第64話 アリスの気持ち
病院への道中。馬車の中でアリスは空から聞いた話を語った。
とはいえ、空はアリスに話したのであって、ローレンに話していいという許可は貰っていない。だからアリスは自分に関係のあることだけを語った。
とりわけ、アレックスのことを。
「空は、私と別の人を重ねている。それは男で、私とよく似ている……同一人物とも言える相手だ」
「そんな事が」
「空は本当はその相手に会いたかったんだ。でもいたのは私で、きっと、がっかりしただろう」
「そうなのですか」
「それに私は不甲斐無いところばかりだからな……今回だって、空を守ると言っておきながら危険な目に合わせた。怖い目にあった空のフォローも満足に出来ず、自分の感情をぶつけ、空を傷つけた」
「それはまた」
「それに私は――」
「あ、もういいです。長いですね、自分語りが」
「おいっ! 話せと言ったのはお前だろう!」
適当な相槌に加え、ばっさりと話を遮ったローレンにアリスは吠える。
アリスは真剣に悩んでいるのだ。当然の怒りであったが、ローレンはどうどうとアリスを嗜めた。
「落ち着いて下さい、大体分かりました」
「何が分かったんだ」
「要は、アリス様はお寂しいのですね」
「……私の話を聞いていたか?」
寂しいなどと、アリスは一言も言っていない。
こいつやはり私の話を聞いていなかったか。そう思ったが、ローレンはそれは深く頷いた。
「聞いていましたとも。空様が自分を見てくれていなかったと知って、寂しく思われているのでしょう? 自分はこんなに空様のことしか見ていないのに、と」
「うっ」
図星であった。ぐさりと突き刺さる言葉にアリスは胸を押さえる。
でも、そうか、と思う。浅ましくも自分は見返りを求めていたのか、と。
だからこんなにもショックなのだ。空と出会って、一緒に過ごすほどその想いは募り、空ももしかしたら、と、少なからず期待してしまっていたから。
だから、最初から自分など見ていなかったことを知って、殊更悲しかったのだ。
「……やはり、こんな私なんて空は……」
「ですが、そうと決めつけるのは早計ではありませんか?」
「……どういうことだ?」
ローレンの言葉にアリスは首を傾げる。
アリスは空自身から話を聞いたのだ。その言葉に偽りはないだろう。
けれどその考え自体が誤りだとローレンは言う。
「アリス様とその男性を重ねていたことも、がっかりしたことも、きっとあったことでしょう。ですが、今もそうだと、空様は言ったのですか?」
「それは……」
アリスは言葉に詰まる。
空は事の成り行きを語りはしたが、言うなればそれだけだった。
ヴィラとの関係性を話すために話したことなのだろうから、それを話せば十分ではあるが、確かにアリスは今の空の気持ちを聞いていなかった。
ローレンはアリスの反応を見て続けた。
「なら、今の気持ちをちゃんと聞くべきです」
「今の……」
「はい。長い期間ではありませんが、空様はこの世界で眠り、食べ、話し、そして命をかけて戦ったこともある。その上で、また戦おうと決意し、慣れない修行にも打ち込んでいらっしゃいます」
アリスは先日、レオナと修行をする空を見た。慣れない姿で剣を握り、必死にレオナに向かって行っていた。
それから、ローレンとの修行も。うんうん唸りながら、それでもローレンの話を真剣に聞いていた。
魔骸と戦い、心身ともに傷付き、それでもひたむきに前に進もうとする空に、アリスは何度心を打たれたか分からない。
「それに、私達は私達なりに、空様と関係を築いて過ごしているではありませんか」
今日、空と一緒に過ごしたことを、アリスの瞳の色と同じ宝石が綺麗だと微笑んでいた姿を思い出す。
あれも、アレックスと重ねて? ……いいや、そうではないはずだ。確かに空は、アリスを見て微笑んでいた。
ローレンはにこりと微笑み、アリスの手に自分の手を重ねた。
「その濃密な時間は、空様にきっと心の変化も与えていることでしょう。アリス様も、そうではありませんか?」
ローレンの、言う通りだった。アリスの空への気持ちは、最初に出会った頃と比べ物にならなかった。
空の優しいところ、可愛いところ、恥ずかしがり屋なところ、そして前に進む強さに、愛しさは募るばかりで。
アリスはふっ、と笑った。
「…………全く。やっぱりローレンには、敵わない」
「そうでしょうとも。でなければ、気の強い王女の右腕で――友人など、出来ませんよ」
「その通りだ」
優しい友人の手に、言葉に、アリスは勇気を貰った。
時間を取って、ちゃんと空と話そう。まず今日のことをしっかりと謝罪して、それから、空の今の気持ちを聞こうと。
その後のことはその後に考えればいいのだ。今考えたところで、結局は結論などでないのだから。
だが、まずは。
馬車が止まる。もう目的地についたらしい。ここには話をじっくり聞かなければならない奴らがいる。
「さて、空に乱暴したものを締め上げなければな。やり過ぎそうになったら……止めてくれよ」
「さて、それは承諾致しかねます。クズに情けをかけるのは得意ではなくて」
じゃあ誰が止めるんだとアリスは思ったが、まあ医者が頑張るかと匙を投げたのだった。
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