第35話 修行と恋の苺ジャムトースト

 明くる日の朝、私と神様は部屋で朝食のトーストにかぶりついていた。

 手軽に食べれるから傷にも響かないし、何より甘酸っぱい苺ジャムが絶品だ。


 黙々と食べ進めていたけれど、神様が三枚目のトーストにジャムを塗ったところで思いついたように声を上げた。


「ようは、この苺ジャムなんじゃないか?」

「……何の話?」


 主語も何もない言葉に首を傾げるが、神様はお前のことだ、とトーストで私を指した。


「この世界が苺ジャムだとして、空は出来上がっているジャムに突然投入されたただの苺だ」

「いみわかんない」

「つまり、この世界にまだ馴染んでいないってことさ。この世界で食って寝て、ちゃんとジャムになれば、そのうちに巫女の力も使えるようになるだろ」


 神様はトーストにがぶりと齧り付いた。

 神様の言いたいことは何となくわかる。つまりはこの世界で生活していれば、ちゃんとこの世界の住人になれば、巫女の力も使えるようになる、ということだろう。


「そんなもんかなあ」


 言いたいことはわかるけれど、そんなに簡単な話なのだろうか。神様の話は結局推測の域を出ないわけで、どれだけここで生活しても結局力を使えないままの可能性もある。


 うーん、と唸りながらトーストを齧る。香ばしいトーストとジャムの甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、幸せな気持ちになる。

 もぐもぐと咀嚼して、あ、と閃いた。


「修行!」

「修行?」


 不思議そうにする神様にそう、と頷く。


「やっぱり力を手に入れるってなったら、古今東西修行がつきものじゃない? ファンラブのゲームでもさ、まあ主人公は最初から魔法使えたけど……でも、その魔法を安定させたりするためにやってたのよね、修行!」


 ゲームの中で、主人公の魔力が安定しないということがあった。魔法なんて召喚されるまで使ったことがないから、安定させる方法が分からないという主人公に、攻略キャラたちが修行に付き合ってくれるのだ。

 一日ごとに一緒に修行するキャラが選べて中々楽しかったな。といっても、好感度上げるために、攻略すると決めたキャラをずっと選択していたけど。


 それぞれの修行シーンを思い出しながら、ぱくりとトーストを口に運んだ。甘酸っぱい恋の味だ。修行イベントも中々甘酸っぱくて大変よろしいのである。


「ほうほう、中々良いアイディアじゃないか? どっちにしろ身体能力の向上は大事なことだ」


 いつの間に食べたのやら、神様は四枚目のトーストに手を伸ばしながら言った。

 神様のお墨付きも得て、私はいよいよやる気になって大きく頷く。


「そうだよね。きっと、やらないよりはやったほうがいいはずだよ!」


 そうと決まれば早速朝食の後に、と思ったが、朝食の後に、どうやればいいのだろうか?


「……でも、修行ってどうするのかな? 筋トレとか?」


 はてと疑問を神様に問いかける。勿論今までに強くなるための修行をしてきたことはない。やり方が全く分からなかった。

 ゲームでは魔法を色々教えて貰ったりしてたけど、そもそも私の場合その魔法が使えるようになるための修行だしな……根本が違うよね……。


「アリスに言えばなにがしかの用意はしてくれるんじゃないか? 講師つけたり」

「そっか、そうだね……でも、そのためにはまず私が巫女の力が使えないことを説明しなきゃなあ……」


 もしかしたらもうアリスも知ってるかもしれないけど。あの場に居たのに魔骸を倒せなかったことが、何より私に魔法が使えないことの証明だもの。


 でも、自分から巫女の力が使えないんです、とアリスに宣言するにはやはり勇気がいる。

 だってアリスにはこの国を救うと言ってしまっている。それなのに実は救うための力が使えないんです、というのは、随分情けない話だった。


「情けないことなどあるものか。強くなるために修業する。結構なことじゃないか」

「また心読んで……」

「使えるものは使え。それに、お前がもし修行で巫女の力が使えるようになれば、それはこの国のためにもなることだろう」

「そうだけど……」


 神様の言うことはわかるけれど、そんな簡単に割り切れる話ではない。それに王女として忙しい身であるだろうアリスの手を煩わせるのは気が引けた。


 どうしたものかと考えていると、ドアをノックされた。メイドさんが食後のお茶をもってきてくれたのかもしれない。


「はーい! 入って下さい!」


 食器も片付けるだろうから、急いで食べてしまおうと、食べかけだったトーストを口に押し込んだ。口をいっぱいにしてもごもごしていると、ドアがゆっくりと開く。


「おはようございます、空、カミュ殿。たまたまそこでメイドと会ったので、代わりにお茶をお持ちしました」


 お茶一式の乗ったワゴンを押してにこやかに部屋に入ってきたのは、朝から眩しいアリスだった。

 思ってもいない人の登場に驚き固まっていると、アリスは私を見てくすりと笑った。


「ふふ、リスのようで可愛らしいですね」

「もがっ!?」


 自身の頬をちょん、とつついて笑うアリスに、なんてみっともないところを見られてしまったのだと顔が赤くなる。

 急いで水で流し込むが、私が口を開けるようになるまでにこにことアリスに見られていて、なかなか恥ずかしかった。

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