話しちゃダメです。先輩!
「青い桜を、探しにだよ」
玲は当たり前のように、そう言った。だから俺は思わず、頷いてしまいそうになる。……けど、すぐに気がつく。
『青い桜を探してくる』
その言葉は、ダメだと。
「いや、玲。お前、バカかよ。青い桜を探してくるって、それは──」
「大丈夫だよ? なおなお。あーしはちゃんと、正気だから」
「……ほんとかよ。もし自覚なく言ってるなら、洒落になってねーぞ」
「大丈夫、大丈夫。あーしはしっかり、自覚してるから。自分がやばいこと言ってるって」
「……なら、いいけどさ。でもそれならせめて、言葉は選べよ。今ここで青い桜を探してくるなんて言ったら、どうしてもそっちの意味に聞こえるだろ?」
『青い桜を探してくる』その言葉は、願いの代償で消える人間が、最後に残す言葉だ。だからもし玲が、俺の時と同じように無意識にその言葉を言ったのなら、絶対に止めなければならない。
「というかどっちにしろ、あたしは反対だけどね。青い桜を、探すのなんて。……そりゃ、玲ちゃんの言い分も分からなくはないけど、でもそれで消えたら元も子もないじゃない」
「俺も鏡花の意見に賛成かな。今ここでリスクを冒してまで、青い桜を探す理由なんてないと思う」
俺と鏡花はどこか疑うように、玲の方に視線を向ける。……けれど玲はそんな俺たちの視線なんて気にもせず、当たり前のように言葉を返す。
「あーしもね、単なるわがままで言ってるわけじゃないんよ。……ただ、これは言うつもりじゃなかったんだけど、最近また増えてるんよ。……失踪者が」
「だからどうにかして、助けてあげたいって? ……玲ちゃん。貴女いつから、そんな善人になったのよ。正直あたしは、直哉が助かるなら他の誰がどうなっても構わないわ」
「あーしだって、そうだよ? どっかの誰かが何人消えようと、そんなの正直どうでもいい。……けど、あーしたちが消えない保証なんて、どこにもない。現になおなおは、危うく消えるところだった」
それは確かに、玲の言う通りだ。……けれど1つ、分からないことがある。
「玲。お前の言い分は、なんとなく分かった。……でも、どうして今なんだ? ささなとの約束の日まで、残りあと9日。そんなギリギリになってまで、やることじゃないだろ? 青い桜探しなんて」
「かもね。でもさ、なおなお。なおなおはもう……決めてるんでしょ? あーしと鏡花、どっちを選ぶのか」
その玲の言葉を聞いて、鏡花は驚いたように目を見開く。
「それほんとなの? ……あたしよね? ううん。絶対にあたしに決まってる。……やったっ!」
鏡花はそう言って、勢いよく俺に抱きつく。そして幸せそうに、俺の胸に顔を埋める。……そんな鏡花はどこか犬みたいで、可愛いなってそう思う。
「……じゃなくて、玲。確かにお前の言う通り、俺の心は決まってきてる。けどどうしてそれが、青い桜探しに繋がるんだよ」
「そんなの簡単だし。なおなおの心が決まってきてるなら、偶には3人で出かけるのもいいかなって、それだけの話」
「それは確かに悪くねーけど、消えるかもしれないリスクを背負ってまで、やることじゃないだろ?」
「大丈夫、大丈夫。青い桜を探した程度じゃ、消えたりしないから。……今どれだけの人間が、あの桜を探しているのか。なおなおだって、知ってるっしょ?」
「…………」
日本中に青い桜が咲いてから、数え切れないほどの人間が、青い桜を探し始めた。それでその全員が消えていたら、今頃日本は大パニックになっている。
だから確かに、青い桜を探すだけなら問題はないだろう。
「分かったよ。偶には3人で山歩きっていうのも、悪くはないしな」
「じゃあ、決まりだね。……ふふっ。なんだかちょっと楽しみだね? なおなお」
玲は楽しそうに笑いながら、俺の背中に抱きつく。
そんな風にして、青い桜探しが始まった。
