第23話 空を飛ぶように
「はー面白かった。君、凄くいいね」
笑いで出た目尻の涙を指で拭いながら、彼女は笑う。対して私は散々笑われてしまったせいで、若干、へそを曲げていた。
「……それはどうも」
「そうしょぼくれないで。褒めているんだよ?」
どこが、と思ったが、口を噤んだ。何を言っても藪蛇になりそうだ。
彼女はその私の様子にもくくっと笑って立ち上がった。塀の上に置いたままだったハープを手に取る。
「私はヴィラ。旅人だよ。ここには最近来たんだけど……君は? 見ない顔だね」
やはりアリス達と同様に、性別とともに名前が変わっている。でも基本的なことはやっぱり変わっていなさそうだ。
ヴォラもヴィラと同じように旅人だった。でも出遭うタイミングが異なる。
ゲームのときは攻略キャラ全員と大体話した後に、街中で占いをやっているヴォラに会い、恋占いという形で好感度を教えてもらっていた。その他にも歌で重要なヒントを教えてくれたりしたっけ。
今回はまだアリスとアステラとしか喋っていない。ヴィラが出てくるのはあと少し先のはずなのだけど……。
「……私も、似たようなものです。ここに知り合いがいて」
色々考えつつも、ヴィラにそう返す。
旅人というのはあながち間違いではないし、知り合いがいたから来た、というのも、まあ、無理矢理だけど嘘とはいえない。アリスは性別は違えどアレックスなわけだし……多分。
「ふうん」
ヴィラは聞いた割には興味がなさそうに相槌を打ちつつ、トン、と塀の上に軽く座った。そしてポロン、とハープを鳴らすと、私に向かってにこやかな笑顔を見せた。
「それより、敬語なんてやめてよ。さっきみたいな君が好みだな」
か、顔がいいな……。
首を傾げたせいで真白の髪がさらさらと肩から落ちる。美人に好みなんて言われて笑いかけられては、どうしたってドキッとする。
思わずうっ、と唸ると、ヴィラが笑った。どうやら私の奇行がツボのようだ。私はため息をつきつつも頷いた。
「……わかった」
ここに来てわかったことだけど、私はどうやら顔の良い人に逆らえないらしい。致命的な特性だ。いつかハニートラップにかかってどえらいことになりそう。
ヴィラは私が承諾したことに嬉しそうに頷いた。
「うん。それで、君の名前は?」
「……空」
ヴィラも名前しか名乗ってないしいいかと思い、私も名前だけ名乗る。
すると私の名前を聞いたヴィラは、へえ、と嬉しそうに顔を綻ばせた。先程までの大笑いしていた時よりも控えめなそれ。
でもなんとなく、これが一番の笑顔だな、と思った。
「空か。いい名前だね。私の一番好きな場所だ」
「空が?」
「そう。とても気持ちがいいでしょう? 風も太陽も雲も、何もかもが澄んでいて、ほかには何もない。とても綺麗だ」
ヴィラは空を仰ぎ見る。ぐらりと上半身が投げ出されて、私がひやりとした。結構高い場所にいるから、落ちたらただではすまないだろう。でもヴィラはバランス感覚がいいのか、落ちることなく空を見ている。
金色の瞳には空だけが映っていて。その姿は、まるで。
「――飛んでるみたい」
するりと口から出た言葉に、ヴィラが上半身を起こして私を見た。空だけを映していた瞳に、今度は私が映る。
「え……何か変なこと言った……?」
ヴィラがぽかんとしているように見えて慌てる。でも彼女はふるふると首を振った。
「空は、空を好き?」
まるで謎掛けか精神論を問われているみたいだ。くすりと笑って私も空を見上げる。
「好きだよ。私、天気のいい日にお昼寝するのが好きなんだ。ぼーっとしながら空見ると気持ちいいよね。流れる雲見たりして」
きっと神様は今頃お昼寝しているに違いない。ああ、いいな。
ここにはいない神様を妬みつつ、顔を空からヴィラに向ける。ヴィラは一つ瞬くと、ニコリと笑った。
「そうだ。私を探していたようだけど、どうして?」
「あ……歌が聞こえて、それで、なんとなく」
唐突な話題の変化に首を傾げながらも言葉を返す。
ヴォラがいると思って探していた、なんて言えないので、当たり障りのない返答をする。
ヴィラはハープを鳴らして笑った。
「そう。得意なんだよ。これで路銀を稼いだりね。他にも恋占いなんてできるよ」
「恋占い!」
懐からカードの束を取り出したヴィラに、思わず興奮して詰め寄った。
今一番聞きたかった好感度。これで今の皆の私への好感度。とりわけアリスの好感度がわかる! それがわかればノーマルエンドへの道もぐっと簡単になるはず……!
鼻息荒くカードを見つめる私に、ヴィラはカードを振って首を傾げた。
「やろうか?」
聞きたかったその言葉!
はいっ! と手を上げて、でもすぐに自分の現状を思い至りそろそろと手が下がった。
「でもお代が……」
そうだ。私は今無一文だった。先程ヴィラが言っていた路銀という言葉を思い出す。
ヴィラは歌や占いでお金を稼いで暮らしているのだから、お金を払わないことにはサービスを受けられない。当たり前の話だ。
ゲームでは主人公が魔物を退治した報奨金でお代を払っていたけど、私は今無職当然であった。勿論、お金はない。
一度戦場に出てからもう一度頼もうか……。そう考えていると、ヴィラはにこりと笑って首を振った。
「そんなの気にしないで。空と私はもうお友達でしょう?」
「そんなわけには……」
「私が言いって言ってるんだからいいの。気になるなら、お金があるときにでも美味しいもの奢ってよ」
笑ってカードをシャッフルするヴィラ。これはもうむしろその気持ちを受け取らないほうが失礼というものだろう。その心遣いに感謝しながらお礼を言った。
「分かった。ありがとう、ヴィラ」
「どういたしまして。それでは早速」
シャッフルを終えたヴィラが塀の上にカードを並べる。私はドキドキしながらカードを覗いた。
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