……そうです。先輩。
鏡花と玲がうちに泊まるようになってから、2週間。時間はあっという間に過ぎ去って、ささなとの約束の日まで残り10日となった。
2人と付き合おうと言った、玲の言葉。その言葉の真意は、未だに分からない。けどその言葉をきっかけに、2人とより親密になれたと思う。
2人と色んなところに行って、色んなことをして、少しずつ関係も前に進んでいった。……それこそ、恋人にならないとできないようなことも、沢山した。だから俺は、より一層2人のことが好きになり、そして少しずつ心も定まってきていた。
鏡花と玲、どちらを選ぶのか。
そう問われると、まだ少し言葉に詰まってしまう。けどそれでももう、俺の心は決まってきていた。それこそ玲の言葉通り、俺は思い出していたんだ。
人を好きになるってことを。
ささなとの約束の日。……つまり、俺の誕生日。その日に、2人のどちらかに想いを伝える。そう約束している。きっとその時には、ささなより誰よりお前が好きだと、そう真っ直ぐに伝えられるはずだ。
そしてこの2週間で、あの酷かった頭痛は嘘のように治っていた。どうしても思い出せない、誰かのこと。そのことを考えると、決まって頭が痛んだ。けど逆にそのことを考えなくなると、頭が痛むことはなかった。
……そう。だから俺はもう、考えなくなっていた。とても大切だったはずの、誰かのことを。
……けどきっと、それが正常なことなのだろう。なんとなくではあるが、そんな気がする。俺は初めから、そんな誰かのことなんて、知らなかったのだと。
だからきっと、このままいけばハッピーエンドが待っている。……そりゃ、玲と鏡花。そのどちらかしか選ぶことができないのだから、どちらかは確実に傷つけることになる。そして誕生日を過ぎれば、もう2度とささなに会えない。
けれど俺はもう、前に進むと決めた。
「……いい夜だな」
1人月を見上げながら、そんなことを考える。
今日は珍しく、夜中に目が覚めてしまった。そしてふと夜風が浴びたくなって、ベランダに出て月を見上げていた。
……しかし、そんなことをしていると余計に目が冴えてしまって、眠気はどこかに消えてしまった。だから俺はぼーっと月を見上げながら、これまでのことと、これからのことを考えていた。
「なーおっなお。こんな遅くにこんな所で、何してんの?」
ふとそんな声が響いて、背後に視線を向ける。するとそこには、短パンとキャミソールという目のやり場に困る格好をした、玲の姿があった。
「……玲か。別に何もしてねーよ。ただちょっと目が冴えて眠れなかったから、1人でぼーっとしてたんだよ。……というか、そういうお前の方こそ、どうしてこんな所に来たんだよ?」
「あーしも別に、理由なんてないよ。ただここに行けばなおなおに会えるかなって、そんな予感がしただけ」
「相変わらずお前は、勘が鋭いな。……超能力者みたいだ」
「ふふっ。超能力なんてなくても、なおなおの心なら、いつだって読めるよ?」
玲はニヤリと楽しそうな笑みを浮かべて、俺の隣にやってくる。そしてそのまま、俺の腕をぎゅっと強く抱きしめる。
「なおなおは今、あーしのおっぱいが当たって気持ちいいって考えてる。もっと触れたい。大好きだよ? 玲。って」
「なんだよ、それ」
「あーしはただ、なおなおの心を読んでるだけだし」
玲は本当に楽しそうに、子供のような笑みを浮かべる。
「そしてなおなおは、あーしをこのまま自分の部屋に連れ込んで、ベッドに押し倒そうと考えてる。ふふっ。なおなおは相変わらず、エッチだなぁ。でもあーしは、そんななおなおが……大好きだよ?」
玲はふざけるようにそう言って、むにっと柔らかい胸を存分に俺の腕に押しつける。……まあ、それくらいはもう慣れたものだ。けど、ふわっと漂ってきたシャンプーの香りに、少しドキッとしてしまう。
