まだまだです。先輩。



 そして瞬く間に、いつもの4人が集まった。


「ねぇ、直哉。今から2人で遊びに行かない? あたし久しぶりに、遊園地とか行きたいな」


「ダメです。先輩にはもう、時間がないんですよ? だから先輩は、貴女と遊んでる暇なんてないんです」


「時間がないから、遊ぶんじゃない。こうやって家に閉じこもってダラダラしてても、直哉の心が動くことなんてないわ。直哉の心をささなから奪うには、このまま立ち止まってちゃダメなの。貴女だって、それくらい分かってるでしょ?」


「言われなくても、それくらい分かってます。でも先輩は貴女じゃなくて、あたしとデートするんです! だって貴女、昨日もあたしに嘘ついて、勝手に先輩とデートしてたじゃないですか!」


 リビングのテーブルを挟んで、2人はいつものように言い合いを始める。それはもう見慣れた光景で、だから今更注意しようとも思わない。


 鏡花と美綾は少し相性が悪くて、すぐに言い合いを始めてしまう。けど2人とも、敵意や悪意があるわけじゃない。


 ……というか、2人が言い合いをする原因は間違いなく俺だ。だから今更俺が偉そうなことを言っても、火に油を注ぐだけだ。


「2人とも、言い合いなら外でやるし。つーか、いつまでもそんなことしてると、なおなおに嫌われちゃうよ?」


「……分かってるわよ、それくらい。でも何となく、この子と居るとどうしても、ね」


「ま、2人はちょっと似てるし、同族嫌悪なのかもね。でも、いつまでもそんなつまらない言い合いしてないで、もっと建設的な話をしようよ。……ねぇ、なおなお。なおなおは今日、何かしたいこととかある? 夏休みもあと少しなんだし、あーしがどこかに連れてってあげようか? なおなおが望むなら、宇宙の果てでも連れてってあげるよ?」


 俺の隣に腰掛けた玲は、ニヤリと楽しそうな笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。


「宇宙の果ては、悪くないかもな。でも今から遠出するのもあれだし、何か近場で──」


「ちょっとギャル先輩! 抜け駆けはダメですよ!」


 俺の言葉の途中で、美綾がそう声をあげる。


「ふふっ。点崎ちゃんは相変わらず真面目だなぁ。でも恋愛なんて、抜け駆けしてなんぼっしょ? まああーしは、この前みたいにまた順番でなおなおを口説くってのも、悪くないと思うけど……」


「あたしはそんなの嫌よ? だって順番待ちなんて、焦ったくてやってられないもん。直哉がこんなに近くに居るのに、指を咥えて見てることしかできない。そんなのあたしはもう、絶対に嫌」


 鏡花は強い口調でそう言って、目の前のアイスコーヒーを一気に飲み干す。


「でもこうやって言い合いしてても、埒があかないじゃないですか」


「それは……そうだけど。でもあたしはあたしのやり方を変えるつもりなんて、ないわよ?」


「…………」


「…………」


 2人はそこで黙り込んで、冷たい瞳で睨み合う。そして玲はそんな2人の様子を楽しそうに眺めながら、ゆっくりと口を開く。


「ここであーしから、1つ提案があります! というか、あーしは初めからこうなると分かってたから、イベントを用意してきたんだよね。皆んなで楽しめて、しかもなおなおもドキドキできる、とっておきのイベントをね。だからなおなおに行きたい所がないなら、あーしに付き合って欲しいんだけど……いいよね?」


「ああ、構わねーよ。俺も今日は、皆んなで何かしたいと思ってたしな。だから玲から何か提案があるなら、願ったり叶ったりだ」


「ふふっ。やっぱりあーしは、できる子っしょ? なんだかんだで、なおなおの気持ちを1番理解してるのは、あーしなんだよね」


「そんなことないです! 先輩の気持ちを1番理解してるのは、私に決まってます!」


「違うわ。直哉の気持ちを1番理解してるのは、あたしよ? だってあたしが1番長く、直哉の側にいたんだもん」


「2人とも、そうやいのやいの言わないの。というかまずは、あーしの話を聞いてよ。……なおなおも、そう思うでしょ?」


「……ま、そうだな。2人が俺のことを想ってくれるのは嬉しいけど、今はとりあえず玲の話を聞こうぜ?」


「……分かりました。先輩がそう言うなら、そうします」


「……あたしも別に、それで構わないわ」


 美綾と玲は不服そうに、玲の方に視線を向ける。そして玲はそんな2人の視線を受けて、ニヤリと何か企むように口元を歪めてから、鞄からあるものを取り出す。



「じゃじゃーん。実はあーし、新しいゲームソフト買って来たんだよねー。……前になおなおの家で勉強会した時、鏡花がパーティゲーム持って来てたっしょ? 昨日それの新しいのが出てたから、買っておいたんよ」


