違うんですか? 先輩!
「先輩と、キスしそうだった。先輩の顔、すごく近かった。先輩の身体、すっごく温かかった……!」
先ほどまで触れ合っていた
「……でもだからこそ、許せない」
……しかし夢見る少女のようだった美綾の表情は、すぐに鋭いものへと色を変える。
美綾は、直哉のことが好きだった。
オカルト研究会の部室を訪れる以前から、ずっとずっと直哉に憧れて続けてきた。……なのに直哉の初めては、自分の知らないところで知らない女に奪われていた。
「……許せない」
それは美綾にとって、許せるようなことではい。だから彼女は、体育館へと急ぐ。
「絶対に、許さない。私の先輩を奪った罪を、その身体に刻み込んでやる」
小声で物騒なことを呟きながら、美綾は体育館にたどり着く。そして部活を終えたであろう集団と、一際目立つ1人の少女を見つける。
「……見つけた」
「鏡花せんぱい。こんにちは」
「……貴女、誰?」
いきなり知らない後輩に声をかけられて、鏡花は不思議そうに小首を傾げる。
「あ、すいません。いきなり声をかけたりして……。私、点崎 美綾って言います。……今日はちょっと、直哉先輩のことで話があって来たんです。……今、お時間いいですよね?」
「…………」
鏡花は直哉という名前を聞いただけで、まるで嫌なものでも見せつけられたように、顔をしかめる。
「ふふふっ。なにか、やましいことでもあるんですかぁ? だったら1つだけ確かめたいことがあるんで、少しくらい構わないですよね? ……鏡花せんぱい」
「……分かった。でもあたし、このあと友達とご飯食べに行く約束してるから、あまり長くは付き合えないわよ?」
「はい。大丈夫です。本当かどうか確かめたら、あとはすぐに済みますから……。だから人目のつかない体育館裏で、2人っきりでお話ししましょうね……?」
美綾のニヤリとした笑みに、どこか薄ら寒いものを感じながらも、鏡花は友達に断りを入れて美綾のあとを追う。
そうして2人は、赤い夕焼けに照らされた人気の無い体育館裏にやって来る。
「…………」
体育館裏に人影はなく、遠くから聴こえる喧騒がただ響く。そんなどこか寂しげな体育館裏で、美綾は単刀直入に疑問を投げかけた。
「直哉先輩の童貞を奪ったのって、貴女ですか? 鏡花先輩」
「────」
あまりに想定外だった美綾の問いに、鏡花は何の言葉も返せなかった。
◇
「あー、くそっ。廊下は走るもんじゃないな」
そう愚痴をこぼしながら、早足に体育館を目指す。早く点崎を止めないと、と走って廊下を走っていると、ちょうど出くわした担任に捕まって、長い説教をされてしまった。
「……いや、もう間に合わないんだったら、今日は帰った方がいいのか?」
もしここで2人が会話をしているのを目撃してしまったら、それこそ逃げるに逃げられなくなる。……いや、だからって逃げても何の解決にもならない。寧ろ逃げたら、より問題が悪化するだけだ。
「だから最適解は、さっさと点崎を見つけてさっさと一緒に帰ることだ」
点崎さえ連れて帰ってしまえば、鏡花が俺に話しかけてくることは無い。
そんなことを考えながら早足に歩いていると、ようやく体育館にたどり着く。……が、もう部活が終わってからそこそこの時間が経っているので、辺りに人影は無い。無論、点崎や鏡花が居る気配なんてどこにも無い。
「……もう帰ったのか? それとも点崎は、鏡花の所には行かなかったのか?」
いやそもそも点崎の一連の態度が全部演技で、『ぷぷっ。もしかして先輩、本気にしたんですかぁ? 童貞じゃなくても、先輩のそういうところはほんと童貞っぽいですね?』と笑われてしまうのかもしれない。
「……まあ、それならそれで別にいいんだけど……」
……と。そんな風に思った直後、まるで俺のその考えを否定するように、体育館裏から声が響く。
「──あり得ない! 直哉の奴が童貞を卒業するなんて、あいつに限ってそんなことある筈ない!」
そんなしばらく聞いていなかった幼馴染の声を聞いて、俺は大きなため息をこぼしてから体育館裏に急ぐ。
「やっぱ、こうなったか……」
そして、正面から睨み合う2人の少女を見つけて、もう一度、大きくため息を吐く。
