気持ちいいですか? 先輩!
点崎が作ってくれた美味しい朝ご飯を食べて、2人で一緒に皿洗いをした。そしてその後、俺は点崎に手を引かれて点崎の部屋を訪れていた。
「…………」
点崎が泊まっている部屋は、俺が泊まっている部屋とほとんど作りが同じだ。それに別に、今更女の子が泊まっている部屋に入るくらいで、俺は動揺したりしない。
……その筈なんだけど、今日の点崎はいつもと違ってどこか覚悟を決めたような顔をしていて、少しドキドキしてしまう。
もしかして点崎は、何かするつもりなんじゃないかって。
「それで? 点崎。ここで一体、何をするんだ?」
しかしここでそんな童貞っぽいリアクションをしても、点崎に笑われるだけだ。だから俺は努めて冷静に、そう声をかける。
「……先輩は、ベッドに座っててください。その間に私は……ちょっと、道具とかを用意するので」
「分かった」
そう短く答えて、言われた通りベッドに腰掛ける。……けど正直、道具って何だよ? そもそも一体、何をするつもりなんだ? と、気が気じゃない。
……いやでも鏡花ならいざ知らず、点崎の性格からして、いきなりそういうことをしようとは……言わない筈だ。
だから多分、一緒にゲームしたいとかそういう感じのやつなのだろう。俺はそう結論づけて、黙って点崎の準備が終わるのを待つ。
「……あ、先輩。今はちょっと振り向かないでくださいね」
けど、そんな声と一緒に背後から衣擦れの音が聴こえてきて、どうしても……そういうことを想像してしまう。
「……なあ、点崎。これから……何をするんだ? 」
だから俺はもう堪えかねて、そう疑問を口にしようとする。……けど、ふと肩に置かれた熱い掌の感触に、思わず言葉を飲み込んでしまう。
「ねえ? 先輩」
「……なんだ?」
「私ずっと、先輩にしてあげたかったことがあるんです。だからこの日の為に、いっぱい勉強してきました。……だから、いいですよね? 絶対に先輩を満足させてみせるから、私を……受け入れてくれますよね?」
点崎はそう尋ねておきながら、俺の答えを待たずに、もう片方の肩にも熱い掌を乗せる。……するとそれだけで、俺の心臓はドキドキと早鐘を打ち始める。
「…………」
だから俺は、考える。点崎が何をしようとしているのか、必死になって考える。……いや、そんなの訊けば分かることなんだけど、何故か今それを訊くのは負けな気がしてしまう。
だから俺は必死になって、頭を回す。けど、それでもどうしても答えが出せなくて、窺うように背後に視線を向ける。
「……って、点崎。お前その格好……!」
すると点崎は、何故かさっきより薄着になっていて、俺は思わず立ち上がりそうになる。
「あ、ダメです、先輩。ちゃんと座っててください。……心配しなくても、大丈夫です。私、先輩の為に頑張りますから。だから先輩はただ、私に身を任せてください……」
「………………分かったよ」
色々と言いたいことはあったけど、点崎の瞳があまりに真っ直ぐなので、俺は覚悟を決めて、もう一度ベッドに腰掛ける。
すると点崎はまた俺の肩に手を置いて、そしてそのまま……
ゆっくりと俺の肩を揉み始めた。
「…………」
ま、分かってたけどな。肩に手を置かれた時点で、だいたい想像ついてた。
……けどなんとなく、負けて気分にさせられるのは何故なんだ?
「……ねえ、先輩」
と。そこで点崎は優しく俺の肩を揉みながは、ゆっくりと口を開く。
「なんだ?」
「今ちょっと、エッチなこと考えてたでしょ?」
「……いやお前、分かっててやってたのかよ」
「はい。ああいう言い方をすると、先輩は絶対にエッチな妄想するだろうなって、初めから分かってました」
「お前はほんと……いや、久しぶりだな、こういうの」
思えば点崎がこういう風に俺をからかうのは、本当に久しぶりだ。だから俺は思わず、笑ってしまう。
「はい。最近ちょっと、こういうのできてなかったでしょ? ……鏡花先輩やあのギャル先輩は、私よりずっとグイグイ行くから、ちょっ余裕が無くて……先輩をからかってあげられませんでした」
「別に無理して、からかってもらわなくてもいいんだけどな」
「……私もそう思ってたんです。もうそういうのは、必要ないかなって。でも……」
点崎は話している最中も手を止めず、優しく肩を揉んでくれる。……勉強してきたというだけあって、力の入り具合が絶妙でとても気持ちいい。
「……先輩はもうとっくに気がついてると思いますけど、そんな風に先輩をからかったりしてたのは、ほとんど……演技だったんです」
「…………」
俺は言葉を返さない。だから点崎はそのまま、言葉を続ける。
「……人を拒絶するような先輩に近づく為に、無理してああいうキャラを作ってました。でも、もうこんなに先輩が近くにいるなら、そういうのは要らないかなって思ったんです。……それよりここに居る私を、先輩に見て欲しいなって……」
点崎はそこで一度、手を止める。そして肩から力を抜くように、大きく息を吐く。
