正直に話してください! 先輩!
「ねえ?」
「先輩」
「先輩が」
「童貞じゃないって」
「本当」
「なんですか?」
「嘘って」
「言うなら」
「今のうちですよ?」
点崎は逃がさないと言うように俺の肩に手を置いて、瞳孔の開いた目でこちらを見る。……俺はそんな点崎が怖くて、思わず視線をそらす。
「目を」
「そらさないで」
「下さい」
「いやもう、こえーよ。なんでわざわざ、区切って喋るんだよ」
「…………」
点崎はそこで一度、怒りを抑えるように大きく息を吐く。……こんな近くでそんなことをされると、息が直で顔にかかってくすぐったい。
「先輩。本当なんですか? 先輩が童貞じゃないって、ほんとに本当なんですか?」
「いやそれは──」
「誤魔化さないで、イエスかノーかで答えてください。先輩は、童貞じゃないんですか?」
「…………」
視線をそらそうにも、もう逃げられないくらい顔が近い。……それに、胸も当たっていてなんかもう……本当に、怖い。
だから俺は諦めたと言うように、正直に答えを返す。
「イエスだよ。イエス。俺は、童貞じゃないんだよ」
「……そうなんですか。ふーん。そうなんですか。ふーん。そうなんですね。そうなんですか。ふーん。そうなんですね」
点崎は何度も何度も同じ言葉を繰り返しながら、凄い力で俺の肩を握りしめる。
「痛い、離せって。つーか、なんでそんなに怒るんだよ。別に点崎には関係ないだろ? 俺が童貞かどうかなんて」
「……そうですね。でも先輩は腹の中でずっと、私のこと笑ってたんですよね? 『こいつ、いっつも童貞ってバカにしてくるけど、実は俺、経験者なんだよなー』って。処女である私を、鼻で笑ってたんですね」
「何でそうなるんだよ。……つーかそもそも、お前が想像してるようなやつじゃないぞ? あれは……」
あれは俺の中では半分トラウマで、だから全く自慢できるようなことじゃない。……いや別に、無理やりされたとかそういうんじゃないけど、でもできれば記憶から消したいと思うような出来事だ。
……だから、軽々しく人に話すようなことじゃないとずっと黙ってきた筈なのに、どうして今になって急に話してしまったのだろう?
……自分でも、分からない。
「どうして黙るんですか? 先輩。……もしかして、私に言えないようなプレイをしたんですか?」
「いやだから、そういうのじゃないんだって。……つーか、さっきから胸が当たってるから、一回離れてくれ」
「童貞じゃないなら、これくらいで動揺しないでください。経験者の先輩からしてみれば、こんなの可愛いものなんでしょ?」
点崎はそう言って、これ見よがしに胸を押しつける。……ほんと、なんなんだ? こいつ。何でこんなに、怒ってるんだよ。……いやまあ、散々俺を童貞ってバカにしてきたんだし、今更それが違うと分かれば、恥ずかしいと思うのは当然かもしれない。
けど流石にこれは、怒り過ぎだろ……。
「そういえば、先輩。幼馴染が居るんでしたね。バレー部で胸のデカい、綺麗な人が……。もしかして先輩、その人と……」
「いや、
「つまり、身体だけの関係ってことですか?」
「なんでそうなる。……というか、鏡花の話はやめてくれ。軽くトラウマなんだよ、あいつ」
あいつとは、中々に嫌な思い出がある。……とある事件のせいで、俺たちは互いに嫌なトラウマを抱えることになった。そしてだからこそ、俺はあいつと関わりたいとは思わない。あいつも多分、俺なんかとは関わりたくないと思っている筈だ。
「あやしい。……先輩みたいな能天気な人に、トラウマなんてあるわけないです。もしかして本当に……」
「お前は人をなんだと思ってるんだ。……つーか、もういいだろ? そんなの今更言っても仕方ねーよ。別に今の俺に恋人がいるわけじゃ無いんだし、お前からしてみればどうだっていい話だろ?」
「……そうですね。でも一応、知っておきたいんです。どこのどいつが、先輩を……先輩みたいな人と付き合っていたのか」
「…………」
別に付き合ってたってわけじゃないんだけど、それを言うと余計に面倒そうなので、黙っておく。……というかこいつ『もしかして先輩、無理やり女の人を襲ったんじゃ……』とか言わないあたり、そこそこ俺のことを信用してくれてるんだな。
「もしかして先輩。無理やり女の人を襲ったんじゃ……」
「って、全然そんなことなかったわ」
ちょっと嬉しかったのに、一瞬で夢が覚めた。
「……まあ、先輩がそういうことはしないって、分かってるんですけどね」
「なら言うなよ」
「それは、先輩がはぐらかすからです。……というか、先輩。もう正直に、白状したらどうですか? 一体、どこの誰と……したんですか? 怒らないから、ちゃんと言ってください。そうじゃないと、このまま顔に唾を吐きかけますよ?」
「……いや、妙な脅しをするなよ」
というかそもそも、余計なことを口走った俺が悪いんだし、正直に話してやるべきなのだろう。でも本当のことを言っても、きっと点崎は信じない。それくらいあれは、あり得ないような話だ。
「……もういいです。今の先輩じゃ、話になりません。私はもう、行きます」
点崎は突き放すようにそう言って、俺から距離をとる。そしてそのまま挨拶もせず、部室から出て行ってしまう。
「何だったんだ? あいつ。……いやもしかして、俺の初めての相手をあんなに気にするってことは、点崎の奴……俺のことが好きなんじゃ……」
……いや、それは無いな。というか俺のこういうところを、点崎は童貞っぽいって言ってるんだろうな。
「……もういいや。とりあえず部活が終わるまで、本の続きでも読んでよ」
ため息混じりにそう言って、もう一度本に手を伸ばす。……けど、ふと嫌な予感がしたので、すぐにその手を止める。
「あいつもしかして、鏡花の所に行ったんじゃないだろうな」
そう思い、時間を確認してみる。……そろそろ、部活が終わる時間だ。つまり今から体育館に行けば、部活を終えた鏡花に会える筈だ。
「あーくそっ、面倒なことになってきた」
そう愚痴をこぼして、体育館へと急ぐ。もし点崎が鏡花に変なことを吹き込んで、俺と鏡花が相対することになったら最悪だ。せっかく忘れてきたのに、またあのトラウマを思い出してしまう。
それだけは絶対に、避けたい。
「点崎が鏡花に会う前に、止めないと……!」
そう呟きながらも、きっともう間に合わないのだろう。そんな予感をひしひしと感じながらも、俺は急いで体育館へと走った。
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