それでいいんです。先輩。
あの何故か山に居た時からあっという間に時間が流れて、気づけば長い夏休みが終わっていた。
だから俺は、退屈な始業式と長い授業を終えた放課後。いつも通り、オカルト研究会の部室を訪れた。
「……残り、22日か」
1人きりの部室でそう呟いて、自嘲気味に笑みをこぼす。どうも最近は、日付のことばかり考えてしまう。あと何日だ、あと少ししかない。そんなことを考えても意味なんてないと分かっているのに、どうしても……考えてしまう。
「玲と鏡花。そのどちらかと恋をする。……いやきっと、それだけじゃ足りない。ささなは、このままじゃダメだと言った。だから俺は……痛っ」
そこで不意に頭痛がして、言葉を途中で止める。
「……なんか最近、頭痛が酷いな」
あの山に居た時から、何故か急に頭がよく痛むようになった。特に昔のことを思い出そうとすると、酷く頭が痛む。
「……つーか、遅いな。美綾の……って、あれ? 俺今、誰の名前を言ったんだ?」
今さっき言ったばかりなのに、どうしても思い出せない。そして思い出そうとすればするほど、張り裂けそうなくらい頭が痛む。
だからどうしても、思い出すことができない。
「あ、なおなおもう来てたんだ。相変わらず早いねー」
と、頭痛を振り払うように大きく息を吐いていると、勢いよく扉が開かれて、楽しそうな笑みを浮かべた玲が姿を表す。
「……よう、玲。お前のほうこそ、早いな」
「まあね。あーしは一刻も早く、なおなおに会いたかったしね。……あ、もしかしてなあなあの方も、あーしに会いたくて急いで来てくれたとか?」
「…………かもな。つーかそれより、いつまでも突っ立ってないで座れよ?」
「……そだね。じゃ、遠慮なく」
そう言って玲は、俺の隣に腰掛ける。
「あ、そういや、さっき鏡花に会ったんだけど、あの子ちょっと遅れるってさ。なんでも、バレー部の方にも顔を出しておきたいとか」
「了解。……でもあいつ、掛け持ちなんかして大丈夫なのかな? 色々と、大変だと思うんだけど……」
「それは、そうかもね。……でも鏡花、今日から9月22日までは部活休むみたいだよ? 大会終わって色々と大変な時期らしいけど、それでもなおなおの命には変えられないしね。……ほんと、あーしも負けてらんないよ」
「…………」
ここで俺が鏡花に悪いと思うのは、きっと彼女に対する侮辱だろう。だから俺は何の言葉も返さず、窓越しに空を眺める。
まだ青い、透き通るような空。そこには青い花びらなんて、舞ってはいない。……けど気づけば俺は、あの青を探してしまう。
「……そういやさ、なおなお。覚えてる? あの、日本中で咲いた青い桜のこと」
「そりゃ、な。忘れられるわけないだろ? あんな事件。……いやもしかして、また何かあったのか?」
「ううん、そういうわけじゃないんよ。……いや、だからこそちょっと不安なのかな。あんなに桜が咲いたのに、何の事件も起こらない。それがあーしは、ちょっと怖いんよ」
「…………」
確かにそれは、その通りだ。俺は……俺たちだけは、あの青い桜の正体を知っている。あれは誰かが願いを叶えた時に、ささなが咲かせるものだ。そして俺の予想が正しければ、その量は願いの大きさに比例して増える。
だからきっと誰かが、日本中で桜を咲かせるほど大きな願いを叶えたのだろう。
なのにまだ、何の事件も起きていない。
確かにそれは、少し怖い。
「まあでも、今のあーしらには関係ないけどね。……ふふっ。ねぇ、なおなお。鏡花が来ないうちにさ、2人でちょっとデートに行かない? あーしさ、なおなおが気に入りそうなカフェ見つけたんよ。だから今からあーしと──」
「ごめん。遅れたわ、直哉」
と、ちょうどいいタイミングで、鏡花が部室に姿を表す。
「別に構わねーよ。特にやることもないしな」
だから俺は、まずは鏡花の方にそう言葉を返す。……けど玲は、鏡花のことを無視して、当たり前のように言葉を続ける。
