待ってて下さい。先輩!
「私、先輩が好きです」
点崎はそう言って、笑った。まるでずっと抱えていた憑き物が落ちたみたいに、どこか清々しい表情で彼女は笑う。
「ずっとずっと、本当にずっと前から私は先輩が好きで……。でもずっとこの想いを……伝えられなかった。本当の私はすごく臆病で弱くて、かっこ悪い女だから……。でも今は、言えたんです。……だって先輩、心のどこかで思ってますよね? 最悪、死ぬのが自分だけならそれでも構わないって」
「────」
とっさに点崎のその言葉を否定できなかったのは、それが間違いでは無かったからだ。そもそも俺が、『もう一度ささなに会えるのなら、死んでもいい』そう願ったから、今ここにささなが居るんだ。
……でもそれを点崎に見透かされるなんて思ってもみなくて、俺は驚きに目を見開いて、点崎の顔を覗き込む。
「ふふっ、驚いてますね? 先輩。でも私がどれだけ、先輩のこと見てきたと思うんですか? 先輩のことなんて、全部お見通しなんです」
「お前、でも……」
「でもじゃ無いです、先輩。私は絶対に、先輩に死んで欲しくないです。だって、好きなんです。私はこの世界で1番先輩が大好きだから、だから私が絶対に……先輩を死なせたりしません!」
そう言って笑う点崎の表情は本当に晴れやかで、見ているだけで何故かドキドキと心臓が早鐘を打つ。
「…………でも先輩は、私じゃなくてその……ささなとかいう人が好きなんですよね? ずっと言えなかった想いをやっと言葉にできたのに、先輩は私じゃなくて、その人が……好きなんです……」
けれど点崎のその笑顔は、すぐに別の想いに塗り潰される。彼女は震えた声で泣くのを我慢するように、強く強く歯を噛み締めて悲しみを堪える。
俺は点崎のそんな表情を見ていられなくて、思わず手を伸ばしてしまいそうになる。
……けれど、今の俺は点崎の想いには応えてやれない。
だから俺は伸ばしそうになった手をぎゅっと強く握り込んで、その想いを飲み込む。
「でも、いいんです。分かってて、言ったんです。だって今言わないと、もう2度と先輩に……手が届かなくなりそうだったから……。だから私は、後悔してません。そして、絶対に……諦めません……!」
点崎はそう言って立ち上がり、ゆっくりと一歩一歩、俺の方に近づいてくる。
「先輩の過去に色々あったのは、知ってます。そして今の先輩が、私を好きじゃないのも……知ってます。でも……でも……! そんなの関係無いです! 来年までなんか、待たせません! この夏で絶対に先輩の心を、その女から取り返してみせます! だって──」
点崎はそこで無理やり涙を飲み込んで、本当に……本当に魅力的な表情で笑う。そして彼女はもう一度、自分の想いを言葉に変える。
「私は先輩が、大好きだから!」
……知らなかった。点崎は俺のことを全然知らないって言ってたけど、俺だって点崎のことを全然知らなかった。だって俺は彼女がこんなに強い女の子だったなんて、思いもしなかった。
「なあ、点崎」
「何ですか? 先輩」
「……ありがとな」
「……? 別にお礼なんて、必要ないです。先輩はただ、震えて待ってればいいんです! すぐに私が、先輩の心を奪ってみせますから!」
「…………」
点崎には、色々と言いたいことがあった。謝りたかったし、嬉しかったし、ドキドキしたから。でも……でも点崎は、振られると分かっていて、俺に想いを伝えてくれた。
なら今は、余計な言葉で水をさすべきじゃない。今はただ……そう。今は本当にただ、彼女の想いが嬉しくて、だから今だけはその想いを噛み締めていたかった。
「じゃあ、今日はもう帰ります。……というかもう、恥ずかしくて先輩の顔を見てられません。……でも、明日からはどんどん先輩を誘惑して、絶対に先輩に好きだって言わせてみせます! だから先輩は、期待して待っててくださいね!」
点崎は胸を張るようにそう告げて、早足に俺とささなに背を向ける。
……けれど、ただでは帰さないと言うように、ささながポツリと言葉をこぼす。
「点崎 美綾。君は少し変われたようだね。うん。でも、私から風切 直哉を奪いとるのは、それだけでは無理だよ。君の想いは美しいけれど、それだけじゃまだ足りない」
