どうするんですか? 先輩。
「じゃあ寝よっか? なおなお。……あ、あーしは寝るときは裸派だから、心配しなくても大丈夫だよ? なおなお」
玲はそう言って布団に潜り込み、ふざけるようにニヤニヤと笑みを浮かべる。
「何が大丈夫だっつーんだよ。……つーかそれより、ちょっと話したいことがあるんだけど……いいか?」
「ふふっ。真面目な顔して、なに? ……もしかして、あーしのおっぱいが見たいとか? そういう話?」
玲はニヤリと笑み浮かべて、微妙に色っぽい仕草で布団から身体を出す。
「…………」
無論、玲はパジャマを着ていた。けれどそのパジャマはひどく薄手で、しかも脚が惜しげもなく晒されているから、少し目のやり場に困ってしまう。
「あ、なおなお今、あーしの脚みてたでしょ? 相変わらずエッチだなぁ、なおなおは」
「それくらい、言われなくても知ってるよ。……じゃなくて、ちょっと真面目な話があるから、茶化さずにちゃんと聞け」
「……分かったよ、なおなお。……でもさっきの様子だと、ささなはともかく……他の2人は外で聞き耳立ててるかもしれないよ?」
面白がるような笑みを浮かべて、玲は視線を扉の方に向ける。
「大丈夫だよ、その辺は。……お前がささなとゲームしてる間に、2人には話を通してあるから」
2人ともかなり食い下がってきたけど、それでもテストが終わったらデートするという条件で、何とか引き下がってくれた。だからこの場に、邪魔が入ることは無い。
「ふふっ、準備万端だね? なおなお。流石にそこまでされると、あーしも真面目に話を聞くしかないかな。……それで? なおなおは、あーしに何が聞きたいの?」
玲の試すような眼差しが、俺を射抜く。……その瞳で見つめられると、こっちの考えなんて全てお見通しのようで、少し言葉に詰まってしまう。
……けど、ここで逃げるわけにもいかない。だから俺は覚悟を決めて、ゆっくりと口を開く。
「玲。お前は一体、何を企んでいるんだ?」
俺のその端的な言葉を聞いて、玲は薄い笑みを浮かべて言葉を返す。
「何って、一体なんのことかな?」
「それが分からねーから、聞いてんだよ」
「ふふっ。なおなおは基本的に鋭い筈なのに、自分のことになると急に鈍くなるよね」
「いや、別に俺は自分のことでも……って、そういう話がしたいんじゃなくて……」
俺はそこで一度言葉を区切って、小さく息を吐く。そしてすぐに、続く言葉を口にする。
「じゃあ少し、切り口を変える。……なあ、玲。お前はなんで急に、同居するとか言い出したんだ?」
「……ふふっ。そりゃ勿論、なおなおとイチャラブな日常を過ごしたいと思ったからに、決まってんじゃん」
「じゃあ何で、点崎と鏡花に同居のことを話したんだよ?……お前なら分かってた筈だろ? そんなことをすれば、どうなるか。……いや、分かっていたから、お前はわざわざ寝袋やくじなんて持ってきた。……それに、イチャラブとか言いながら、同居してからのお前は……どこか俺から、距離を取ってるようだった」
思い返してみると、玲の言動は少しおかしかった。彼女が勉強に付き合わないのは、分かる。けど俺の知ってる玲は、勉強しないからって俺たちを放ったらかしにして、部屋でゲームなんてしたりしない。
それこそ、せっかく同居しているのだから。
……それに。
「それにお前、同居初日に言ったよな? 運命の赤い糸を信じてるって。その時は気づかなかったけどさ、運命なんて言葉はお前が1番嫌いな言葉の筈だろ? ……なあ? 玲。だからもう一度、聞くぞ? お前は一体、何を企んでいるんだ?」
俺のその言葉を聞いて、玲は少し呆れたように息を吐く。そしてぽんぽんと自分の太ももを叩いて、諦めたような声で言葉を告げる。
「おいで? なおなお。あーしがなおなおに、膝枕してあげる」
「……は? なんで急に、膝枕?」
「いいじゃん別に。あーしがなおなおに、膝枕してあげたくなったの。……それになおなおだって、さっきあーしの脚見てたじゃん。だから早く、来て? そうしたら全部、話してあげるから」
玲はそう言って、今までとは少し色の違う優しい感じの笑みを浮かべる。だから……というわけではないけれど、俺は引き寄せられるように玲の太ももに頭を乗せる。
「ふふっ。なおなおは素直で可愛いなぁ。頭、撫でてあげるね?」
「……お前もしかして、からかってるだけなのか?」
「違うし。……あーしはただ……」
玲はそこで言葉を止めて、優しい手つきで俺の頭を撫でる。……その感触があまりに気持ちよくて、俺は少し眠くなってしまう。
「……ねえ? なおなお。今のなおなおの1番近くにいる女の子って、誰だと思う?」
「何だよ? 突然。そんなの……」
「いいから、少し考えてみるし」
「…………」
そう言われて、少し頭を悩ませる。
今の俺に1番近い人間は、間違い無く玲だ。だって彼女は今、俺に膝枕をしているのだから。……なんてバカみたいなことじゃなくて、玲が言いたいのはもっと別のことなのだろう。
だから俺は、もう少し考える。
今の俺に1番近い女の子。その言葉を聞いて思い浮かぶのは、やはり……。
「点崎ちゃんだよね? 今のなおなおの1番近くにいるのは、きっと点崎ちゃんなんだよ」
玲はまるで、こちらの心を読んだかのようなタイミングで、そう声を上げる。そしてそのまま、淡々と言葉を続ける。
