……お願いします。先輩。
「んじゃまずは俺から提案なんだけどさ、同居っていうのは置いておいて、とりあえずテストが終わるまでの、お泊り勉強会ってことにしないか?」
俺はそう言って、ゆっくりと皆んなの顔を見渡す。
「……ふふっ。そしてそのお泊り勉強会が終わったら、あーし以外の皆んなは家に帰って、あーしとなおなおの2人きりになる。……なおなおは、そう言いたいんだよね?」
俺の言葉を聞いて、まずは玲が楽しそうな笑みで言葉を返す。
「いや、お前も帰るんだよ、玲。……いくら許婚でも、男が1人で住んでる家に泊まるのはマズイだろ?」
「いや、直哉。あんたは1人じゃなくて、ささなと一緒に住んでるじゃない。なのに今更、あたしたちと一緒に住めないなんていうのは、通らないんじゃないの?」
「そうです、先輩。私はそのささなって人から、先輩を奪い取るって決めたんです。だから先輩がなにを言っても、私は絶対に帰ったりしませんよ!」
そして鏡花と点崎も、真っ直ぐな瞳でそんな言葉を返す。
「…………」
だから俺は軽く息を吐いて、これからどうするべきなのかを、もう一度考えてみる。
可愛い女の子4人と同棲。正直に言うと、それはめちゃくちゃ魅力的な提案だ。点崎も鏡花も玲も、夏だからか露出度が高い格好をしているし、それだけで俺はとても嬉しい。
しかも俺には、恋人を作らなくてはならない理由がある。だから彼女たちと距離が縮まるであろう同棲は、願っても無い提案だ。
なのに俺は、そのメリットだらけ同棲を止めようとしている。
……それは多分、常識とかそういう当たり前の価値観からくるものじゃなくて、純粋に……惜しいと思っているんだ。
この家に皆んなが住むようになれば、ささなと2人きりの時間が減ってしまう。俺はそれを、惜しいと思ってしまっている。
ささなと別れて、ささなよりも大切な誰かを見つける。俺はそう覚悟を決めた筈なのに、まだどうしても……彼女との夏を捨て難いと思ってしまう。
「そう悩んだ顔すんなし、なおなお。とりあえず今は、先のことより今のことっしょ? テストが終わってからのことは、その時に考えればいいんだし、今は今のことだけ考えようぜ?」
黙り込んでしまった俺を心配してか、玲がどこか励ますように、そんな言葉をかけてくれる。だから俺は一旦その悩みを押しのけて、今必要なことだけに意識を向ける。
「……そうだな。じゃあまずは、今日皆んながどこで寝るか、だな。俺の部屋のベッドと、リビングのソファ。それに俺の両親の部屋にある、キングサイズのベッド。全部合わせて、4人分。……それでもまだ1人分、足りないよな」
皆んなが揃うまでの間、俺は急いで両親の部屋を掃除して、布団を干してシーツを洗ったりした。けどそれでも、1人分の寝床が足りない。
「じゃあ私が、先輩と一緒に先輩の部屋のベッドで寝ます。それなら問題ないですよね?」
「貴女、バカじゃないの? そんなのダメに決まってるでしょ? ……貴女が直哉をどう思ってるかなんて知らないけど、直哉だって……男なのよ?」
「そんなの見れば分かります。私は分かった上で、先輩と寝たいんです」
「…………」
「…………」
そうして2人は、冷たい視線で睨み合う。
「2人とも、睨み合わなくても大丈夫だし。あーしはこうなると分かってたから、ちゃんと高級な寝袋を持ってきてるし」
玲は楽しそうに声を弾ませながら、ニヤリと笑って皆の顔を見渡す。
「……いやまあ、それならとりあえず俺は、そこのソファでいいよ。お客さんをそんな所で寝かせるわけにも、いかないしな」
「じゃあ私も、ソファでいいです。他は皆さんで勝手に決めてください」
「いや、点崎。お前、話聞いてたか? ソファは1人だけなんだよ」
「私は分かった上で、そう言ってるんです。……先輩の方こそ、私の覚悟を分かってください!」
「……いや、それは……」
点崎があまりに真剣な表情で俺の顔を見つめるから、俺は思わず言葉に詰まる。
……点崎が俺に好意を向けてくれているのは、もう分かっている。……しかしいきなり同じ所で眠るというのは……どうなんだ?
