始まりますよ? 先輩!



「それで、どうしたんだい? 葛鐘くずかね れい。わざわざ風切かざきり 直哉なおやを避けるように会いに来るなんて、何か内緒の話かな?」


 青桜せいよう ささなは、いつも通り楽しそうな笑みを浮かべて、そう疑問を投げかける。


「そんなとこ。できる女はね、愛しい人には心配かけないものなんだよ。……点崎ちゃんも鏡花もささなも、まだまだお子ちゃまだから、その辺わかってないけどね」


 そんなささなの言葉に、玲もどこか楽しそうな笑顔で言葉を返す。


「ふふっ。何百、何千もの時を重ねてきた私に、お子ちゃまなんて言えるのは君だけだよ、葛鐘 玲。うん。それで、できる女の子は私に何が聞きたいのかな?」


「そんなの、なおなおの事に決まってるっしょ? ……まず確認なんだけどさ、なおなおは来年の9月22日までに、ささなより大切だと思える子を見つけないと……ささなと一緒に消えちゃう。これは間違いないよね?」


「ああ、間違いないよ。少なくともあと1年と少しの時間が、風切 直哉には残されている」


「…………その言い方だと、まるで自分にはもう時間が無いみたいに聞こえるよ? ささな」


 そう言って、玲はどこか試すようにささなの瞳を覗き込む。


「ふふっ。それは、どうかな。風切 直哉の命は私が保証するけど、私自身はその限りではないからね。……なんせ私は、とっくの昔に……死んでいるのだから」


 しかしその程度では、ささなの笑みは崩せない。彼女もまたどこか試すように、玲の顔を見つめ返す。


「……もしかしてささなは、なおなおの事……恨んでたりするの?」


「そんなわけが無いだろう? 私はこの世界で1番、風切 直哉のことが好きなんだ。……それに、彼に私を殺せと言ったのは……他ならぬ私自身なんだよ?」


「ならどうして、なおなおを束縛しようとするのさ。好きなんだって言うなら、もうなおなおの前に姿を現わすのは、辞めなよ。じゃないと、なおなおはいつまで経っても……」


 そこで初めて、玲の表情が少し曇る。彼女は悲しそうに顔を歪めて、痛みを堪えるように小さく息を吐く。


「ふふっ、それは逆だよ? 葛鐘 玲。人はいつだって、目の前に無いものを欲する生き物だ。だから君たちに可能性があるとするなら、それは私が風切 直哉の前に居る時だけ。そうじゃないと、彼はいつまで経っても私の影を探し続けてしまう。……あの時のようにね」


「…………」


 その言葉を聞いて、玲は少し昔のことを思い出す。


 夏になると、直哉はいつも山に出かけた。もう現れる筈の無い少女を探して、彼は1人山をさまよい続けた。


 中学2年の夏。ささなが直哉の前に姿を現さなければ、彼は今でもささなの姿を探し続けていたのだろう。



「……なおなおはさ、とっても一途なんだよ。あーしはなおなおのそういうところも好きだけど、でもだからこそささなには……気をつけて欲しいって思うんよ」


「……どういう意味かな? それは」


「例えば来年の夏。……ううん、今年の夏でもいい。とにかく急にささなが姿を見せなくなったら、なおなおは多分また……ずっとささなを探し続けちゃう」


「……そして彼は、来年の9月22日が来るのを待ち望むようになる。そうすれば確実に、私に会うことができるから。……ふふっ、それは実に楽しそうな結末だね」


 ささなは1度目を瞑って、その結末を夢想してみる。そしてその時見せてくれるであろう直哉の顔を思い浮かべて、蕩けるような笑みを浮かべる。


「……ささなは、なおなおが死んでもいいの?」


「それも逆だよ、葛鐘 玲。風切 直哉が、私の為なら死んでもいいと思ってくれているんだよ。だから私から風切 直哉を奪いたければ、その想いを覆さなければならない」


 ささなは笑う。そして踊るように一歩一歩玲の方に近づいて、ゆっくりと続く言葉を口にする。


「だから、君が私に手を抜いて欲しいと言うのであれば、それはお門違いだよ? 私は今も昔もずっと、風切 直哉の為だけに生きている。だから……頑張りなよ、葛鐘 玲。君たちが私から風切 直哉を奪い取れないと、私の愛しい直哉が死んでしまうのだからね」


「…………」


 どこか挑発するような、ささなの笑み。その笑みを見て、玲は少し黙り込む。


「ふふふっ」


 しかし玲はすぐに、笑みを浮かべる。まるで全ては自分の掌の上だと言うように、彼女はニヤリと笑みを浮かべて、ゆっくりと口を開く。


「その言葉が聞けて、よかったし。好きな男を他の女から譲られるとか、あーしは絶対に我慢できないもん。やっぱり欲しいものは、自分の力で手に入れないとダメだよね。……ささなも、そう思うっしょ?」


「ふふっ、そうだね。……というかそれは、他人の力……私の力を頼って願いを叶えてしまった君たちが、誰より理解している筈だろ?」


「……かもね。……つーかやっぱり、好きな男には、自分の魅力で振り向いて欲しいしね」


 そうして2人は笑い合う。そしてひとしきり笑いあったあと、玲は軽く息を吐いて、真っ直ぐな瞳でささなを見る。


「んじゃ、そろそろ本題に入るんだけどさ、ささな。あーしちょっと、ささなに提案があるんだよね」


「おや? 人の力には頼らないんじゃなかったのかな? 葛鐘 玲」


「頼るんじゃなくて、提案。……この夏を最高の夏にする為に、あーしから1つ提案があるんよ」


「……ふふっ。君は本当に面白い子だね、葛鐘 玲。いいよ、聞かせてくれ」



 そして玲は、その言葉を告げる。



「────」



 その言葉を聞いて、ささなは笑った。彼女はいつにも増して楽しそうに声を上げて笑って、そして歌うような声で言葉を返す。



「構わないよ、葛鐘 玲。うん。確かにこのままだと、風切 直哉は恋をする暇も無くなってしまう。それに何より、今までと同じ夏を過ごすより、その方がずっと楽しそうだ」


「じゃあ決定だね、ささな。……お互い愛する人の為に、頑張ろうね……」


 そうして2人はお互いに真意を隠したまま、ただニヤリと口元を歪めた。



 ◇



 そして、夜の7時過ぎ。点崎。鏡花。玲。ささな。それに俺の5人が、俺の家のリビングで顔を合わせていた。


「……えーっと、それじゃあまずは、これからのことを皆んなで話し合おうと思うんだけど、異論ある人……いる?」


「あーしは、無いよ? なおなお」


「あたしも無いわ」


「……私も、ありません」


「うん。私も勿論、異論なんて無いよ」


 俺の問いに、4人はそれぞれ頷きの言葉を返してくれる。


「じゃあこれから、第1回オカルト研究会の会議を始めます。……って、なんだよこのノリ……」


 そんな俺のふざけた言葉から、楽しい楽しいお泊まり会が始まった。


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