やっぱりバカです。先輩。



「なあ、玲。お前……バカかよ? 俺は、お前にそんな顔されるくらいなら……死んだ方がマシだ」


 玲の瞳を真っ直ぐに見つめて、俺は憂うこと無くそう告げる。


「……なおなおにバカとか言われたく無いし。それに、死んだ方がマシってなに? 前から思ってたけどさ、なおなおは自分のこと……軽く見過ぎじゃない?」


 そしてそんな俺の言葉を聞いて、玲は珍しく怒ったような顔で俺を睨む。


「別に軽くなんて、見てねーよ。俺はただ、自分が正しいと思ったことをしてきただけだ。……つーか、自分を軽く見てるのはお前の方だろ? 玲」


「違うし。あーしはただ、自分よりなおなおを大切にしてるだけ。……大体なおなおは、おかしいんだよ。18歳の誕生日までに好きな人を見つけないと、死ぬ。そんなこと言われたら、普通はもっと焦るし。なのになおなおは、逆に人を避けるように部室に引きこもって、本ばっかり読んでる。それのどこが、正しいって言うのさ?」


「……少なくとも俺は、それが正しいと信じてたんだよ。……鏡花もお前も、俺なんか居なくても笑って生きていける。……そう思っていたから、俺は……」



 そう。2人が笑って生きていけるなら、俺はささなと一緒に……死んでもいい。


 そんな風に、思っていた。


 あの事件の後、両親との関係も破綻してしまって、玲と鏡花とも距離ができた。……いや寧ろ玲と鏡花は、俺なんかと関わると余計なトラウマを思い出して、辛くなるだけだ。



 だから俺にできるのは、殺してしまった愛しい少女の為に……死んでやることだけ。



 ずっとそう、思ってきた。……きっと点崎が部室を訪ねてくれなかったら、俺はそう思い続けたまま、1人で死んでいたのだろう。



「……バカ。なおなおのバカっ!」



 ……と。そんな風に考え込んでしまっていた俺の意識は、泣き出しそうな少女の叫びと、頬に走った衝撃で引き戻される。


「なおなおが死んだら、あーしは泣くよ? ……ううん。それどころか、後を追って死んじゃうかもしれない。それくらいあーしは、なおなおが好きなの……! なのに……どうして……!」


「……俺が、バカだったからだよ。ずっと部室に引きこもって、本ばかり読んでいた。だから俺は1人になれたんだと、そう思っていた。……けど、それはとんだ勘違いだった。あんなことがあっても、俺はお前たちが大切だった。そして、だからこそお前たちも……俺のことを……大切に想ってくれていた。……そんな当たり前のことに、俺はずっと気がつかなかった」


 長い間ずっと、すれ違ってきた。すれ違って、気づかないふりをして、そうやって逃げ続けてきた。そして俺は、そうやって逃げ続ける自分を肯定する為に、都合の良い言い訳を作り上げた。



 ……残された人間の気持ちなんて、一切考えずに……。



「でもさ、俺は最近ようやく気がついたんだよ。1人で勝手に決めて、1人で勝手に諦めて、1人で勝手に泣いてるのは、ただの独りよがりなんだって」


 俺が黙っていたから、鏡花も点崎も……そして玲も傷つけてしまった。


「だからさ、1人で泣くなよ、玲。俺はお前に、そんな顔をさせてまで生きたいとは思わない。……お前を踏み台にしてまで、誰かを好きになろうなんて、俺は思わない。だから……」



 だから、何なのだろう?


 俺は今、何を言うつもりだ?




『応えられない想いには、ただ沈黙するしかないんだよ』



 ささなはこの前、そう言った。それはきっと、正しいことなのだろう。だって、俺がここで偉そうなことを言っても、玲の想いに応えてやれる保証なんてどこにも無い。



 なら俺は、黙っているべきだ。




 ……そう分かっているのに、それでも俺は、口を開く。



 だって、見てられないんだよ、こんな玲。まるで、誰かの言いなりになったみたいに歯を噛み締めて、言い訳みたいな言葉しか言わない。



 俺はそんな玲、見たくない。




 だから俺は、言った。




「──玲。お前が本当に俺のことを好きだって言うなら、本気で俺を惚れさせてみせろよ。勝手に諦めて、逃げてんじゃねーよ。……バカ」



「────」



 俺の言葉を聞いて、玲は驚愕に目を見開く。それはきっと、当然のリアクションなのだろう。だって今の俺の言葉は、本当に馬鹿みたいだから。


 前に進まなきゃって分かっているのに、いつまで経っても昔の女を忘れられない。今の台詞は、そんな馬鹿な男が言っていい台詞じゃない。



 ……でも、それでも俺は、口を開いた。だって、そうしないとお前はいつまで経っても前に進めない。



 俺も点崎と鏡花の言葉で、自分のバカさ加減に気がついた。だから今度は、俺が玲に教えてやらないといけない。




 ……1人でぐだぐだ考えても、いいことなんてないぞって。




「…………ねえ? なおなお」


「なんだよ?」


「好きだよ」


「…………」


「ふふっ。そこで黙っちゃうのが、なおなおの悪いところだよね。ここであーしのことを振ってくれたら、諦めもつくのにさ。かっこつけたこと言っても、結局なおなおは……まだ、ささなが好き。……あーあ、なんかバカみたい」


