第65話 修行兼デート

「それで、アリス様には昨日から会っていない、と……」

「うん……」


 アステラの言葉に私はこくりと頷く。アステラは真剣な表情でカップに視線を落とした。




 今日、私はアステラの教会に来ていた。何でかと言われれば勿論修行のためで、アステラに魔法を教えてもらいに来たのだ。

 それに、今は部屋に籠もるより外に出たかったし、アステラに会うのは気分転換にもなる。


 部屋の前についててくれたレオナの部下の人を護衛にアステラの元へ行き、着くなり早速飛びついてきたアステラは、私の顔を見るとはたと止まった。


『何かあったんですか?』


 心配そうに私を見るアステラに、胸が詰まって。

 部屋に入るとお茶を淹れてくれたアステラに、私はこの世界に来た本当の理由も含めて昨日あったことを全て話したのだった。




 アステラはカップの中の波紋を見つめ、そのまま口を開いた。


「……一つ、私に言えることがあるとすれば」


 私はアステラを見つめる。どんなに失望されても受け入れようと思った。

 アステラは巫女オタクだから、不純な動機でこの世界に来た私のことを軽蔑するかも知れない。それでも、私はそれを受け止めなければならない。


 覚悟を決めて、アステラの言葉を待つ。アステラは顔を上げると、口を開いた。


「ずるいです!!!」

「…………え?」


 アステラの言葉に首を傾げる。言われた意味が理解出来なかった。

 アステラはかしゃんとカップをソーサーに乱暴に置くと、がばりと立ち上がった。


「他の皆さんばっかり空様とデートしたりお出かけしててズルいですー!」

「え、ええ!?」


 そこっ!? もっとこう……何か色々ないのかっ!? 怒ったり悲しんだりしろとは言わないけど、もっと他に言及するところがあるのでは……!?


 驚きすぎて驚き以外の言葉が出ない私の前で、アステラは地団駄を踏んだ


「ずるいですずるいですずるいですー!!」

「そ、そう言われましても……」


 困惑しながらもなんとかアステラを宥めようとしていると、アステラはむっとしてぽそりと小さな声で呟いた。


「……私ともデートしてください」

「え?」

「私ともデートしてくださいっ!」

「ええ!? しゅ、修行は? それにアステラ、外出れないでしょ……?」


 デートと言われても、アステラは教会を守らなければならないので緊急事態の時は外に出れない。

 どうやってデートを……というか修行……。


 でもアステラはむふふと笑うと、私の手を引いた。


「何の問題もありません! こっちです!」

「え、ええええ?」


 アステラはばたばたと部屋を飛び出す。私も引っ張られながらその後に続いたのだった。




「じゃあん! 今日はここでデートです!」

「わあっ……!」


 アステラは自信満々で手を広げる。私はその美しさに感嘆の声を上げた。

 豊かな緑に、柔らかな芝生。綺麗な花が咲いていて、大きくて立派な木が、ちょうど中心の場所に力強く立っている。


「自慢の温室です!」


 そう、ここは教会にある温室だ。

 何度かゲームでも出てきていて、アステルルートではこの温室でよく主人公とアステルが憩いの時間を過ごしていた。


「魔法は自然の力を借りることも重要ですから、今日はここで修行兼デートですっ」


 キコキコとアステラがハンドルを回すと、天井のガラスが開いて直接太陽の光が入ってくる。

 昨日と違い、今日は快晴だ。心地の良い風も温室の中を通り抜けていく。


「ぽかぽかしてて、良いところだねえ……」


 心地良さに伸びをすると、アステラは満足気に頷いた。


「私のお気に入りの場所ですから! ささ、こっちに来てください!」


 ぐいと手を引かれるままに後についていくと、アステラは大きな木の前で立ち止まった。


「さあ、空様。座ってみて下さい」

「? わかった」


 アステラに言われるまま、木を背にして座る。するとアステラも隣に座ったかと思うと、なんと私の膝を枕にするように、ぱたりと横になった。


「アステラ!?」

「デートですから、膝枕しながら修行です!」


 デートなのか修行なのか、良くわからないけど、アステラは譲る気はなさそうだった。


「ええ……? こ、このまま?」

「勿論です! 私だけ何にもないのはずるいですから!」

「ううん……ずるいがよく分かんないけど……まあ、いいか……」


 アステラのことだからどんなことを要求されるかと思ったけど、膝枕ぐらいなら全然許容範囲だ。


 それに普段の行いのせいで忘れがちだけど、アステラもアリス達と同様に美少女なわけで。そんな子がにこにこしながら私の膝から私を見上げているのは、まあ、悪い気は、しない、というか……。


「えへへ〜柔らかいです〜」


 油断したのも束の間、アステラは私の膝に頬をくっつけると太ももをもにもにと揉みしだき始めたてので、頭をはたき落とした。


「そんなこと言うなら膝は貸しませんけど!」

「ああ〜! ごめんなさーい!」


 アステラの頭がよじよじと膝に戻ってくる。全くしょうがない。

 一つため息をついてアステラの頭を撫でる。アステラは猫のように目を細めて気持ちよさそうな顔をした。

 こんな顔されては、許すほかない。


 ぽかぽかと暖かい日差しを受けながら、また一つため息を吐いた。

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