私もしたいです。先輩。
「ふふっ。無防備な顔で寝てて、可愛い。なおなおは何だかんだ言いながら、あーしのこと信用してくれてるんだろうな……」
葛鐘 玲はそう呟きながら、優しい手つきで直哉の頭を撫でる。そしてニヤリとした笑みを浮かべて、そのまま直哉の唇を撫でる。
「今ここでキスしたら、なおなお怒るかな? ……いやどうせなら、もっとエッチなことがしたいな。……なおなおも何だかんだでエロい男の子なんだし、今のうちにあーしが裸で抱きついてたら、目を覚ました時あーしのこと……抱いてくれるかも」
そこで玲は少し、考える。
目を覚ますと、自分が裸で抱きついている。そんな状況になったら、直哉はどんな顔をしてくれるのだろう? そしてどんな風に、自分の身体に触れてくれるのだろう?
「……ふふっ」
それをちょっと妄想してみるだけで、玲の心臓はドキドキと高鳴る。
「……まあでも、そこまでしてもきっとなおなおは、抱いてくれないんだろうな。なおなおはエッチなくせに、一途すぎるからね」
玲は軽くため息をこぼして、直哉の唇から手を離し、もう一度優しく頭を撫でる。
「…………」
そして、楽しそうな笑みを引っ込めて少し真剣な表情で、居る筈のない少女に向かって声をかける。
「ねえ、ささな。見てるんでしょ? 貴女はこんな風にあーしに甘えてるなおなおを見て、どう思うの?」
「…………」
しかし当たり前のように、返事は返ってこない。けれど玲は、確信していた。彼女はずっと、直哉のことを見守っていると。だってそうじゃないと、あの花火の時にあんなにタイミングよく姿を現わせるわけが無い。
「ま、何も言わないのなら、別に構わないよ。……それとも今は、言えないだけなのかな? まあどっちにしろ、あーしは凄いと思うよ。ささなも、そしてやっぱり……なおなおも」
玲は虚空から視線を直哉に戻して、そのまま言葉を続ける。
「自分の好きな男が、他の女にデレデレしてる。貴女はそんな姿を、ずっと見てきた。……鏡花はそれを嫉妬だって言ってたけど、きっと貴女の感じている感情は、そんな生易しいものじゃない」
ささなは、ずっと見ている。どんな時でも目を離さず、直哉のことを見つめ続けている。だって直哉がささなを愛しているのと同じように、彼女も直哉を愛しているから。
「そしてきっと、そんな貴女が見つめていると知っているから、なおなおもあと一歩を踏み出せずにいる」
玲はそこで小さく、息を吐く。そして本当に愛おしそう目で、直哉の寝顔を見つめる。
「ささな。貴女の愛は、もう呪いに近い。そしてあーしたちは、そんな貴女からたった1ヶ月で、なおなおの心を取り返さないといけない」
玲は少し、昔を思い出す。直哉は毎年夏になると、必死になって青い桜を探していた。他のものになんて目もくれず、彼はただひたすらに青桜ささなという少女を求め続けた。
そんな直哉の姿を思い出すと、玲はいつも不安になってしまう。
果たして直哉は、そこまでの愛情を自分に向けてくれるのだろうか? と。
「……ねぇ、ささな。もしあーしが今、貴女に何か願いたいって言ったら……どうする?」
玲はただ、優しい瞳で直哉を見つめ続ける。その瞳は、いつだって揺らぐことは無い。
……だからだろうか。彼女が答えを返したのは。
「葛鐘 玲。その言葉は、君らしくないんじゃないかい?」
とても静かに、そんな声が響く。だから玲は、ゆっくりと視線を上げる。……けれどどこにも、ささなの姿はない。
「あーしらしくない、か。……かもね。でもそもそも、今のささなにはもう願いを叶える力はない筈だしね」
そして玲は、ささなの姿が見えないことに特に驚きもせず、当たり前のようにそう言葉を返す。
「うん。その通りだよ。今の私に、奇跡を叶える力は無い」
「でも、青い桜はまた咲いた。……もうあれは枯れたと、貴女は確かに言ったのに」
「うん。その言葉は、嘘ではないよ。ただ何事にも、例外はあるものだからね。……死んでしまった私を、風切 直哉が蘇らせた時のように」
「…………」
奇跡を起こせるのは、青桜ささなという少女だけ。そしてそのささなは、直哉の願いで死んでしまった。なのに直哉の願いは叶って、ささなはこの世に戻ってきた。
その矛盾を、玲は今でも疑っている。彼女は何か、隠しているのではないかと。