 玲はそう言って、ベッドの上に寝転がる。そしてそのまま、どこが呆れたように言葉を告げる。


「あーしはこう見えて堅実派だからさ、何かする時は最悪の展開を回避する方法から考える。……そして今回の最悪は、なおなおが死んじゃうこと。だからあーしはどんな手を使ってでも、それだけは回避しなくちゃいけない。その為に、1番確率の高い方法をとる。……だって、一か八かの博打なんてバカのやることっしょ?」


「…………」


 俺は言葉を返さない。けれど玲はどこか満足したように、そのまま言葉を続ける。


「だから別に、あーしの恋が叶わないことくらい、大したことじゃ無かった。……だってあーしは、なおなおが好きなんだもん。なおなおがあーしを見てくれなくても、大丈夫だって思えるくらい、あーしはなおなおが好き。……その筈、だったのにさ……」


 玲はそう言って、俺の手を握る。そして何かを確かめるように、少しずつ手に力を込めていく。


「こうやってなおなおの手を握ると、離したくなくなっちゃう。さっきみたいに膝枕すると、優しく頭を撫でたくなる。なおなおの顔を見ると、ドキドキする。触れたいって思う。抱きしめたいって思う。キスしたいって思う。……もっとずっと、あーしの側にいて欲しいって……思っちゃうんだよ」


 玲はぎゅっと強く、俺の腕を抱きしめる。それでようやく、玲の鼓動が俺に届く。


「なあ、玲」


「なに?」


「……人を好きになるのって、辛いよな」


「うん。だからあーしは、都合のいい言い訳を並べて……逃げてただけだった。…………鏡花のこと、笑えないな。本当に逃げてたのは、あーしの方だった……」


 手を繋いで、寝転がる。そしてただ、天井を眺める。そうやって視線を交えないまま、俺たちは静かに言葉を交わす。


「ねえ? なおなお。あーしも頑張れば、なおなおの1番になれるかな? なおなおに大好きだよって言ってもらえて、ぎゅっと抱きしめてもらえる。あーしでも、そんな風になれるかな?」


「……俺が保証してやらないと、お前は頑張れないのか?」


「ふふっ。ずるいなぁ、なおなおは。かっこいいことだけ言って、自分の心は渡してくれない。……でも、そんななおなおだから、あーしは……好きなんだ」


「なあ、玲」


「なに? なおなお」


「来年の俺の誕生日に、皆んなでパーティやらないか? 多少はギスギスするかもしれないけどさ、それでもきっと楽しい筈だ。……ささなとはお別れパーティになっちまうけど、それでもきっと……あいつは笑ってくれる。だから……」



 ──頑張ろうぜ?



 そう言って、玲の手を握りしめる。玲もぎゅっと強く、俺の手を握り返してくれる。



 玲の体温を感じる。玲の鼓動を感じる。きっと玲も、俺の体温と鼓動を感じている。



 だからきっと、伝わっている筈だ。



 ……俺はバカだから、こうやって女の子と手を繋ぐだけで、ドキドキしてしまう。



 それくらいのことは、玲も分かってくれたのだろう。





 だから俺は、目を閉じる。きっと玲も俺と同じタイミングで、目を閉じた筈だ。そうして後は静かに、お互いの鼓動だけを感じ続けた。




 ……けど眠りに落ちる前に、最後に1つだけ玲に尋ねる。



「なあ、玲。あのくじ、細工してたろ?」


「……バレてた?」


「ああ、色々と作為的だったからな。……でも、それだと1つ気になるんだけどさ、なんで今日……俺とお前がここで寝ることになったんだ?」


 本当に裏方に徹するつもりなら、この夜は必要無かった。なのに、どうして玲は……。


「なおなおは、ほんとバカだね。……あーしだって乙女なんだよ? だから最後に、想い出が欲しかったんだよ」


「そうかよ。……でも、当てが外れたな?」


 だってこれは、最後の想い出にはならないから。


「うん。でも……ありがとう。なおなお」


「いいよ、別に」



 そうして、玲との夜は幕を閉じた。



 そしてこの夜を境に、止まっていた時間が完全に動き出した。



 だから、瞬く間に時間が流れた。楽しい楽しいお泊まり勉強会は、玲の策から離れたことで本当に騒がしくなった。



 皆んなで勉強して、ゲームして、料理をして、何度も何度も揉めたけど、それでも本当に楽しい時間だった。



 だから、本当にあっという間に時間が流れて、夏休み直前の終業式の日。





 ようやく動き出した俺たちの時間は、またそこで止まることになってしまう。




 その日。何故か唐突に、





 ささなが姿を消した。


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