それでも……。先輩。
「ねえ、みあやって……誰?」
2人は口を揃えて、そんなことを言ってのけた。
「────」
だから俺は頭が真っ白になってしまい、何の言葉も返せない。
2人ともどうみても、冗談を言っているようには見えない。……いやそもそも2人は、いくら恋敵だからって、そんな人を傷つけるような冗談を言ったりしない。
……なら、これはどういうことだ?
状況が突飛すぎて、理解が追いつかない。だから俺はただ唖然と、2人の顔を見つめることしかできない。
「ねえ、直哉。黙ってないで、答えてよ。みあやって、誰なの? もしかしてあんた、あたしがこんなに側にいるのに……他の女に手を出したの? ……そんなのあたし、絶対に認めないわよ」
「鏡花の言う通りだし。いくらなおなおには時間が無いからって、今更ほかの女を選ぶとかそんなの絶対許せないし」
2人はとても真剣な瞳で、俺の方に詰め寄る。……その表情はやはり、どこをどう見ても冗談を言っているようには見えない。
だから俺は、確かめるように口を開く。
「……なあ、2人は本当に……点崎 美綾って名前に心当たりはないのか? 昨日まで一緒にいた筈なのに、本当に……覚えてないのか?」
「…………」
「…………」
俺の顔があまりに深刻だったのか、2人は驚いたように顔を見合わせる。そしてすぐに俺の方に視線を戻して、ゆっくりと言葉を告げる。
「あたしはそんな名前の子、知らないわよ」
「あーしも、心当たりないかな」
それは完璧な、断定だった。だから俺は落ち着く為に、一度大きく息を吐く。
「…………」
そしてふと思い出して、スマホを手に取り、美綾に電話をかけようとする。……けど、何故か連絡先から点崎 美綾という名前が消えている。
「……くそっ。いや、番号を直接打てばいいんだ」
俺は自分に言い聞かせるようにそう言って、直接番号を打って美綾に電話をかけてみる。……けど、いくら待っても繋がらない。
そして一応ダメ元で他のSNSも確認してみるが、そちらはそもそも美綾のアカウントが存在しなかった。
ドクンと、嫌な感じに胸が痛む。けど、まだ決まったわけじゃない。……美綾が消えたと、決まったわけじゃないんだ。
「どうしたのよ? 直哉。そんな急に電話をかけたりして……。もしかしてほんとに、その美綾って子と何かあるの? それとも──」
「違うし、鏡花。今は多分、そういうのじゃない。……ねえ、なおなお。もしかして、何か起こってるの? あーしは……ううん。きっと鏡花も、なおなおの言うことなら何だって信じるよ? だから1人で抱え込まないで、ちゃんとあーしを頼って」
鏡花の言葉を遮って、玲は真面目な声でそう告げる。そしてそんな玲の言葉を聞いた鏡花も、何かに気がついたように俺の方に視線を向ける。
「……そうだな。1人で考えても、埒があかないよな」
だから俺は、話すことにする。点崎 美綾という少女のことを、2人に話そうと思う。そうすれば2人も何か思い出すかもしれないし、そうじゃなくても色々と確認することができる。
だから俺は、ゆっくりと話し出す。美綾がオカルト研究会を訪ねてくれた時から昨日までのことを、余すことなく2人に伝える。
「…………」
「…………」
2人は茶化さず最後まで、俺の話を聞いてくれた。……けどいくら話をしても、2人が美綾のことを思い出すことはなかった。
「……今話したのが、俺が知ってる点崎 美綾という少女の全てだ。2人とも、信じてくれるか?」
長い話を終えた俺は、思考を切り替える為に一度大きく息を吐く。
「うん。あーしは信じるよ」
まだ半信半疑な鏡花と違い、玲は納得したと言うようにそう答えてにこりと笑う。
「ありがとう、玲。……でもこういう場合、まず疑うのは俺の頭の方だよな……」
本当に点崎 美綾という少女は、存在したのか。
それは俺からすれば、疑うまでも無いことだ。けど彼女のことを覚えていない玲や鏡花からしてみれば、まず疑うべきなのは俺の頭の方だ。
「バカだなぁ、なおなおは。言ったっしょ? あーしは今更、なおなおの言葉を疑ったりしないの。……それになおなおの話を聞いてると、あーしにもいくつか違和感があったしね」
「違和感?」
「うん。あーしたちはさ、ささなとのことがあってから、ずっと離れ離れになってたじゃん? けど今年の夏は、急になおなおと仲直りできた。……でも、それって何でだっけ? なおなおは、その点崎って子があーしたちを引き合わせてくれたって言ってたけど、あーしは全然思い出せないんだよ。その点崎って子のことも、それ以外の理由も。……それってどう考えても、おかしいじゃん?」
「それは確かに、おかしいな。いや、そもそも……」
美綾がいなければ、俺たちがまたこんな風に仲良くすることなんて、なかった筈だ。なのに美綾の存在が消えた今でも、俺たちはこうやって一緒にいる。
それはつまり、つい最近まで美綾が居たという証明になるんじゃないか?