「へぇ、新しいの出てたのか。いいじゃん。この前やったの楽しかったし、俺もまたやりたいと思ってたんだよ」


「ふふっ。でしょ? やっぱりあーし、なおなおの気持ち分かってるっしょ?」


 玲はそう言って、にこりと子供みたいに笑う。……なんていうか、玲が偶に見せるそういう表情は、見てるだけでドキリとしてしまう。


「……まああたしも、皆んなでゲームするのは悪くないと思うわ。けど直哉はゲームなんかしてて、本当にいいの? だってあともう1ヶ月しか、時間がないのよ?」


 俺が少し呆けていると、鏡花が真剣な表情でそう言って俺を見る。


「……ああ。いいんだよ、それで。今楽しいと思ったことを、全力で楽しむ。そして側には、お前たちが居てくれる。それが今の最善だと、俺は思ってるから」


 停滞していると、何かが足りないと、俺はさっき思ったばかりだ。けど……いやだからこそ、まずは今この瞬間を全力で楽しみたいと俺は思う。


 無理に変わろうするより、無理やり変なことをしたりするよりも、きっとそれが1番の近道の筈だから。


「そ。まあ、あんたがそう言うなら、あたしに異論はないわ。でもせっかくゲームするなら、何か賭けない? 勝った人が負けた人に何でも命令できるとか、そういうのあった方が楽しいでしょ?」


「いいじゃん、鏡花。あーしもその意見に、賛成。じゃあ1位になった人が、負けた人に好きな命令をできるってことにしようよ。やっぱそういうのがあった方が、燃えるもんね」


 そして玲は、目の前のアイスコーヒーを飲み干して、勢いよく立ち上がる。


「じゃあ、あーしは先になおなおの部屋に行って、ゲームの準備してくるね?」


「あ、あたしも行くわ。玲ちゃん1人だと、何か不正とかしそうだし」


「ゲーム機使うゲームで不正とか、流石のあーしでも出来ないし。……まあでも、来たいなら別にいいけどね」


 2人は軽い感じにそう言って、早足に俺の部屋へと向かう。……玲と鏡花は、以前と比べるとだいぶ仲良くなっている。特に何があったわけではないけど、きっと彼女たちもいつまでも過去に囚われているのは、辞めにしたのだろう。


「……って、美綾? どうかしたのか? ぼーっとしてるけど、もしかしてゲームするの嫌か?」


 2人に続いて、俺も自分の部屋に向かおうと立ち上がる。けど何故か美綾は、目の前のグラスを眺めたまま、一向に立ち上がろうとしない。だから俺は気になって、そう声をかける。


「あ、いや、嫌じゃないですよ? 先輩がしたいって言うなら、私に異論はありません。……鏡花先輩の前だと、ああやって言い合いしちゃいますけど……。でもあたし、もう決めてますから。どんな時でも諦めず先輩の為に頑張るって、あたしそう決めたんです!」


「……そうだったな。でも、あんまり無理はするなよ? 何かあったら、すぐに俺に言えよ?」


「ふふっ、分かってます! ……心配しなくても、私は大丈夫ですから!」


「なら、いいけどな」


 美綾の満面の笑みを見ると、俺の頬も少し緩む。……けどやっぱり、少し不安に思ってしまう。


 あれから特に、美綾の記憶に異常は無い。あのあと一応、病院に行って色々と検査してもらったけど、美綾の身体のどこにも異常なんてなかった。


 ……けどそれでも、美綾はまだ思い出せていない。部室を訪ねてくれた理由と、彼女が俺を好きになってくれたきっかけ。美綾はそれをまだ、思い出せない。



 それに彼女は今でも、青い桜を見るらしい。



 だからやっぱり、心配になってしまう。



「いや今はそれより、俺たちも早く部屋に行くか。あんまりのんびりしてると、2人が怒るかもしれないしな」


「……そうですね。でもあたし、負けませんからね? 鏡花先輩にもギャル先輩にも直哉先輩にも勝って、凄い命令を先輩にしてやりますから!」


「いや俺だって、負けねーよ?」


 そんな風に楽しく笑い合ったあと、2人で階段を上がって部屋に入る。そしてそこではゲームの準備を終えた玲と鏡花が、楽しそうな笑顔で俺たちのことを待ってくれていた。






 ……そう思っていたのに、2人は唖然とした表情で、テレビから流れるニュース番組を見つめていた。




「────」



 テレビのニュースでは、速報としてこんなことを言っていた。




 日本各地の桜が、突如として青い花を咲かせたと。



 そんな嘘のようなことを、何度も何度も繰り返し告げていた。


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