第59話 宝石よりも
おばちゃんに笑顔で手を振り、お店を後にする。
アリスはおばちゃんに加工代も払おうとしたけれど、結局宝石代しか受け取ってくれなかった。なんとも粋だ。折角なので、有り難くご厚意を受け取った。
通りを歩きながら指輪を空に透かして見る。やっぱりキラキラしていて綺麗だ。隣を歩くアリスがふふ、と笑う。
「喜んで頂けたようで嬉しいです」
「はいっ! あ、そうだ……あの、お代は戦えるようになったら払うので……」
戦えば、報奨金が出る。でも今の私は力が使えないので、戦えず未だ無一文だった。
アリスはこれで生活に必要なものを、といくらかのお金を私に渡そうとするけれど、丁重にお断りしていた。
だって私と神様の衣食住は既に十分お世話になっているのだ。これ以上は受け取れないし、何より使い道はたいしてない。
しっかり働けるようになったらお金を返そう。そう思ったのだけれど、アリスはにこりと微笑んだ。
「いいんですよ。私がプレゼントしたかったので」
その笑みを見て、指輪を見る。
いやいや悪いので、と言うことは簡単だ。でも、アリスがそう言うなら、受け取った方がいいだろうな、と思った。それに……受け取りたい、とも、思った。
「……ほんとに、いいんですか?」
ちらりとアリスを見る。アリスはこくりと頷いた。
「勿論です」
「へへ……ありがとうございます」
キラキラ、キラキラ。宝石はやっぱり綺麗で。
でも一番は。
指輪をそっとポケットにしまうと、アリスを見る。私と目が合ってアリスは瞳を細める。
そのアリスの瞳が一番綺麗だと、そう思った。
色々な露店を見て回っていると、どこかから音楽が聞こえ始めた。アリスにも聞こえているようで、その陽気な音楽が気になり音のする方向へと歩く。
次第に楽しげな声も聞こえて、それがなんなのかわかる頃には、私達は街の中心部の広場に出ていた。
「わあ! 楽しそう!」
広場では、楽器で音楽を奏でている数人の人がいて、その音に合わせてみんなが思い思いに踊っていた。
それを見物する人達、踊る人達、楽器を使ってる人達。みんなが笑顔で、凄く楽しそうだ。
わくわくと眺めていると、アリスがにこりとして言った。
「空、私達も踊りましょう」
「えっ!? でも私、踊ったことなくて……」
「心配いりません。私がリードしますから」
そう言うと、アリスはさっと片膝を付き、私に手の平を差し出した。
「私と踊って頂けますか? レディ」
キラキラと、アリスの瞳が輝いている。きっとアリスも、わくわくしているんだ。混ざって楽しみたいと思ってる。人前で踊るのは恥ずかしいけれど、その気持ちは私も同じだった。
それに、そんな風に言われたら、どうしたって頷いてしまうのだ。
「……はい、よろしくお願いします」
結局、私はアリスに弱い。
そっとアリスの手に私の手を重ねる。するとにっと笑ったアリスは立ち上がり、ふわりと私を引っ張った。私はそのままにアリスの胸に飛び込み、アリスの手が私の腰に添えられる。
途端、アリスの綺麗な顔がぐっと近くなり、恥ずかしさで瞳を伏せた。すると、そっとアリスが囁く。
「空、私を見て」
「でも、は、恥ずかしくて……」
「空が見たい。……空に、見て欲しい」
ドキドキと、心臓の音がうるさくなる。音楽が聞こえない。繋いでいる手が、密着している身体が熱い。
でも、そっと、瞳を上げた。ばちん。音がするように目が合った。青い瞳が細められる。帽子から見える白銀の髪が揺れて、白い肌に影を落とした。
ああ、やっぱり。
「――ああ、やっぱり、綺麗だ」
私の思った言葉を引き継ぐように、アリスが言った。私とアリスは同じ事を思ってたようだ。
それがなんだか、妙に嬉しくて。私はくすくすと笑ってしまった。
「空?」
不思議そうにアリスが私を見る。音楽とアリスに身を委ねながら、私はアリスを見返した。
「私も今、ちょうど同じことを思ってました。綺麗だって」
「空が? 私を? ……本当に?」
信じられないと言うようにアリスが瞳を丸くする。
そんな綺麗な顔をしておいて、どうしてそんな反応になるのか。私は何故だか自慢するように少しだけ胸を張った。
「本当ですよ。いつも思ってます。あんまりにも綺麗だから、何でも許しちゃいそうになって……いつも、困ってます」
最後だけ、少し言葉が尻すぼむ。
あまりにも心の内をあけすけに言い過ぎだったかも知れない。これじゃあ、半分告白のようなものなのではないか? もしそう捉えられたら……。
「……許しちゃいそうなの?」
案の定、アリスは頬を少し赤らめて、窺うように私を見た。私も顔を赤くして、アリスを窺う。
「……ちゃいそう、って言ったら……どうしますか……?」
「それは……私も、困るな」
言うやいなや、アリスの体がピタリと止まる。周りは踊っているのに、私達だけが時間が止まったようだった。
アリスが熱っぽい瞳で私を見る。腰が引き寄せられて、私とアリスの距離がゼロになる。
「止められなくなりそう」
アリスの顔が近くなる。あの夜のように、私の体は動かなくて。近付く顔を受け入れそうになって――突然ぶっかけられた水に、思考が停止した。
「わっ何!?」
いや、違う。これは水じゃなくて、雨だ。
バケツをひっくり返したような雨、というのは正しく今のことを言うのだろう。
急な土砂降りに私とアリスは呆けて顔を見合わせる。そしてどちらともなく吹き出すと、笑いながら人々と同じように安全な雨宿り場所を求めて走り出したのだった。
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