……ダメです。先輩。



「──ねぇ、なおなお。今からあーしと鏡花の両方と、付き合おうよ」



 玲はそう言って、ニヤリと口元を歪める。……けど俺と鏡花はその言葉の意味が分からず、困惑するように玲の方に視線を向ける。


「……おい、玲。お前は急に何を言い出すんだよ。2人と付き合うなんて、そんなのどう考えても不味いだろ?」


「そうよ。玲ちゃん、貴女……正気なの?」


 そんな俺と鏡花の懐疑の言葉を聞いても、玲は余裕の笑みを崩さない。彼女はただ楽しそうな笑みを浮かべて、当たり前のように言葉を続ける。


「でもさ、2人とも感じてるっしょ? 最近の……停滞を。あーしたちはあの合宿が終わってから、どうにも停滞してしまっている。だからここらでさ、もっと大きく動かないとダメなんよ」


「それはまあ、そうかもしれねーけど……」


 確かに玲の言う通り、あの合宿が終わってから俺たちの関係は停滞してしまっている。まるで大切な何かが欠けてしまったように、あれから立ち止まってしまった。


 だから俺も、どうにかしなければならないと思っていた。……けど、いきなり2人と付き合うなんて言われると、少し動揺してしまう。


「だからあーしはね、変えようと思うんよ。そりゃ、こうやってなおなおにくっついたり、デートしたりするのは楽しいよ? でも……このままじゃきっと、なおなおの心は動かない。だからここらで、思い切って関係性を変える必要があると思うんよ」


「その為にあたしと玲ちゃんの2人と、付き合うって言うの? それって少し、おかしくない? ……確かにあたしたちには……直哉にはもう、時間がない。けどだからって、形だけ恋人になっても意味なんてないわ。だって、あたしたちが変えなきゃいけないのは、関係性じゃなくて直哉の心なのよ?」


 鏡花のその考えは、正しいと思う。確かに俺たちは、停滞している。けどだからって、上辺の関係性だけを変えても意味なんてない。……そう思うのだけれど、これは他ならぬ玲の言うことだ。ならきっと、何かもっと別の狙いがあるの筈だ。


「…………」


 俺はそう思い、玲の方に視線を向ける。すると玲は自信満々に胸を張って、そのまま言葉を告げる。


「2人ともさ、人の心を動かすには何が必要だと思う? 好きは人に振り向いてもらうには、どうすれば良いと思う?」


「何なのよ、急に。……そんなの、分かるわけないでしょ? そんな問いに答えがあるなら、誰も恋愛で苦労したりしないわ」


「そう。その鏡花の考えは間違ってないよ。人の心なんて千差万別で、だから人に好きになってもらう方法に答えなんてない。でもそれでもあーしたちは、足掻かなくちゃいけない」


「……それでその足掻きが、2人と恋人になるってことなのか?」


「その通り。今のままでダメなら、今のままじゃできないことをする。その為に、関係性を変えるんよ。……なおなおもさ、よく思った筈っしょ? これ以上のことをするのは、恋人になってからじゃないとダメだ、とか。ここから先は誰か1人を選んでからじゃないとダメだ、とか。……そんな風に、自分の心に枷を嵌めてた」


「それは……」


 それは確かに、その通りだ。でも関係性を変えたからできることなんて言われると、俺には一つのことしか思い浮かばない。


「ねぇ、玲ちゃん。つまり貴女は……直哉に抱いて欲しいって、言ってるの?」


 鏡花はどこか呆れたように、玲を見る。けれど玲の瞳は揺るがない。


「それは、否定しないよ。けどあーしが言いたいのは、そういうことじゃなくて──」




「邪魔するよ」




 そこでふと、唐突にそんな声が響いて部室の扉が開かれる。そしてそこから、赤茶けた長い髪をした背の高い女性が姿を表す。


「……狂岡くるおか先輩」


 俺はそうぽつりと、言葉をこぼす。するとその女性、狂岡くるおか 仔鈴こすずさんは長い髪をかきあげて、面倒臭そうに言葉を紡ぐ。


「久しぶりだね、風切後輩。私がいた時より随分と部室が騒がしかったから、場所を間違えたのかと思ったよ」


「まあ、あれから色々ありましたからね」


「そうかい。まあ私には、関係ないことだけどね」


 狂岡先輩はどうでもいいことのように、小さく息を吐く。


「……いや、ちょっと待ちなさいよ、直哉。この人、いったい誰なの? あたしたちと同じ制服着てるけど、もしかして直哉の友達?」


 そしてそんな狂岡先輩に、鏡花は疑うような眼差しを向ける。


 狂岡先輩は、去年までこのオカルト研究会に所属していた俺の先輩だ。けど、玲と鏡花とは面識が無いから、鏡花が不審に思うのも無理はない。


 ……あとどうでもいいことだけど、この人去年卒業した筈なのに、なんでまだ制服を着てるんだ?


「友達ではないよ。ましてや、恋人でもね。私は今までその手のものを欲しいと思ったことはないし、きっとこれからもそれを望むことはないだろう。……というか、そんなことはどうだっていいんだよ。それより私は、青い桜の件でそこの後輩に話があるんだ」


「……なるほどね。でも、狂岡先輩だっけ? 悪いけどあーしたちは、今取り込み中なんよ。だからできることなら、また今度にして欲しいんだけど」


 玲はまるで挑発するな軽い口調で、そう言葉を告げる。……けど狂岡先輩は、そんな玲の言葉を気にした風もなく、淡々と言葉を続ける。


「君は……葛鐘さんだっけ? 悪いけど、そういうわけにはいかないのさ。事態は刻一刻を争い、それは君たちにも無関係ではないのだから」


 狂岡先輩はため息を吐きながら、目の前の椅子に腰掛ける。そしてパンツが見えるのも気にせず、尊大に足を組む。


「……悪い。鏡花、玲。ちょっとだけこの人の話に、付き合ってもらえないか? 青い桜の件で俺はこの人に何度もお世話になったし、それにこの人……言っても聞かないから」


「はっ、随分な物言いだね。……ま、事実だから構わないのだけれど」


 そう言って冷めたように笑う狂岡先輩に、玲と鏡花は変わらず胡散臭そうな視線を送る。


「分かったわ。直哉がそう言うなら、あたしに文句はないわよ。……でも狂岡さんだっけ? あたしたちは忙しいので、手早くお願いしますね?」


「その通りだし。というか、あーしはまだ1番大切なところを、伝えられてないんよ? だから長い話は、やめて欲しいし」


 ……けど2人とも納得してくれたのか、そう言って先輩の言葉を待つ。


「分かっているよ。だからそう、やいのやいの言わないでくれ。心配せずとも、私の話はすぐに終わる」


 狂岡先輩は軽くため息を吐いてから、真っ直ぐに俺を見る。そして彼女は気怠るそうな態度のまま、当たり前のようにその言葉を口にした。






「なあ、風切後輩。……悪いんだけどさ、君……死んでもらえないかな?」



 その言葉はあまりに自然にこの場に響いて、だから俺は何の言葉も返すことができなかった。


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