……いいのかな? いや、別に嫌ってわけじゃないんだ。それだけは確かだ。……でもしかし、こうなんていうか、どうしても……戸惑ってしまう。
「点崎さん、貴女……自分が直哉を困らせてるって、分かってる? 貴女が勝手なことばかり言うから、話が全然進まないのよ。……告白したからって、調子に乗って距離感を勘違いすると、すぐに嫌われちゃうわよ?」
「……嫌われることを恐れて何もできない人に、そんなこと言われたくありません」
「…………」
「…………」
そうして2人は、また黙って睨み合いを始めてしまう。
だから俺は、こんな言い合いを続けても仕方ないと思い、1つの提案を口にしようとする。
……けどそれより一歩早く、玲が口を開いた。
「はいはーい! 皆んな注目してね。あーしはできる女の子だから、こうやって喧嘩になることも分かってたの。だからちゃんと、こうやってくじを作ってきたし!」
玲はそう言って、1から5の数字だけが書かれた簡素な棒状のくじを取り出す。
「1がなおなおの部屋のベッド。2があーしの持ってきた寝袋。3がそこのソファで、4と5がなおなおのお父さんとお母さんの部屋のベッド。そんでこのくじを、夜になったら毎日引くの。それなら皆んな色んなところで寝られるし、文句は無いっしょ?」
「…………いや、まあ、そうだけど……」
玲のあまりの準備の良さに、俺は唖然としてしまう。……玲が俺と一緒に住むと言い出したのは、今日の朝。そして点崎と鏡花が同じことを言い出したのが、今日の放課後だ。
なのに彼女は、まるで全て初めから分かっていたかのように、寝袋とくじを準備してきた。
……玲のそういうところは、少し怖いと思ってしまう。
「ふふっ。あーしはできる女の子なんだよ。なおなおは誰よりもそれを……知ってるっしょ?」
そして玲は、まるでこちらの考えを見透かしたように、心の底から楽しそうな表情で俺の顔を見つめる。
「……そうだったな。んじゃ、くじを引くか」
俺は呆れるように息を吐いてから、玲からくじを受け取って、それを分からないように適当に混ぜる。
「……玲ちゃん。貴女……イカサマとかしてないわよね?」
そんな玲の様子を見て、鏡花は少し不満げに声を上げる。
「……鏡花は相変わらず、発想が貧相だよね。あーしがそんなつまんないこと、するわけないっしょ?」
「…………どうだか。貴女は目的の為なら、手段を選ばないタイプでしょ?」
「そこまで言うなら、明日は鏡花がくじを用意すればいいんじゃないの? ……あーしは別に、それでも構わないよ? なんせあーしは信じてるからね。……なおなおとあーしの、運命の赤い糸を……」
「……なにそれ、バカみたい」
そこでまた、重い沈黙が場に降りる。……正直、この空気はいかがなもんかと思うけど、玲と鏡花がいがみ合う理由を知っている俺は迂闊に口を挟めない。
でも……だからこそこの機会に、2人には仲直りして欲しいとも思う。
……けどそれはやっぱり、甘い考えなのだろう。
俺たちの身に起こったことを考えれば、今こうやって皆んなで集まれているだけで、奇跡みたいなものなんだ。
だから高望みは、するべきではない。
「……よしっ。んじゃせーので、くじを引くぞ? 誰が何番を引いても、後から文句を言うのは無しだからな?」
俺はそう言って、全員の顔を見渡す。
「…………」
「…………」
「…………」
鏡花、玲、点崎の3人はそれに黙って頷きを返してくれる。そして、ずっと黙って楽しそうに成り行きを見守っていたささなだけが、ニヤリと笑ってゆっくりと口を開く。
「楽しくなりそうだね? 風切 直哉」
「……そうだな」
ささなのその言葉に俺はそれだけの短い言葉で返事をして、そして5人で一斉にくじを引く。
その結果は──。
◇
そして時刻は深夜1時過ぎ。遅めの夕飯をとった俺たちは、明後日からテストということもあり、こんな時間まで勉強をしていた。
……まあ、ささなはテストなんて関係無いし、玲の奴も今更勉強なんて必要無い。だから彼女たちは早々に俺の部屋に行って、2人でゲームをしていた。
「……あの2人はなんだかんだで、仲が良いよな」
そして最後の復習をするという点崎と、勉強が苦手な鏡花。その鏡花に勉強を教える俺の3人が、リビングで静かに勉強していた。
しかしそれも、ついさっき終わった。鏡花はちょっと物分かりが悪いから教えるのに手間取ったけど、それでもだいぶ頑張ってくれた。だからこの調子なら、赤点になることはまず無いだろう。
「目標が低いよなー。……まあでも人には得て不得てがあるし、仕方ないか……」
そう呟いて、大きく深呼吸をする。そして俺は満を持して、両親の部屋の扉を開ける。
「…………」
そして先にそこで俺を待っていた少女は、暗闇でも分かるくらい顔を真っ赤にして、ゆっくりと口を開く。
「じゃあ、眠りましょうか? ……先輩」
そうして、長い長い夜が幕を開けた。
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