「……言ってればいいんです。貴女がそうやって余裕ぶってる間に、私が先輩をもらいます。だから、覚悟しててくださいね?」
「ふふっ、楽しみにしてるよ。点崎 美綾」
その言葉を最後に、点崎はこの場から立ち去る。そして残されたのは、俺とささなの2人だけ。
「なあ、ささな」
「なんだい? 風切 直哉」
「……俺は、変われると思うか?」
「ふふっ。それを私に聞いて、どうするんだよ。……私はね、君には変わらず、ずっと私だけを愛して欲しいと思う。他の誰でも無くこの私だけを、永遠に愛し続けて欲しいんだ。……でもね、君が私以上に愛しいものを見つけたと言うのなら、私はそれでも構わない。……だってそれは、私よりもずっと美しいってことだから」
ささなはそう言って、笑う。彼女はいつだって、ただ笑い続ける。
「私はこの世で1番、君が私に向けてくれる愛情が美しいものだと思っている。だから私は、君の願いを叶えたんだ。……他ならぬ、私を殺した君の願いをね」
そこでささなは立ち上がり、軽い足取りで窓の前まで移動する。そしてゆっくりと、窓を開け放つ。
「うん。いい風だね。やはりこの世界は、とても美しい。でもその中でもやっぱり、君が1番なんだよ、風切 直哉。さっきの点崎 美綾が見せてくれた愛情なんかよりずっと、あの時の君が私に見せてくれた愛情の方が美しかった。だから私は君が好きなんだよ。……一緒に死にたいって、思えるくらいにね」
窓の外から吹き付ける風が、ささなの薄いピンクの髪を揺らす。それはまるで本物の桜のように、ゆらゆらと世界を染める。
そんな彼女を見ていると、昔のことを思い出す。初めて見た時から俺はずっとささなが好きで、だから俺は今でも……。
「……いい風だな」
深みにはまりそうだった思考をその一言で振り払って、俺は視線をささなから窓の外の景色に移す。
今日、点崎が俺に告白してくれた。突然でとても驚いてしまったから、ろくな言葉を返してやれなかったけど、それでも……凄く嬉しかった。
「…………」
……しかしそれでも、俺の心はまだささなに囚われている。
自分ではどうにもできないくらい、俺はささなを愛し続けている。それは……昔俺が願った通りのことではあるけれど、でもそろそろ俺も前に進むべきなんだと思う。
だから俺は、この夏こそは誰かに恋をしたいと思う。そしてできることなら、その相手は──。
「ところでさ、風切 直哉」
そこでふと、俺の思考を遮るように、ささなが口を開く。
「……どうしたんだよ? ささな」
だから俺は軽く息を吐いて、彼女の方に視線を向ける。
「いや、大したことでは無いのだけれどね。…………このケーキは、食べてもいいのかな?」
そしてささなは、そんな気の抜けることを言って、机の上に残された手付かずのケーキを指差す。
「…………好きにしろよ」
俺はそう答えて、残ったコーヒーを飲み干した。
◇
「言っちゃった! 言っちゃった! 言っちゃった!」
そう何度も繰り返しながら、美綾はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「……でも、不思議だな」
けど美綾は唐突に立ち止まって、そう呟く。彼女は自分でも、不思議だった。やっとの思いで告白したのに、その想いに応えてもらえなかった。でも何故か、不思議と頑張ろうって思えてしまう。
「……私って、こんなに強い人間だったけ?」
彼女は元々、強い人間では無かった。でも今は何故か、前向きにものを考えられる。
美綾はそんな自分を不思議に思い、小さく小首を傾げる。
「いや、そもそも私って……」
そこで美綾はここ2ヶ月を思い返してみて、自分でも不思議に思ってしまう。自分は元々引っ込み思案だった筈なのに、どうしてこの2ヶ月はあんなに積極的に行動できたのだろう? と。
それこそまるで、神さまに何かをお願いしたみたいに……。
「ううん。そんなことより、明日から頑張らないと……!」
美綾は余計な思考を振り払うようにそう呟いて、前へと進む。
そうして、長い長い夏がゆっくりと動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます