は汗と汚れにまみれて、傷だらけでそこに立っていた。

 後ろには幼い少女とその母親らしき女性。巫女が二人を助けようとしているのは明白だった。


「なんで……」


 状況が理解出来ずレオナはぽつりと零す。

 なぜだか巫女のその必死な姿がレオナにはキラキラして見えた。ああ、これが巫女か、と思ったのだ。なるほど、これなら、魔を打ち払えるのも、頷ける、と。

 だがどうやら、巫女は魔法を使おうとしても使えないようだった。


 不思議に思う間もなく、レオナは近づいてくる大勢の音にハッとする。振り返れば兵たちがこちらにやってくるところだった。どうやらレオナは彼らを振り切って一足先に到着していてらしい。

 意識が急速に覚醒したレオナは急いで空たちのもとに向かった。ちょうど絶対絶命の大ピンチ。振りかぶったレオナの大剣は魔骸を綺麗にふっ飛ばしたのだった。




 レオナは夜空を眺めながら今日一日を思い出す。

 やっぱりどう考えても自分は十二分の働きをしている。それなのに、なんなのだこの仕打ちは。お腹を空かせて地面に大の字で横になるなんて、自分はどんな酷いことをしたというのだ。

 ……別に……ちょおっとだけ、空の柔肌を触っただけだ。


 見上げる夜空は星が輝いていて、空の瞳を思い出した。

 黒いけどキラキラで、今日見ただけでも空の瞳はずっと真摯に前を見つめて光っているような気がした。


 必死になって魔骸に向かっているときも、何もできなかったと落ち込んでいたときも、励まされて、泣いていたときも。

 そして、馬車の中で自分を見上げたときも。

 黒い瞳はキラキラと光って見えて、その表情に、台詞に、可愛らしくてしょうがなくなってしまった。

 だからつい、手が出た。


 レオナは女性的なその見た目に反して同性にモテる。

 騎士という職業柄のためなのか、レオナの色気や余裕のある態度からなのかは分からないが、レオナに誘われて喜ばない女性はいないのだ。実際今までレオナは相手に困ったことはない。


 だから、期待していたわけではないが、拒絶されるなど夢にも思っていなかった。

 それなのに。


『ない、けど……あっ、どこ、触って……!』

『ふっ……だめ、だって……ん、』

『やだぁ、まっ、やっ、』


 力の入れられない手で止めるように腕を掴まれて、どうすればよいのかわからずに縋りついてきて、それでも止めようとやだとだめを繰り返すさまは、本当に可愛くて。

 熱に浮かせれたように潤む瞳に、初心な反応に、レオナは柄にもなく空に夢中になってしまっていた。

 いつもなら周りの状況にすぐ気がつくのに、まさか馬車の扉を開けられるまで止まっていることも気が付かないなんて。

 

「…どーしちゃったのかなあ……」

「何か言いました?」


 ぽつりと呟いた声にローレンが反応する。


「なあんにもっ」


 レオナは少し笑ってローレンに返事をする。レオナは上を見たまま、空のことを思った。


 理由はわからないけど、力の使えない異世界の巫女。きっとこれから辛いこともあるかも知れない。

 力の使えるはずの立場にいながら、その力が使えなかったときの気持ちは、程度の差はあれどレオナにはよく分かる。

 ならば、少しでも寄り添ってあげることが出来るかもしれないと思った。


 そう思ったのと同時に、やはり柄じゃないと笑う。どうにも調子が出ない。その理由に至ろうとして、あり得ないとまた笑った。

 レオナは自由であることを愛する。それなのに一人に固執しようとするなんて、大勢の女性が泣いてしまう。


「さっきからなんです? 一人で笑って。気味が悪いですよ」

「ふふっ、ローレンひどぉい」


 軽口を言い合いながら見上げる夜空はきれいな星空で。

 アリスが戻ってくるまではこの空を独り占めしていようと、頭の後ろで腕を組んだ。

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