すぐ行きますからね? 先輩!
そして、放課後。俺はいつも通り部室を訪れて、いつものように本を読んでいた。
「……って、集中できねー」
そうこぼして、本を閉じる。……玲はあのとんでもない発言をした後、『じゃあそういうことだから、これからよろしくねー』なんて適当な言葉を残して、そのまま駆け足で学校に行ってしまった。
そしてその後すぐ『同居の話は放課後部室でするから、待っててね〜』なんてメッセージがきたので、俺は放課後になると早足に部室に向かって、玲が来るのを待っていた。
「しかし今日は、点崎とのこともあるしなぁ。……昨日、点崎に告白されたばかりなのに、『実はこれから、玲と同居することになったんだ』なんて言ったら、あいつどんな顔するだろ……?」
昨日、告白してくれた点崎と話すだけでも緊張するのに、玲が唐突に余計な爆弾を放り込んだせいで、色々と気が気じゃない。
「……いや、唐突でもないのか」
むかし一度、似たような話があった筈だ。確かあの時は、俺の家の事情を知った玲が、うちに来ないか? と誘ってくれたんだ。
……しかしその時は、ささなのこともあったし、何より……今よりずっとあのトラウマに苦しめられていたから、俺はその話を断った。
「けどまさか、このタイミング一緒に住むなんて言い出すとはなぁ。完全に予想外だった」
そう呟いて、ため息をこぼす。
と、その直後。まるでそのため息に返事をするかのように、勢いよく部室の扉が開いて、2人の少女が声を響かせる。
「聞きましたよ! 先輩! あのギャルと同居するって、ほんとですか! 誤魔化さないで、ちゃんと答えてください!」
「そうよ、直哉! あんた、こんなテスト前の時期になに考えてるのよ! そんなの……ダメに決まってるでしょ!」
2人の少女、点崎と鏡花はそう叫んで、凄い勢いで俺の肩を掴んでくる。
「いや、痛いって。……つーかお前ら、その話……玲から聞いたのか? なら当の本人は──」
どこにいるんだ? そう言葉を言い切る前に、点崎が口を開く。
「今はあのギャルの話なんて、してません! 私は……私は、だって昨日ちゃんと……ちゃんと伝えたのに! どうして先輩は、急にあのギャルと同居するなんて言い出すんですか!」
「…………いや、そう言われても……。俺だって事情は知らないんだよ。だから今から、玲の奴と話を……」
「直哉。もしかしてあんたまた、あたしだけ除け者にして、玲と何かするつもりなんじゃないでしょうね?」
「いや違うって、鏡花。だから俺も、理由は聞いてないんだよ。……つーか一回、手を離してくれ。さっきから、肩が痛くて仕方ない」
そう言って一度、2人から距離をとろうとする。……が、2人は逆に手に力を入れて、肩を強く握りしめる。
「先輩」
「誤魔化さないで」
「イエスかノーかで」
「答えてください」
「先輩はあのギャルと」
「同居するんですか?」
「それは……」
点崎のその端的な質問に、俺は答えを返せない。というかまず、俺だってその真偽を玲に問いただせていないんだ。なのに今それを俺に聞かれても、返せる言葉が無い。
「……どうして答えてくれないんですか! 先輩! 私……私は、先輩が好きだって言ったでしょ? だから……だからお願いだから、答えてください……!」
点崎はそう言って肩から手を離し、強く強く俺を抱きしめる。
「………………え?」
そして鏡花は、そんな点崎の様子を唖然とした顔で見つめて、俺から手を離し点崎の顔を覗き込む。
「貴女、今……え? 貴女、今なにを言ったの? 直哉が好きって……え? 貴女それ、本気なの?」
「本気です。私は昨日、直哉先輩に告白したんです。…………いい返事はもらえませんでしたけど、でも……それでも私は、諦めないって決めたんです。どんな手段を使っても、絶対に先輩を手に入れるって……」
「……直哉、この子の言ってること本当なの?」