「なおなおと1番長い時間を重ねてきたのは……鏡花。そして、なおなおが1番好きなのは、ささな。……なおなおの中のあーしは、どこから見ても……1番にはなれない」
そんなことを告げる玲の声は、まるで遠くから聴こえるピアノのように、とても寂しい響きを帯びている。
……だから俺は思わず、彼女の方に手を伸ばす。
「なおなおの手、温かいなぁ。……でもあーしはね、もう覚悟を決めたんだよ」
玲はそんな俺の手を、強く強く握りしめる。……けれどすぐに、彼女は突き放すように俺の手を離してしまう。
「来年の9月22日になっても、なおなおの1番好きな相手がささなのままなら、なおなおは死んじゃう。……あーしの大好きな、なおなおが死んじゃうの。そんなのあーし、耐えられない。だから……決めたんだ。どんな手段を使っても、絶対になおなおにささな以外の誰かを、愛してもらおうって」
「…………」
電気はもう消してしまったから、玲の表情ははっきりとは見えない。……けれど何となく、彼女の言いたいことが分かってしまう。
「つまり、玲。お前は、俺が生き続けられるなら、選ばれるのは自分じゃなくて……点崎や鏡花でもいい。そう言いたいのか?」
「…………」
俺の言葉に、玲は返事を返さない。……しかしここで黙るということは、答えを言っているのと同じことだ。
「……なあ、玲。お前はそれで……いや、玲。これを訊くのは、お前に対する裏切りかもしれないけど……でも……聞くぞ? お前さ、本当に俺のこと……好きなのか?」
それはきっと玲に対する侮辱で、何より思い上がりも甚だしい言葉だ。……けど、聞かずにはいられなかった。
だってそれほどまでに、玲の行動は……らしく無かった。
「バカだなぁ、なおなおは。本当に、バカ」
けれど玲は、怒らなかった。怒らないし傷ついた様子も無い。彼女はただいつも通り、どこか余裕を感じさせる声で、楽しそうな笑い声を響かせる。
……でも、声が僅かに震えているのを、俺は聞き逃さなかった。
「全部さっき、言ったっしょ? ……今のなおなおの1番近くにいるのは、点崎ちゃん。なおなおと1番長い時間を重ねてきたのが、鏡花。そして、なおなおが1番好きなのは、ささな。……あーしは、なおなおの中ではどの1番にもなれない」
玲はそこで、もう一度俺の頭を撫でる。本当に慈しむように、まるで宝物でも扱うかのように、彼女は優しく優しく俺の頭を撫でる。
そしてそのまま手を止めないで、どこか胸を張るように、彼女は自分の想いを言葉に変える。
「でもね? なおなお。なおなおのことが1番好きなのは、絶対にあーしなんだよ」
玲はそう言って、さっきと同じように楽しそうな笑い声を上げる。……けど、玲の表情はよく見えないから、どうしてもその声が寒々しく聞こえてしまう。
「ふふっ、大丈夫だよ? なおなお。……あーしは誰より、なおなおのことが大好きだから。だから、なおなおの為なら何だってできるし、どんな痛みでも耐えられる。……例え、なおなおの隣に居るのがあーしじゃなくても、なおなおが生きてくれるなら、あーしは幸せなんだ」
カチカチと、静かな部屋に秒針の音がこだまする。それ以外には、何の音も聴こえ無い。玲の声も、玲の鼓動も、こんなに近くにいる筈なのに……決して俺の耳には届かない。
だから俺は……
「なあ、玲。お前はそれで……本当にいいのか?」
いつかと同じように、そんなことを尋ねた。
「……あーしはね、ずっと考えてたの。中2のあの夏から、どうすればなおなおに好きになってもらえるのかって、ずっと考え続けてきた。……でも、無理だった。あの時から人を……あーしたちを避けるようになったなおなおに近づく方法なんて、何も思い浮かばなかったから……」
そこで玲は、諦めたように大きなため息をこぼす。
「でも……その壁を、点崎ちゃんは簡単に壊してみせた。何でもできると思ってたあーしにできなかったことを、あの子は簡単にしてみせた。だから……だからあーしは、決めたんだ。……だって、耐えられないだもん。来年の夏に、なおなおが居なくなるなんて、そんなの絶対に……耐えられない」
「……だからお前は」
「そう。だからあーしは、あの子たちに頑張ってもらうことにしたの。……鏡花に任せるのは、少し癪だけどね。……でもなおなおの為なら、あーしは何だって我慢できる。だって、愛してるんだもん。あーしは誰よりもなおなおを愛しているから、だから……その隣に居るのが、あーしじゃなくてもいいの」
玲はそう告げて、どこか惜しむように俺から手を離す。
だから俺は、ゆっくりと身体を起こす。
「…………」
カーテンから漏れた月明かりが、玲の顔を照らす。その顔はいつもの玲と同じ筈なのに、何故か別人のように見えてしまう。
だから俺は……我慢できなかった。
「なあ、玲。お前……バカかよ? 俺は、お前にそんな顔されるくらいなら……死んだ方がマシだ」
「────」
遠い星々が、夜空から光をこぼす。眩い月が、青白い光で部屋を染める。だからまだまだ、夜は終わらない。
だって俺はまだ、伝えていない。今にも泣き出しそうなこの少女に、伝えなきゃいけないことが沢山ある。
だから夜は、まだ終わらない。
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