いつも童貞だとバカにしてくる後輩に、実は経験者なことをバラしたらどうなるか検証してみた。

式崎識也

1章 ドキドキです!

……嘘ですよね? 先輩。



「せ〜んぱいっ。なんの本を読んでるんですか?」


 オカルト研究会の部室でぼーっと本を読んでいると、あざとい笑みを浮かべた後輩の点崎てんさき 美綾みあやが、いつものように姿を現わす。


「お前に言っても、分かんねーよ」


 俺はそう適当に返事をして、本に視線を戻す。……けど点崎は気にした様子もなく、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


直哉なおや先輩。ほら……こっち見てください」


「いや、見ない。お前の手口はもう割れてんだ。どうせスカートでもめくってるんだろ? そして中に、スパッツでも履いてるんだろ? ……そう何度も、同じ手を食うかよ」


「あー! 失敗! 今日、スパッツ履くの忘れちゃってた〜」


「え、うそ」


 点崎のその言葉を聞いて、俺は思わず顔を上げる。


「隙ありっ!」


 そしてその隙を突かれて、読んでいた本を取られてしまう。


「あ、くそっ。取られた。つーかお前、全然色気のないパンツを履いてるよな。黒の無地で、まるでスパッツみたいな」


「みたいじゃなくて、スパッツそのものなんですけどね。……先輩のそういうところ、ほんと童貞っぽいですよね」


 点崎は肩口で切り揃えられた茶髪を指で弄びながら、俺の読んでいた本に視線を向ける。


「……幸福について。なんですか? これ。哲学書ってやつですか? 先輩、こういうの読んでたら女の子にモテるとか、まだ思ってるんですか? そんなだから、先輩は童貞なんですよ」


「うっせ。別にモテる為に読んでるわけじゃねーよ」


「じゃあなんで読んでるんです? 先輩みたいな人が哲学書を読む理由なんて、それ以外に無いじゃないですか」


「……1人になる為だよ。本を読んでる間は、1人になれる。それが難しい本なら、なおさらな」


「うん? なに言ってるんですか? 先輩。そんなことしなくても、先輩は元からぼっちじゃないですか」


 本気で分からないというように、点崎は首を傾げる。こいつのこういうところは、本気でむかつく。


「いいから返せっつーの」


 ため息混じりにそう言って、点崎から無理やり本を奪い返す。……この本の良さは、こんな小娘には分かるまい。


「ふふふっ。こんなんで怒ったりして、直哉先輩はほんと童貞ですよね」


「うるせぇよ。……つーかお前、ここに何しに来てんだよ。部員でも無いくせに毎日毎日、お前の方こそぼっちなんじゃねーの?」


「バカなんですか? 先輩。この可愛くて、モテモテで、スタイルも良くて、可愛くて、頭も良くて、可愛い。そんな点崎 美綾ちゃんが、ぼっちなわけないでしょ?」


「じゃあ、何しに来てんだよ」


「ナイショです!」


 唇に指を当てて、可愛らしくウインクされる。こいつは本当に、あざとい奴だ。……まあ本人の言う通り、モテモテで頭がいいっていうのは噂で聴いたことあるけど、でもじゃあそんなモテモテ美少女が、何しにこんな部室にやって来るんだ?


 こいつが部室に顔を出すようになって2ヶ月近く経つが、それが一向に分からない。


「……まあいいや。つーか、それを言うなら俺だって顔はいいし、頭もいいぜ?」


「先輩はなんていうか、怖いんですよね……。顔は確かに整ってるんですけど、人間味が無いっていうか。見てると、不安になるんです」


「嘘つけ。イケメンはモテるって、ネットに書いてあったぞ」


「顔がいいだけじゃ、モテないですよ? 特に先輩みたいに、『人間はみんなゴミだ』みたいな目つきをしてたら、どんなイケメンでも女の子は近づきません。もっと愛想よく……っていうのは先輩には無理でしょうけど、もう少し柔らかい雰囲気がないと、女の子は近寄って来ませんよ?」


「…………なるほど」


「って、なに書いてるんですか? 先輩」


「いや、言われたことをメモってるんだよ」


 俺は懐から手帳を取り出して、今言われたことをメモにとる。


「直哉先輩って、『女になんて興味無い』……みたいな顔して、そういうとこありますよね。スカートめくったら、喜んで見てくるし。……というか、先輩でも、その……彼女が欲しいとか思うんですか?」


 珍しく言い淀んだような点崎の声に、ペンを置いて顔を上げる。けど、点崎はいつも通りあざとい笑みを浮かべているだけで、特に変わった様子は無い。……少し顔が赤い気もするが、それはきっと夕日のせいだろう。


 だから俺も、いつも通りに言葉を返す。


「まあ、欲しいっていうか必要なんだよ、切実に。実はかなり切羽詰まってるんだよなー。……ほんと、なんでモテないんだろ、俺」


「必要? ……よく意味が分かりませんけど、先輩はまず童貞くさいところをどうにかしないと、モテないですよ?」


「うるせーな。つーか、俺のどこが童貞くさいんだよ。後学の為に教えろよ」


「ダメです。ナイショです」


「……この性悪」


「ふふふっ、私は小悪魔なんです。……大体、私みたいに性格の良い女の子、他に居ませんよ? 先輩のような地獄みたいな目つきをした童貞男に、毎日のように会いに来てくれる天使みたいな後輩。そんな存在、世界中で私しかいません。だから先輩は、もっと私に感謝しないとダメなんですよ?」


「…………」


 感謝しろと言われてもな。こいつ毎日のように部室にやって来るけど、いつも童貞がどうとかバカにしてくるだけで、俺が感謝する理由なんて1つも無いんだよな。……どうやったらモテるんだ? とか訊いても、ろくなアドバイスもしてくれねーし。



 ……つーかそもそも、こいつはずっと勘違いしてる。



「あれれ? あれれれれ? 急に黙っちゃって、どうかしたんですか? 先輩。もしかして童貞の先輩は、『こいつが毎日部室に来るのって、俺のことが好きだからなんじゃ……』 とか思っちゃいましたぁ? 先輩のそういうところ、ほんと童貞──」




「まあ俺、童貞じゃないんだけどな」




「……………………え?」


 俺の言葉を聞いて、点崎は驚いたように目を見開く。


「いやまあ、自慢できるようなもんじゃ無いんだけどな。どちらかというと、あれは──」


 と。そのまま昔の愚痴でもこぼそうかと、口を開く。けど、気づけば点崎の顔から完全に色が抜けていて、俺は思わず口を閉じる。


「……点崎? お前、どうかしたのか? 瞳孔開いてるけど、大丈夫?」


「……そんなことは、どうでもいいんです。それより……」


 点崎はそこで言葉を区切って、ゆっくりとこちらに近づいてくる。……点崎の表情はいつもと完全に別人で、俺は驚いて何の言葉も発せない。




「先輩。先輩が童貞じゃないって、ほんとですか? ねえ? 先輩。嘘って言うなら、今のうちですよ?」



 そうして俺の不用意な一言から、ずっと停滞し続けていた青春が動き出す。




 つまりここから、楽しい楽しいラブコメが始まった。


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