5章 まだまだです!
忘れてますか? 先輩。
終業式を終えて、少し心を弾ませながら帰路につく。
あの勉強会の後、結局みんなは家に帰ることになった。鏡花や点崎はだいぶ渋っていたが、それでも最終的には納得してくれた。
元より急に決まった、同居だ。だから色々と準備不足で不自由したのも事実だし、何よりどうしても言い合いが絶えなかった。
皆んなでわいわいしながら、ゲームしたり料理したりするのは楽しかった。けれど、点崎と鏡花は事あるごとに張り合って、何度も何度も言い合いになった。
……それくらいなら可愛いものだと、ささなや玲は笑っていたが、料理対決なんて言って毎食2人分の食事を食べさせられるのは、正直たまったものでは無かった。
だから俺が同居初日に言った通り、テスト終了とともに一旦の解散となった。
そしてその代わりに、夏休みに入ってからオカルト研究会の皆んなで、合宿することが決まった。
玲の家が所有している、海の近くにある別荘。夏休みに入って鏡花の部活が休みの時に、皆んなでそこで合宿することになった。
「……ふふっ」
だから俺は少し、浮かれていた。だって海の近くの別荘で、合宿なんだぜ? どうしたって、テンションが上がってしまう。
「やっぱ、楽しみだよなー」
そう呟きながら、家の扉を開ける。
「ただいま、ささな」
そしていつも通り、そう声をかける。……けど、何故か返事が返ってこない。
「……ささな? 居ないのか?」
だからもう一度そう声をかけるが、やはり返事は返ってこない。……いつもなら、俺が家に帰ると見計らったように顔を出すのに、今日はどうしたのだろう?
そんなことを考えながら、家に入る。そしてさっさと着替えて、すぐに昼飯の準備を始める。今日はこれから、合宿のことを玲の家で話し合うことになっている。なので早めに昼飯を食べて、家を出るつもりだ。
……それに昼飯を作ってやれば、ささなもきっと顔を出すだろう。……そう思っていたのに、ささなは一向に姿を見せない。
「あいつ、どこに行ったんだ?」
ささなに限って、事故や事件に巻き込まれたなんてあり得ない。だから俺が心配する必要なんて、どこにも無い。
そう分かっているのだけれど……。
「いや、気にしすぎだな。あいつも偶には、1人になりたい時くらいあるだろ」
そう呟いて、胸の内に広がる不安から目を逸らす。
……けど結局、2人分作ったチャーハンは、俺1人で食べることになってしまった。
そしてその後。玲の家で皆んなで話し合いをして、夕飯をご馳走になって、日が完全に暮れる前に家に帰る。……けど、いくら待っても、ささなが帰ってくる気配は無い。
そうして時刻は、夜の9時過ぎ。
「あー、バカらし」
そんなことを呟きながら、俺は家を出る。理由は無論、ささなを探す為だ。今年こそ、ささなより大切な誰かを見つける。そう意気込んでいるのに、結局俺はまだ……彼女の影から逃れられない。
「つーか、いきなり居なくなったら心配するに決まってるだろ。……せめて、書き置きとか残していけよ」
そうして、とりあえず山の方まで行こうかと考えていると、背後からふと声が響いた。
「何やってるの? 直哉」
「……そっちこそ、こんな時間に何やってんだよ? ……鏡花」
だから俺はそう言って、俺と同じタイミングで外に出てきた少女、朱波 鏡花の方に視線を向ける。
「あたしは……あたしは、あれよ。ちょっと、ランニングでもしようかなって」
「ランニング? お前、今日もバレー部で頑張ってたじゃねーか。なのにまだ、走るつもりか?」
「いやだって、来週からは合宿で海に行くでしょ? そうなると水着を着るじゃない。だから……その、あんたにちょっとでも可愛いと思ってもらいたくて、ダイエットしてるの! 悪い!」
鏡花は顔を真っ赤にして、そう叫ぶ。……けど、正直なにに怒っているのか、いまいち理解できない。
「……まあいいや。じゃあ、頑張れよ。……お前の可愛い水着姿、期待してるからな?」
「……うん。じゃあ……って、ちょっと待ちなさい。あんた結局、あたしの質問に答えてないじゃない。あんたの方は、こんな時間にどこ行くつもりなの? ダイエットってわけじゃ、ないんでしょ?」