「……そのリアクションだと、貴女じゃないってことですか? 鏡花先輩。でもぉ、女の子は皆んな嘘つきですから、あんまり信用できないんですよね。……過去の過ちを無かったことにしたい女の子なんて、それこそどこにでもいますから」
「違うわ。あたしと直哉が、そんなことするわけないでしょ? ……というか、あいつが……いや、あいつなんかに抱かれる女なんて、いるわけ……」
と。そこで、幼馴染の少女、朱波 鏡花と目が合ってしまう。
「えーっと、久しぶり……ですね。きょう……いや、朱波さん」
「…………そう。久しぶりね、直哉」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が場に降りる。……まあ今更、鏡花……いや、朱波さんと話すことなんて何も無い。そんなことをしても、お互い嫌なことを思い出すだけだ。
だから俺は、見つめられると胸がズキズキと痛む幼馴染から視線を逸らして、見慣れた後輩に声をかける。
「帰るぞ? 点崎。……つーかあんまり、関係ない人に迷惑をかけるな」
点崎の頭を軽く叩いてから、歩き出す。
「痛っ。……可愛い後輩の頭を叩かないでくださいよ、先輩。というか、私の話はまだ終わってないんですけど」
「まだ続けるつもりなのか? つーか、その辺の話はまた今度してやるから、今日はもう帰るぞ?」
「えー。でも先輩そう言って、すぐ嘘つきますからねー。今のうちに確かめておかないと──」
「……何それ、あり得ない」
そこでふと、まるで点崎の言葉を遮るように、そんな声が響く。
「…………」
「…………」
だから俺と点崎は、示し合わせたように朱波さんの方に視線を向ける。
「あ、いや、違う。別に、あんたたちの関係に文句を言いたいわけじゃないの。……ただ、点崎さんだっけ? 貴女、あまりそいつと関わらない方が……いや、何でもないわ」
朱波さんはまるで言い訳をするように、ぶんぶんと顔を左右に振る。
「……色々と迷惑かけて申し訳ないです。それじゃ俺たちは、もう行くんで……」
きっと、昔のことを思い出しているであろう朱波さんに適当な笑みを返して、さっさとこの場から逃げ出す。
……けど朱波さんは、それを遮るように口を開く。
「待って、直哉。あんた……あんたがその、女の子と……そういうことしたって、ほんとなの?」
「ああ、ほんとですよ」
「……そっか。でもまあ、そうよね。あたしたちだって、いつまでも子供ってわけじゃ無いんだし……。でもじゃあ相手は、
「…………」
玲ちゃん。その名前もまた、トラウマだ。というか、過去に仲が良かった連中とは大概、嫌な別れ方をしている。だからできれば、昔馴染みの名前は聞きたくない。
「先輩。れいちゃんって、誰ですか? もしかしてそれが、先輩の童貞を奪った奴なんですか?」
「いやだから──」
「あ! もしかしてれいちゃんって、
「玲ちゃんと直哉って、許婚だもんね。そりゃ……そういうことしてても、おかしくないよ……」
朱波さんも、また余計なことを……。
「…………許婚。確か葛鐘 玲って、丘の上の屋敷に住んでるんですよね……」
「おいお前、まさか──」
点崎は俺が言葉を言い切る前に、俺の腕から抜け出して、玲の屋敷がある方に全速力で走り去る。……だから俺もすぐにその背中を追おうとするけど、しかしよくよく考えると、点崎があの屋敷を訪ねても門前払いされるだけだ。
だから無理に追いかけるより、点崎が落ち着いた頃合いに電話でもすれば十分だろう。
……つーか、これ以上走るのが面倒だ。
「……あー、朱波さん。それじゃあ俺はこれで……」
とりあえず朱波さんに軽く会釈をして、今度こそこの場から立ち去る。……けど朱波さんは、やっぱりそれを許してくれない。
「待って。ねえ? 直哉。久しぶりに……一緒に帰らない?」
嫌だ。貴女といるとトラウマが再発するので、1人で帰って下さい。
……と、言えるような勇気もなく、だから俺は諦めたように答えを返す。
「……ああ、別に構いませんよ」
遠くで、カラスの鳴き声を響く。それはなんだか俺をバカにしているような声で、俺は小さく息を吐いた。
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