「それより、葛鐘 玲。君は、私なんかと話していていいのかい? なにせ今日は、とても大切なデートの日だ。なら私なんかと話してないで、風切 直哉の為に時間を使ってあげないと」
「それは別に、問題ないし。だってこうやってささなと話すのも、なおなおの為にやってることだから。……というかあーしの心配をするなんて、随分と余裕だね?」
「ふふっ、そうでもないさ。君が青い花火を上げた時、思わず嫉妬して出てきてしまうくらい、私には余裕がない」
「……かもね。でもあーしには、できないよ。なおなおが、あーし以外の女にこんなに可愛い寝顔を見せて膝枕されてる姿を見ても、そんな風に笑い声を響かせることは絶対にできない」
玲はそう言って、優しい手つきで直哉の頬に触れる。すると直哉は、くすぐったそうに玲の太ももに顔を埋める。
そんな直哉の仕草を見ていると、玲は強く強く思ってしまう。絶対に直哉を、誰にも渡したくはないと。
「……私だってね、風切 直哉が他の女と仲良くするのは気に入らないさ。……でも、それでも私は笑っていられる。……だって風切 直哉の心は、まだ私の手の中にあるのだから」
「凄い自信だね。……もしかして、奪われるわけないって思ってる? それとももしかして、奪われてもいいって……思ってたりするのかな?」
玲のその質問に、ささなはしばらくの沈黙を返す。そしてどこか自嘲するような笑い声をこぼして、ゆっくりと言葉を口にする。
「どちらでもないよ。私はただ……」
しかしそこでふと、まるで何かに遮られるように、ささなの声が遠のく。
「……おっと。どうやら、ここまでのようだ。悪いね、葛鐘 玲。今の私では、これ以上話に付き合ってあげられないようだ」
「そっか。ごめんね、無理させて。でも最後に1つだけ、確認させて。……なおなおの期限がさ、これ以上短くなることはないよね? 明日になったらまた出てきて、『実はあともう1週間しかないんだよ』とか言われたら、流石に洒落にならないし」
「ふふっ。君は相変わらず、用心深いね。でも大丈夫だよ。今年の風切 直哉の誕生日。その日までは必ず、もたせてみせるから。だから君は余計なことは考えず、風切 直哉の為に時間を使ってやるといい」
「分かってる。……ありがとね、ささな」
そしてそこでまた、場に沈黙が降りる。だから玲の耳に届くのは直哉の規則正しい寝息と、カチカチとした時計の音だけ。
もうどれだけ待っても、ささなの声は聞こえない。だからささなはもう、喋ることはないのだろう。
玲がそう思った直後、また声が響く。
「そうだ、葛鐘 玲。最後に1つだけ聞いておきたいのだけれど、いいかな?」
「……まだいたんだ、ささな」
「私はいつだって、風切 直哉の側にいるよ。それより、どうしても尋ねておきたいことがあるんだ。だから……いいかな?」
「いいよ。あーしだって色々訊いたんだし、答えられることなら何でも答えるよ」
玲はどこか呆れたように息を吐いて、そう言葉を返す。そしてささなはそんな玲の言葉を聞いて、本当に楽しそうな笑い声を響かせる。そしてそのまま、彼女は1つの疑問を投げかける。
「葛鐘 玲。君はさっき、私に何を願おうとしたんだい?」
その言葉を聞いて、玲は笑う。そしてその笑顔のまま、ささなにだけ聞こえるようにとても小さな声で答えを返す。
「────」
そしてささなは、また笑う。さっきとは質の違う、まるで狐にでもつままれたように、彼女は小さな笑みをこぼして続く言葉を口にする。
「そうだったね。君が私に、助けてくれとか諦めてくれとか、そんなことを願う筈がなかった。……うん。君のその願い、叶えられる時がきたら、叶えると約束しよう。だってそれだけは、代償が必要ない願いだからね。……それじゃあ今度こそ、いい1日を」
そんな声を最後に、場に完全な沈黙が戻ってくる。だからこの場にはもう、ささなの声が響くことはない。
「……って、もう1時間以上経ってるじゃん。ならそろそろ、なおなおには起きてもらわないとね」
そして玲は、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべて、また直哉の耳たぶに噛みついた。
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