4章 まあまあです!

騙されました。先輩。

 


 葛鐘くずかね れいは、何かに縛られるのが大嫌いだった。


 玲は産まれた時からなに不自由なく……いや、誰もが羨むような生活を約束されていた。しかしそれでも彼女は、自分が幸福だとは思わなかった。


 産まれた時から、生き方が決められていた。歩き方から笑い方まで、全て言われた通りにしなければならない。



 彼女はそんな自分の人生が、大嫌いだった。



 だから玲は何より、許婚なんて存在が許せなかった。




 ……あの時彼に、手を差し伸べられるまでは……。



 ◇



 点崎に告白された翌日の朝。ささなと一緒の朝食を終えた俺は、いつも通りの時間に家を出た。


「ちゃお、なおなお。朝からなおなおに会えるとか、ちょーラッキーだし!」


 すると、派手な金髪なのにどこか上品さを感じさせる玲が、家の前で俺を待ち受けていた。


「家の前まで来といて、何を偶然みたいに言ってるんだよ、玲」


 俺はそんな玲に、どこか呆れたように言葉を返す。


「そんなのどっちだって同じだし。そんなことより早く、一緒に学校行くし。今日はなおなおと歩きたい気分なんよ」


 そして、心底から楽しそうな笑顔を浮かべた玲に手を引かれて、ゆっくりと歩き出す。


「……玲。お前もしかして、ささなの話が聞きたいのか?」


「ふふっ。なおなおは、疑い深いね〜。あーしはただ、なおなおと一緒に学校に行きたいだけだよ? ……まあでも、なおなおがどうしても話したいって言うなら、ささなの話を聞いてもいいけどね」


「……じゃあ話すけどさ、お前はささなが変わって見えたって言ってたけど、少なくとも俺の目には……ささなは普段通りにしか見えなかったよ。彼女はいつも通りの、青桜 ささなだった」


 昨日あれから、俺はささなと色々なことを話した。……けれどやっぱり、俺の目にはささなはいつもと変わらないように見えた。……強いて言うなら、いつもより少しテンションが高いくらい。それ以外は去年と……いや、今までと何も変わらないいつものささなだった。