◇
「つーか、当たり前のように学校サボってるよな、俺たち」
あの後。睡魔に負けて3人とも眠ってしまって、昼過ぎに目を覚ました。そして色々と準備をしながら昼食をとって、懐かしい山にやって来た。
「そんなの今更、気にすんなし」
「そうよ。1日2日休んだ程度じゃ、何も変わりはしないわ」
2人は特に気にした風もなく、気軽にそう言葉を返す。……だから俺も、肩から少し力を抜く。
こうやって青い桜を探すのは、本当に久しぶりだ。昔はそれこそ毎日のように青い桜を探していたけど、ささなが戻ってきてからはその必要もなくなった。
「…………」
軽く息を吐いて、玲の方に視線を向ける。
玲は言った。失踪者がまた出始めたから、青い桜を探そう。そうしなければ自分たちも、消えることになるかもしれないと。
それは理屈が通っているようで、通っていない。……そもそも青い桜を見つけられたとしても、今の俺たちじゃどうすることもできない。
だってささなはもう消えて、願いを叶えてくれる存在はどこにも居ないのだから。
だから玲が一体、何を考えているのか。それが少しだけ、気がかりだった。
「見つからないわね」
鏡花は疲れたようにそう言って、ハンカチで汗を拭う。
「まあ、簡単に見つかるものでもないからな。青い桜なんて」
「……そりゃそうよね。簡単に見つかってたら、もっと大騒ぎになってる筈だしね」
鏡花は小さく息を吐いて、また汗を拭う。……どうやら少し、疲れてきているようだ。
「ちょっと、休憩するか? どうせお腹空くだろうと思って、お菓子とか色々持ってきてるんだよ」
「……ふふっ。あんたのそういう優しいところ、あたし大好き」
鏡花は楽しそうに笑って、俺の腕を抱きしめる。
「あーしが目を離した隙に、勝手になおなおに甘えんなし」
「そんなのあたしの、勝手でしょ? それにそんなこと言うなら、玲ちゃんもずっと直哉の隣にいればいいじゃない」
「あーしは鏡花と違って、真面目に青い桜を探してるの。だからそんな暇は、ないの」
「そんなことで揉めるなよ。……それよりちょっと、休もうぜ?」
少し開けた原っぱのような所に、腰掛ける。すると鏡花と玲も、俺を挟むように隣に座る。
もうだいたい2時間近く、青い桜を探し回った。けれど残念ながら、成果はなし。……でもそれは予想できていたことだから、別にショックはない。
……代わりに少し、違和感はあるが。
「外で食べるお菓子って、なんか美味しく感じるよな」
そう呟いて、持ってきたお菓子を口に運ぶ。
「そうね。……なんていうか、子供の頃に戻ったみたいで、ちょっと懐かしくなる」
「ま、今は外でお菓子なんて、あんまり食べないもんね。……あーしたちもなんだかんだで、大人になったってことかな」
なんてしみじみにしながら、しばらくぼーっと過ごす。
「って、玲ちゃん? そのちょっと高そうなクッキーは、1人1個でしょ? 何1人で2つも食べてるのよ」
「別にいいじゃん、それくらい。というか鏡花だって、あーしの好きなチョコ全部食べちゃったじゃん」
「あんな安物のチョコ、別にいいでしょ?」
「お菓子は値段じゃないし。どんな高いチョコより、あーしはあれが好きなの」
「つまんねーことで揉めるなよ。欲しいなら俺の……って、そのチョコバーだけは俺のだぞ? それだけは絶対に、やらないからな」
そうやって3人で、ふざけ合う。そんな時間は本当に楽しくて、ついつい目的を忘れてしまいそうになる。
……けれどふと響いた声が、俺たちを現実に引き戻す。
「どうして君が、ここに居るんだ? 風切後輩」
そう言って姿を現したのは、少し前にあったばかりの狂岡先輩だった。
そうして少しずつ、事態は前に進んでいく。
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