「……でも、本当の私は凄く弱い女だから、このままじゃダメだって思ったんです。昨日あの人が現れて、ゆっくりしてる時間は無くなりました。だから私は、昔の私に力を借りて少し積極的になることにしたんです。……どうですか? ちょっとはドキドキ、してくれましたか?」
「ああ。ちょっとどころじゃないくらい、ドキドキしたよ。でも……マッサージするなら、夜の方が良かったんじゃないか?」
「どうしてです? ……って、先輩! もしかしてこのまま、エッチなことするつもりなんですか⁈」
点崎はそう言って、驚きに目を見開く。するとそれだけで、さっきまで浮かべていた余裕の笑みが剥がれてしまう。
……正直、点崎はそういう顔をしている方が、可愛いって思う。
「いや、そうじゃなくて。ちょっと……眠くなってきたんだよ。今日はせっかく、点崎と2人きりになれる日だろ? なのに昼間から眠っちゃうのは、もったいないと思うんだよ。だから……」
と、言葉の途中で、あくびがこぼれてしまう。それくらい点崎の肩揉みは、気持ちがいい。
「いいですよ? 眠っても。というか、今はその為の時間なんです。……先輩は昨日のこともあって、疲れてるでしょ? なのにどうせ先輩のことだから、もっと頑張らないと! とか無理してる筈です」
「……いや、それは確かにそうだけど。でも……」
「いいんです。これも私の計画の内ですから。夜は……ふふっ。夜はね、先輩と一緒にやりたいことがあるんです。だから今夜は眠る暇もないくらい、付き合ってもらうつもりです。ですから朝のうちに、しっかりと疲れを取っておいてください。眠ってる間は、私が膝枕してあげますから」
「…………」
点崎の言葉に、無理をしている気配は無い。俺のことを気遣ってくれているのは確かだけど、それでも無理して俺に合わせてくれているという訳では無さそうだ。
だから……。
「……悪いな。じゃあちょっと、寝ちゃうかも」
そう呟いて、肩から力を抜く。
「いいですよ? ……あ、でもその前に1つだけ、したいことがあるんです」
「なんだ? なんでも言えよ」
「…………」
点崎は俺の言葉を聞いて、さっきの余裕を取り戻したように、ニヤリと笑みを浮かべる。
そして点崎は、そのまま笑みを浮かべたまま、唐突に……
俺の背中に抱きついた。
「ちょっ、点崎?」
点崎の柔らかな胸の感触が、背中に押し付けられる。だからぼやぼやとしていた頭は、それだけで目を覚ましてまう。
「……先輩。ドキドキしてますか?」
「そりゃな。お陰で、目も覚めたよ」
「……それは、ごめんなさい。でも私はね、こうやって先輩にくっついてると、すっごく癒されます。ドキドキしてふわふわするけど、それと同じくらい心が落ち着くんです。……だから少しだけ、私の充電に付き合ってもらえませんか? それが終わったら、いっぱいマッサージをしてあげるので」
「……分かったよ。俺も……俺もこうやってお前に触れてると、もっと頑張ろうって思えるしな」
点崎の鼓動と俺の鼓動が混ざり合う。今はそれ以外、何の音も聴こえない。……こうやって女の子と密着するのは、まだ慣れない。けどどうしてか今は、凄く安心させられる。
だから一度消えた眠気が、またゆっくりと俺の方に忍び寄ってくる。
「……ねぇ、先輩」
「…………なに?」
「私、頑張ります。先輩の分も、私がいっぱい頑張ります。だから……今は少し、休んでください。……だって昨日のことで1番ショックなのは、先輩なんですから。…………私、あんな泣きそうな先輩の顔、もう絶対に見たくないです。だから……」
「……ありがとな、点崎。でもお前も、無理するなよ?」
「はい。分かってます」
そこで点崎はもう満足したというように、ゆっくりと俺から手を離す。……けど俺は少し、物足りないと思ってしまう。もっともっと点崎の温かさを感じていたいって、そう強く思ってしまう。
だから、
もっとお前に触れていたい。
そう言って、点崎を正面から抱きしめた。
「…………」
……なんてことは、できなかった。俺はただうつらうつらと頭を揺らして、点崎の言葉を待っている。
もっと点崎に触れていたい。それは確かに、俺の想いだ。でもどうしても今は、それを言葉にできなかった。
だって、俺はまだ点崎を……。
「じゃあ先輩。今度はそこに、うつ伏せで寝転がってください。次は優しく、背中をマッサージしてあげますから」
「……ああ、頼むよ」
俺は余計な思考を振り払うようにそう答えて、言われた通りうつ伏せに寝転がる。すると点崎はまた、優しくマッサージを続けてくれる。
だからそれからはただ、たわいもない話をしながら点崎とじゃれ合った。
点崎はまた、俺をからかうようなことを言ったり、俺はそんな点崎を逆にからかったり。眠いなって思ったら少し眠って、でも点崎の温かさにすぐ目を覚まして。
……そして偶に、抱きしめ合ったりした。
そんな風にとてもとても幸福な時間を過ごして、気づけば時間はいつの間にか昼前になっていた。
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