「それに他にもちょっと振り返るだけで、色々と思い出せないことがあるんよ。……きっとなおなおが話してくれなかったら、気にもしなかった些細なこと。……でも確かに、色んなところに違和感がある」
「お前に限って、物忘れなんてあり得ないもんな。……いや、なら玲。唐突で悪いんだけどさ、この件は昨日のニュースでやってた……あの青い桜と関係してると思うか?」
俺は半ば確信しながら、そう尋ねる。
「うん、まず間違いないと思うよ。状況的に、その点崎って子が何か願った。そしてその代償で、その子は消えた。そう考えるのが、今のところ1番妥当かな」
その意見に、俺も賛成だ。……無論なら美綾は一体、何を願ったんだ? とか。そもそも願いを叶えられるささなは消えた筈だ、とか。色々と、おかしいところもある。
けど現在の状況を鑑みると、それが1番妥当なのも確かだ。
……なら、
「ねえ、直哉」
……と、そのまま考え込んでしまいそうになったところで、ふと肩に柔らかな掌が置かれる。
「……どうしたんだ? 鏡花?」
「あたしはね、信じるわよ。玲ちゃんも言ってたことだけど、あんたの言うことならあたしはなんだって信じる。……でもね、大切なのはそこじゃないの。……あたしはね、青い桜のこととか記憶のこととか、そんなことはどうでもいいの。それよりも絶対に一つだけ、確かめなきゃいけないことがある」
「……それは、なんだ?」
鏡花が何を言いたいのか想像がつくが、俺は確かめるようにそう尋ねる。
「あんたはその点崎って子が、好きなの?」
その問いは、とても鏡花らしい問いだった。だから俺は少しも迷うことなく、言葉を返す。
「好きだよ。お前や玲と同じくらい、俺はあいつのことが好きだ」
それは嘘偽りの無い、正直な想いだ。だから俺は憂うことなく、そう言った。
「……ほんとに、同じ? あんたのさっきの話を聞く限り、あんたはあたしよりもその子のことを……」
鏡花は不安そうに、俺の胸に顔を埋める。だから俺はそんな鏡花の頭を、優しく丁寧に撫でてやる。
「嘘なんて、ついてねーよ。確かに美綾は大切だけど、でもあいつだけが特別だったわけじゃない。……情けないことに、俺はまだ誰かを選ぶことができなかった」
「…………分かった。あんたがそう言うなら、信じる」
「ありがとな、鏡花。それに、玲も。お前たちが側に居てくれて、よかった」
きっと俺1人なら、もっと慌てふためいて無駄なことに時間を費やしていた筈だ。けど今は2人が、側に居てくれる。だから何とか、冷静でいられる。
「ま、とりあえず今は、お昼にしよっか? もう食べに行くのは無理だけど、代わりあーしと鏡花が美味しいご飯を作ってあげる。……だからなおなおは、少し休んでなよ。あんなにたくさん喋ったんだから、疲れてるっしょ?」
「……そうだな。なら悪いけど、頼めるか?」
「りょーかい! ……ほら、鏡花も! 早くなおなおから離れて、一緒にご飯作るし」
「分かってるわよ。……直哉、その……あんまり1人で思い詰めるんじゃないわよ?」
「分かってる。ありがとな」
そう言って、2人が部屋から出て行くのを見送る。
「……ほんと、どうなってんだよ」
そしてそのままベッドに寝転がり、1人そう呟く。
2人の様子や他の状況から鑑みるに、2人が美綾のことを忘れたのではなく、点崎 美綾という存在そのものが消えている。だからきっと俺が美綾の名前を出さなければ、2人は永遠にその名を口にすることはなかったのだろう。
……でもじゃあ何で、俺だけが彼女のことを覚えていられたんだ?
「いや確か、鏡花の母親を蘇らせた時も同じようなことがあったな……」
他の人たちは皆んな、鏡花の母親が事故に遭ったということを忘れていた。なのに俺たちだけは、今でもそれを覚えている。
今まではそんなこと気にもしなかったが、それは一体どうしてだ?
願いを叶えた鏡花の側に居たからか? なら仮に美綾が何か願ったとするなら、俺はその側に居たということになる。
「こんな時に、ささなが居てくれたら……」
思わずそう呟いてしまうが、それはただの甘えだ。だって俺は、生きると言った。彼女を選ばず、前に進むと言ったんだ。なら今更、ささなに頼ることはできない。
「しっかりしろ、風切 直哉。お前しか覚えていないのなら、お前が美綾を助けてやらないとダメなんだ」
俺にはもう、あまり時間は残されていない。けどだからって、美綾のことを放っておくわけにもいかない。
「昼飯食べたら、一度美綾の家に行ってみるか……」
俺は肩から力を抜くようにそう呟いて、一度目を瞑る。そしてそのまま、絶対に忘れないように何度も何度も、美綾との思い出を振り返る。
……窓の外でゆらゆらと揺れる、青い花びらに気がつかないまま……。
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