いいですよ。先輩。



「逆にさ、なおなおならどうするの?」


 別荘から少し離れた所にある、小洒落たレストラン。そこで豪勢なランチに舌鼓を打っている最中、玲は唐突にそんな疑問を投げかけた。



 ◇



 玲が俺を起こしに来てから、時間は瞬く間に過ぎ去った。彼女は寝惚け眼の俺を部屋から連れ出し、すぐに朝食を食べさせて休む暇もなくこう言った。



「今から海に行くし!」



 そしてその言葉通りすぐさま海に連れていかれて、サーフィンを教えてもらったり、ジェットスキーで海を駆け回ったりした。


 その時間は、本当に息をする暇もないくらい慌ただしくて、でもとても楽しい時間だった。美綾との時間は一貫して静かなものだったけど、玲との時間はその逆でとても騒がしいものとなった。



 だから、余計なことを考える暇もなくあっという間に時間は過ぎ去って、気づけば時刻は昼前。そろそろ腹が減ったなと思い始めた頃、玲が呼びつけていた車に乗せられ、別荘から少し離れた海の見えるレストランに連れてこられた。



 そして玲は、運ばれてきた料理をパクパクと美味しそうに食べながら、その言葉を投げかけた。



「逆になおなおなら、どうするの?」



 けれど俺はその言葉の意味を図りかねて、首を傾げながら疑問に疑問を返す。


「……いや、逆ってどういう意味だよ?」


「逆は逆だし。……なおなおには、好きな人がいる。ほんとに、その人の為なら何だってできるってくらい、好きな人が。でも残念なことに、その好きな人には自分とは別に好きな人がいる。そしてある時、その好きな人と1日だけデートできることになった。……なおなおならさ、その1日をどんな風に過ごす?」


 玲はそう言って、試すよう笑みで俺の顔を覗き込む。


「…………」


 だから俺は一度食事の手を止めて、真剣に頭を悩ませる。



 玲はつまり、こう言いたいのだろう。



 今の俺と玲の立場が逆だったら、俺は一体どんな風にアプローチをするんだ? と。



 ……それは改めて考えてみると、答えに窮する質問だ。だって、たった1日でその人に振り向いてもらわないといけない。……いや実際は、今日1日で答えを出させる必要は無い。けれど、それくらいの覚悟を持って望まないと、振り向かせることなんてできないだろう。



 なら俺は、どうする?



 きっと、普通にデートするだけじゃダメだ。普通に想いを伝えるだけじゃダメだ。



 なら……



「ちょっ、なおなお。そんなにマジにならなくても、大丈夫だし。あーしはただ、ちょっとした好奇心で訊いてるだけなんだから。……ほら、これ食べて頭をきりかえて」


 玲は考え込んでしまった俺に、フォークに刺したローストビーフを、あーんと差し出す。


「………」


 だから俺は少し迷いながらも、あーんと口を開けてそれを頬張る。そしてそれを飲み込んでから、言葉を告げる。


「俺はずっと自分のことで手一杯で、お前たちの気持ちを考えてなかったのかもな。……いや、自分では考えてたつもりなんだけど……。でもきっと俺が想像してたよりずっと、お前たちは頑張ってるんだな……」


 さっき少し考えただけでも、俺は怖いと思った。だってたった1日で、好きな人を振り向かせないといけないんだ。そして今日を逃せば、もうチャンスは無いかもしれない。


 でも、どうすれば好きな人に振り向いてもらえるかなんて、誰にも分からない。だからどんなに不安でも、自分の考えを貫くしかない。



 それはきっと、俺の想像以上に辛いことなのだろう。



「ふふっ。そりゃお互いさまだよ、なおなお。……あーしだって、なおなおの立場に立ったらって思うと怖くなる。このなおなおに向ける宝物みたいな想いを捨てて、他の男と恋しなきゃならない。正直あーしだったら、そんなことするくらいなら、死んだ方がマシだって思う。……だからあーしは、なおなおの方こそすっごく頑張ってると思うよ?」


「……確かにそう言われると、お互いさまかもな。でも……俺はもう死んだ方がマシだなんて、思わないよ。そりゃ、色々と辛いことはあるけどさ。でも俺はお前たちと……いや、お前とこうやってデートするのは、凄く楽しい。だから……ありがとな」


「…………ううん。あーしの方こそ、ありがと。……じゃなくて! あーしは別に、こんな暗い話がしたいわけじゃないの! ただちょっと、気になったんよ。なおなおって、一体どういう風に女の子を口説くのかなーって」


 玲はそう言いながら、パスタをくるくると巻いてパクっと口に入れる。そして本当に美味しいと言うように、笑みを浮かべる。


 ……なんだかそんな玲の姿を見ていると肩から力が抜けて、俺も少し笑ってしまう。


「つーか、そもそも俺は奥手だからな。女の子を口説くなんて真似は、できないよ」


「嘘つくなし。毎年毎年、ささなに会いたい一心であーんなに必死に青い桜を探してたなおなおが、奥手とかあり得ないし」


「……いやまあ、そう言われるとそうなんだけど……。でも改めて考えてみると、自分でもよく分からないな。俺ってどうやって、女の子を口説くんだろ。……いやでも多分俺は──」


 と、そのまま言葉を続けようとするが、玲はまるでそれを遮るように


「ストップ!」


 そう声を上げて、勢いよく立ち上がる。


「なんだよ、どうしたんだ? 急に大声を出したりして……」


「ごめん、ごめん。でも、ここでネタバレはされたくないしね」


「ネタバレ? なんのことだよ」


「こっちの話。……それよりさ、あーしはずっと考えてたんよ。午前中は、目一杯なおなおと遊ぶ。あーしもなおなおと遊びたかったし、なおなおにも色んなことして欲しかったしね。でも午後はね、ちょっと趣向を変えてみようと思ってるんよ。……どうせなら、点崎ちゃんや鏡花が絶対にしないようなことを……したいしね」


「なんか嫌な予感がするんだけど……」


「大丈夫だし! 別に痛いことなんて、させないから。ただちょっとドキドキして、甘酸っぱい気持ちになれるだけだし!」


「……まあ、いいけどな。今日は1日、お前に付き合うって決めてるし。それに……お前とこうやって遊ぶのは、なんだかんだで楽しいからな。……んじゃ、行くか」


 そう言って目の前の料理の最後の一口を口に入れて、玲に倣うように立ち上がる。


「それじゃ行くし!」


「いや、別にそんな引っ張らなくても、ちゃんとついて行くって」


「いいの! 今日1日は、こうやってなおなおの手を引いて連れ回すって決めてるから!」


 そんな風に、楽しそうにはしゃぐ玲に手を引かれて、早足に店を出る。……因みに会計は、事前に済ませていたらしい。


「…………」


 なんていうか、玲が金持ちだからって少し彼女に、甘え過ぎてるような気がする。なので今度は、俺が玲に何か奢ってやろう。そう強く、心に決めておく。



「それで? これから、どこに連れて行ってくれるんだ? ……いやそもそも、お前は一体なにをするつもりなんだ?」


 

「……ふふっ」


 そんな俺の言葉を聞いて、玲は何か企むように笑みを浮かべる。そして彼女は弾む声で、続く言葉を口にする。




「今からなおなおにはね、あーしを口説いてもらおうと思うんよ」




「…………は?」



 そうして楽しい楽しい1日は、どんどん盛り上がっていく。


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