「…………」
そう問われて、少し考える。……けど、嘘をつくわけにもいかないし、何よりもう隠し事はしないと決めた。だから俺は、ありのままの事実を素直に口にする。
「ささながさ、急に居なくなったんだよ。だから……ちょっと探しにな」
「……そういえばささな、今日の話し合いにも来てなかったわね。……あの子は何となく神出鬼没なイメージがあるけど、居なくなることってよくあるの?」
「いや、あいつが何も言わずに俺の前から姿を消したことなんて、今まで一度も無い。だから少し、気になってな」
「あんたも過保護ね。……でも、あんたはまだささなが好きなんだし、しょうがないか。……じゃあ、分かった。ささなを探すの、あたしも付き合ってあげる」
鏡花はどこか呆れるようにそう言って、山の方へと足を向ける。
「お前……ダイエットはいいのかよ?」
「どうせ、山の方に行くつもりなんでしょ?それならそこそこ歩くんだし、変わらないわ。それに……あんたと一緒に歩けるなら、そっちの方が大切だもん」
「ありがとな。……まあ、ささなのことだから、心配しなくてもいいのは分かってるんだけどな。……でもどうしても、気になるんだよ」
「だから別に、いいわよ。……いや、じゃあその代わり帰りにコンビニで、アイス買ってよ。あたし、イチゴアイス食べたい」
「……別にそれくらい構わねーけど、ダイエットはいいのかよ?」
「大丈夫。あたしいっぱい食べても、大きくなるのはおっぱいだけだもん」
「…………そりゃ、よかったよ」
そうして2人、山の方に向かって歩き出す。流石にもう、子供の頃ほど無謀では無いので、夜の山に入る気なんて更々ない。隣に鏡花が居るなら、尚更だ。
だから山のふもとを少し探して、見つからなければ早いうちに帰ろう。そう考えて、鏡花と2人ゆっくりと夜道を歩く。
「ねえ、直哉。手、繋がない?」
「いいけど、汗かいてるかもしれないぜ?」
「いいわよ、別に。あんたの汗なら、気にならないわ」
そう言って、鏡花は俺の手を握る。もう7月後半の夏真っ盛りなので、手なんて繋いでも暑いだけだ。……そう思うのだけれど、何故か不思議と嫌じゃ無い。寧ろちょっと、ドキドキする。
「……ねえ? なんかこうしてると、思い出さない?」
「…………そうだな」
そう呟いて、黙り込む。鏡花もそれ以上は、何も言わない。
「…………」
「…………」
俺たち多分……同じことを、思い出していた。
あの時もこうやって手を繋いで、夜の山を歩いていた。……いや、あの時は玲も一緒だったけど、それでもこうやって手を繋いで夜道を歩いていると、どうしても……思い出してしまう。
自分の力では、どうにもならない問題に直面した俺たちは、こうやって手を繋いで青い桜を探していた。
……でも、いくら探してもそんなものは見つからなくて、俺たちは諦めたように空を見上げた。
そしてそこで、見た。
夜空に舞う、青い桜の花びらを……。
「────」
「…………ねえ? 直哉。あれ……」
鏡花はまるで夢でも見ているかのように、震える指で夜空に舞う花びらを指差す。
「…………」
けど俺は、驚きのあまり何の言葉も返してやれない。
……桜だ。まるで過去をなぞるみたいに、もう咲く筈のない青い桜の花びらが、宙を舞っている。
「……ごめん。鏡花」
だから俺はそれだけ告げて、鏡花の手を離して走り出す。
「ちょっ、あんた! 待ちなさい!」
鏡花はそう叫んで俺の背を追ってくるけど、しかしどうしても……足が止まってくれない。
だってあの桜は、もう咲く筈が無いんだ。
なのに、どうして……。ささなが急に消えたことと、何か関係があるのか?
俺の思考はぐるぐると回り、足は勝手に前へと進む。
そしていつの間にか、青い花びらが舞っていた場所までたどり着く。
しかしそこにはもう、桜の木は無い。宙を舞っていた筈の花びらも、どこかに消えてしまった。
「…………」
でも、なぜかそこに1人の少女が佇んでいた。
「……点崎。なんでお前が、こんな所に居るんだよ……」
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