「ふーん。まあ、なおなおがそう言うなら、それで間違い無いんだろうね。何せ、なおなおは何年もささなと一緒に、2人きりの夏を過ごしてきたんだから」


「でも、お前は何か違和感を感じたんだろ? なら俺は、何かあると思うんだけどな」


 良くも悪くも、玲の勘はよく当たる。だからそう簡単に結論を出すのは、少し怖い。


「なおなおは、あーしを買いかぶりすぎたし。あーしなんてただ勉強と運動ができるだけの、スタイルの良い美少女だよ?」


「……お前は昔から、ふざけたスペックをしてるよな」


「そう褒めるなし。なおなおに褒められると、顔が真っ赤になって恥ずかしいし」


「別に、褒めてねーよ。……それと一応、電話でお前が言ってた、俺たち以外に青い桜に何か願った奴がいるかも、っていうのも聞いてみたよ」


「ささなは、なんて言ってたの?」


「居ないってさ。少なくともここ数百年の間で、青い桜に願いを叶えてもらったのは俺たちだけなんだと」


 そもそもあの青い桜は、俺がささなを殺したことで枯れてしまった。だから今はもう俺以外に、あの青い桜に願いを叶えてもらえる奴はいない筈だ。


「……そうなんだ。でも……数百年って言われると、ビビるよね? 一体ささなって、何歳なんだって」


「その辺は、考えても仕方ないだろ? あいつはそもそも、俺たちと同じ人間じゃ無いんだ。だからこっちの尺度で考えても、意味はねーよ」


「まあそういう風に考えないと、なおなおが超が付くくらいの年上好きってことになるしねー」


「…………」


 俺は玲のそんなふざけた言葉には返事をせず、軽いため息を吐いて空を見上げる。


 ……昨日、点崎に告白された。そして点崎は明日から、俺を誘惑すると言っていた。つまり今日部室に行けば、点崎はぐいぐい俺に言い寄ってくるのだろう。


「…………」


 ……昨日から間が空くと、その事ばかり考えてしまう。いや自分で言うのもあれだが、俺のこういうところって、ほんと……童貞っぽいよな。



「そういやさ、なおなお。なおなおは昨日、点崎ちゃんに告白されたじゃん?」


「────」


 そんな風に少し考え込んでいた俺に、玲は何でもないことのようにそう言って、そのまま話を続けようとする。


「それで、あーしもここらで──」


「いやいやいや、なんでお前がそれを知ってるんだよ!」


 だから俺は言葉の途中でそう口を挟んで、そのまま玲の肩を掴む。


「ふふっ、なおなおはこんな街中でも積極的だね? ……でも、いいよ? あーし、なおなおなら……」


「いや、そんな茶番は要らねーんだよ。それよりどうしてお前、昨日のことを知ってるんだよ。……お前もしかして、うちに盗聴器とか仕掛けてねーだろうな?」


「やだなー、なおなおは。あーしがそんなことするわけ無いっしょ? 盗聴なんて、犯罪だよ?」


「じゃあ何で、お前が昨日のことを知ってるんだよ?」


「それはさっき、点崎ちゃんと会ったからだよ」


 玲はそこでニヤリと笑って、学校の方に視線を向ける。


「点崎と? あいつの家、逆方向だろ?」


「うん。それで気になって話しかけたら、なんか嬉しそうな顔で、なおなおの所に行くって言ってたから、こりゃ昨日なにかあったなぁ〜って、そう思ったんよ」


「…………」


 別に玲に、点崎とのことを隠そうとは思っていなかった。というより玲のことだから、すぐにでもバレてしまうんだろうな、と思ってはいた。……しかしバレるのがこうも早いと、何故か文句を言いたくなる。


「……つーか、当の点崎はどこ行ったんだよ?」


 俺の所に来るって言っていたのなら、玲と一緒に来ないとおかしい筈だ。


「それはあーしが、なおなおなら先に学校行ったよ? って、嘘ついたからだね」


「……お前は何で、そんな嘘をつくんだよ?」


「ふふっ、あーしだって女の子なんだよ? だから好きな男の子に別の女が言い寄ってたら、邪魔くらいしたくなるし」


 玲は甘えるような声でそう言って、俺の腕を抱きしめて大きい胸に押し付ける。


「……玲、胸当たってる」


「なに? なおなおは当たってるだけじゃ、物足りないって言うの? ……エッチだなぁ、なおなおは。……仕方ない、じゃあ特別に……」


「…………」


 特別に、なんなんだ? と、期待してしまうが、昨日俺は点崎に告白されたばかりだ。それなのに次の日、別の女とイチャついてるのは、なんだか点崎に悪い気がする。だから少し惜しいとも思うが、軽く力を入れて玲の胸から逃げ出す。


「ふふっ。必死に逃げたりして、なおなおは可愛いなぁ。……もしかしてなおなお、あーしの胸で変な気分になっちゃった?」


「いやちげーよ。それより……」



 それよりお前はこんなことをするけど、本当に……俺のことが好きなのか?



 そんなことを言いそうになって、俺は慌てて言葉を飲み込む。流石にその言葉は、玲に対する侮辱だ。玲とは本当に色々あったけど、それでも彼女の想いがただのおふざけでは無いと、俺は知っている筈だ。


 ……まあだからって、玲は本当に俺のことが好きなのか? と問われると、答えに詰まってしまうんだが。



 彼女はびっくりするくらい優秀だから、俺みたいな凡人にはその真意がつかめない。



「なおなおは、相変わらず優しい奴だね〜。……でもあーしはちゃんと、心の底からなおなおのことが好きだよ?」


「……いや、勝手に心を読むなよ」


「ふふっ、なおなおはほんと可愛い。……あ、それよりさ、なおなお。あーしはそろそろ、本題の話がしたいんだけど……いいかな?」


「いや本題って、今までの話は前座だったのかよ。……まあいいや、それで本題って?」


 俺は小さく息を吐いて、軽い感じでそう尋ねる。



「ふふふふっ、それはねー」




 そして玲は、そんな俺の様子をニヤニヤと眺めながら、とんでもないことを口にした。




「あーし今日から、なおなおの家に住むことにしたから」




「…………は?」



 玲のその言葉はあまりに予想外で、だから俺はそんな間抜けな一言しか返せなかった。


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