鏡花は確かめるように、俺にそう尋ねる。
「……ああ、そうだよ」
俺はそれに、ただそれだけの言葉を返す。
「…………」
「…………」
「…………」
そうしてそこで、重い沈黙が場に降りる。……つーかそもそも、同居するなんて言い出した張本人の玲が来ないと話は始まらないのに、当の本人はいつまで経っても部室を訪れる気配が無い。
だからこの場には、ただ重い沈黙が……。
「じゃああたしも、あんたの家に住むことにするわ」
しかしふと、鏡花の奴がそんな言葉で重い沈黙を破壊する。
「ちょっ、貴女まで何を言いだすんですか!」
「……別にいいでしょ? あたしたちは幼馴染だし、小さい頃は何度かこいつの家に泊まったこともあるわ。……それにうちの親だって、直哉の所ならいいって言ってくれる筈よ」
「そ、そういう問題じゃないです。なんで貴女まで、直哉先輩の家に泊まるとか言いだすんですか!」
「それこそ、貴女には関係ないでしょ? ……というかどのみち、今のあんたの家にはささなが居るんでしょ?」
鏡花は軽く息を吐いて、確かめるよう俺を見る。
「ああ。……でも、お前まで……」
「ささなと玲は良くて、あたしはダメとか言わないわよね? ……それに、あんたには勉強を教えてもらいたいと思ってたし、ちょうどいいわ。……あたし、今から親に話してくるから」
「あ、ちょ、待って!……って、行っちまいやがった」
鏡花は俺の制止を聞かず、走って部室から出て行ってしまう。
「…………」
「…………」
だから残されたのは、俺と点崎の2人だけ。
「先輩」
「……なに?」
「私も先輩の家に行きますから」
「…………分かったよ。でも、ちゃんと親御さんに話を通せよ?」
「大丈夫です。うちはそういうの、気にしませんから」
「…………」
しかしそれでも、高校生の娘が急に男の所に住むなんて言い出しても、簡単には許可できないだろう。……きっと鏡花のところも、同じ筈だ。その辺の問題が無いのは、やっぱりささなと玲だけ。
ささなは言わずもがなだし、玲とはずっと前から親公認の関係だ。だから玲の両親も俺の親も、今更そこに文句を言ったりしないだろう。
「……まあとりあえずは、テスト前の勉強会ってことで話しておけよ。オカルト研究会の皆んなで、勉強会。とりあえずは、そういうことでいいだろ? ……テストが終わったら、玲にも帰るように言うからさ」
「でも、ささなとかいう人は、帰らないんでしょ? じゃあ、私も帰りません。だって私はあの人から、先輩を奪うって決めたんですから」
「…………」
そう言われると、返せる言葉が無い。
「……いや、とりあえず今日はもう帰るか。……多分、玲の奴は先にうちに来てるんだろうしな」
「はい。私もすぐに準備して先輩の家に行くんで、待っててくださいね。……今日から私が先輩にお味噌汁を作ってあげるんで、楽しみにしててください!」
「……分かったよ。でも親御さんに反対されたら、ちゃんと電話しろよ? 無理して親と揉めても、いい事なんて1つもないんだからさ」
「大丈夫です。……だから先輩は、ちゃんと待っててください!」
点崎はそう言って、ぎゅっと強く俺を抱きしめて、ゆっくりと俺から手を離す。……後になってから、ドキドキと心臓が激しく脈打つ。
「……んじゃ、帰るか」
「はい!」
そんな風にして、楽しい楽しいお泊まり勉強会が幕を開けた。
◇
そして時間は少しさかのぼり、直哉が点崎と鏡花に言い寄られている頃。
「ちゃお、ささな。……ちょっと話したいことがあるんだけど、いいよね?」
急に家を訪れてそんなことを言い出した玲に、ささなは特に驚くこと無くいつもの笑みを浮かべて言葉を返す。
「構わないよ、葛鐘 玲。ちょうど私も、君と話がしたかったんだ」
そうして、物語は少しずつ進んで行く。
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