「それでね、なおなお。なおなおが気に入りそうなカフェ、見つけたんだ。だから今から、あーしと一緒に行かない?」
「いや、鏡花が来たのに続けるのかよ、その話。……でも悪い、玲。今日はもう少しだけ、ここに居たいんだ」
「ふふっ。玲ちゃん、振られたわね」
「違うし。なおなおは移動する時間が惜しいくらい、あーしとイチャイチャしたいって言ってくれてるだけだし」
そこで玲が、俺に抱きつく。だからふわっとした甘い香りと、柔らかな感触が伝わってきて、少しドキッとしてしまう。
……もう何度もこうやって抱き合って、キスだって何度もした。なのに、こんな風にくっつかれると、どうしてもドキドキしてしまう。
これじゃあ、またあいつに童貞っぽいと……。
──そこでまた、頭が痛む。
「あれ? どうかしたの? なおなお。そんな、辛そうな顔して……。……もしかして、こうやってあーしに抱きつかれるの、嫌?」
「いや、そんなわけないだろ? ……そうじゃなくて、またちょっと頭痛がな……」
「あんた、この前から頭痛増えてるわよね? ……大丈夫なの? 一度病院とか、行った方が──」
「いや、大丈夫だよ。そこまで大袈裟なやつじゃねーから」
……そう。頭が痛むことくらい、大したことじゃない。問題なのはそこじゃなくて、そのせいでとても大切なことを、思い出せないということだ。
「じゃあ、なおなお。あーしがもっとぎゅーってしてあげるね? あーしのおっぱいの感触で、頭痛なんて吹き飛ばしてあげる!」
「バカね、玲ちゃん。貴女みたいな小さい胸じゃ、直哉が満足できるわけないでしょ? ……ほら直哉、あたしの触らせてあげる。こうやって抱きつけば、あんたも頭痛なんか忘れて、安心してあたしのこと好きになれるでしょ?」
「……かもな。まあとりあえず、ありがとな……2人とも」
俺はそう答えて、甘えるように身体から力を抜く。
……けど、何かが足りない。
そんな想いが、どうしても頭から離れてくれない。……本当は、その何かがここにあると思って、急いで部室にやって来た。ここに来れば、何かを思い出せるかもしれない。俺はそんな漠然とした予感を信じて、部室に走った。
けどここには、何もなかった。
ここはただの静かな空き教室で、こうやって玲と鏡花が居てくれないと、ただただ寂しいだけの場所だ。
「……さて! 十分になおなおの温かさも堪能できたことだし、これからのことであーしから一つ提案があります!」
玲はゆっくりと俺から手を離し、悪戯を企んでいるような目で俺を見る。……だから俺も余計な思考は振り払い、真っ直ぐに玲の瞳を見つめる。
「提案って何だよ? もしかしてまた前みたいに、うちに来るとかか?」
「あ、それはあたしが言おうと思ってたのよ。あたし今日からあんたの誕生日まで、あんたの家に泊まるから。……今更、嫌なんて言わないわよね? 直哉」
鏡花は有無を言わせぬ強い瞳で、俺のことを強く強く抱きしめる。……それはまるで、いいと言うまで手を離さないと言われているようで、俺は少し笑ってしまう。
……だってそんなことをしなくても、俺はもうとっくに覚悟を決めている。
「分かってるよ、鏡花。今更そこで、文句は言わねーよ。でも、ちゃんと両親に許可とれよ?」
「ふふっ、分かってるわよ。……それより、楽しみにしてなさいよ? 直哉。これからあたしがとびっきりのアプローチで、あんたの心を奪ってやるから」
鏡花は本当に嬉しそうな顔で笑って、俺の胸に顔を埋める。
「鏡花が泊まるなら、あーしも泊まるし! ……じゃなくて。それよりまず、あーしからもっと凄い提案があるんよ」
玲はそう言って、また悪戯気な笑みを浮かべる。そして彼女は、そんな楽しそうな笑みを浮かべたまま、とんでもないことを言ってのけた。
「──ねぇ、なおなお。今からあーしと鏡花の両方と、付き合おうよ」
そうしてここから、最後の戦いが始まる。
……1人の少女のことを、忘れたまま……。
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