「ドキドキしてるよ? なおなおの心臓」
「この距離じゃ、聴こえないだろ?」
「でもこうすれば、聴こえるよ」
そこで玲は俺の腕から手を離し、そのまま俺の胸に顔を埋める。……するとドキドキと、玲の心臓の鼓動が伝わってくる。
「玲。お前の心臓、凄くドキドキしてるぞ?」
「あーしの鼓動、伝わっちゃってる?」
「ああ。伝わってるよ」
「ふふっ。でもそれくらいあーしは、なおなおが好きなの。……でもなおなおの心臓も、やっぱりドキドキしてる。……可愛いな」
玲はそこで熱い吐息をこぼして、背中に回した手に力を込める。
「……ねぇ、なおなお。なおなおの方はさ、あーしが今なにを考えてるのか、分かる? あーしがどんな想いでなおなおのこと抱きしめてるのか、ちゃんと伝わってる?」
玲は潤んだ瞳で、俺の顔を見上げる。するとちょうど、少し冷たくなってきた夜風が吹いて、玲の綺麗な金髪が風にゆらゆらと揺れる。
「…………」
……可愛いなと、そう思った。
「なに黙ってるのさ、なおなお。……あーしの考え、分からない?」
「ああ。分かんねーよ、お前の考えてることなんて。……でも、こうやって素直に甘えてくるお前は、可愛いなって思うよ」
「……なおなおはさ、やっぱりずるいよ」
「ずるいって、なんだよ。ちゃんと褒めてるだろ?」
「こういう時にそんなこと言うのが、ずるいって言ってるの。……唐突に可愛いなんて言われたら、あーしますます……なおなおのこと、好きになっちゃう」
玲は赤くなった顔を隠すように、また俺の胸に顔を埋める。……そんな玲を見ていると、やっぱり可愛いなって、そう思う。
「ねぇ、なおなお。チューしようよ? 舌いっぱい絡める、エロいやつ」
「……今そんなことすると、眠れなくなるぞ?」
「別にいいし。……そんなことより、あーしはなおなおの唇が欲しいの……」
玲は甘い声でそう言って、俺の返事を待たず柔らかな唇を押しつける。……別に俺も、それを拒絶したりしない。だからしばらく、ただお互いを求め合う。
「ねぇ、なおなお。あーしはね、なおなおの1番でいたいの」
長いキスが終わったあと、玲は唐突にそんな言葉をこぼす。
「どうしたんだよ、突然」
「突然じゃないし。あーしはずっと、そう思ってきたんだよ。鏡花よりも、ささなよりも……誰よりも。あーしはなおなおに、愛されたいの。……だからずっと、迷ってたんだ」
「迷うって、何をだよ」
「……内緒」
「そこまで言って、はぐらかすなよ」
「いい女には、秘密がつきものなの」
玲はそこでまた、キスをする。……なんだか今日は、いつもに増して甘えてくるような気がする。
「ねぇ、なおなお。今からいくつか質問するけど、何も答えないでね」
「……分かったよ。お前が何を考えてるかなんて分からないけど、今日は一晩お前に付き合ってやる。だから、何でも言えよ」
俺は諦めたように、息を吐く。
「……ありがとう。じゃあ、訊くね。ねぇ、なおなお。なおなおはさ、この2週間で人を好きになるってことを、ちゃんと思い出せた?」
「…………」
言われた通り、俺は何も答えない。
「もし思い出せたなら、あーしと鏡花のどっちが好き? ……それともやっぱりなおなおは、まだささなのことが好きなの?」
「…………」
俺は何も、答えない。
「……じゃあ、もしかしてなおなおは……点崎って子が、好きなのかな?」
「────」
点崎。点崎。点崎。
俺はそんな名前、聞いたことないはずだ。なのにどうしてか、その名前を聞くと今までで1番酷く、頭が痛んだ。
「……くっ。あ……」
そして一瞬だけ、とても懐かしい誰かのことを思い出す。
だから長い夜は、まだ終わらない。
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