熱いです。先輩。
玲との長い夜を終えた俺は、キラキラと輝く朝日を眺めながら、自分の部屋を目指してゆっくりと廊下を歩いていた。
「…………」
まだ心臓が、ドキドキする。ふと気づくと、あの満天の星空より眩い玲の告白を思い出してしまう。
「……少し、眠らないとな……」
大きなあくびをしながらそう呟いて、部屋の扉を開ける。そしてそのまま、ベッドに飛び込もうとする。
「直哉……!」
……けどそれは、唐突に響いたその声と、身体中に押しつけられた柔らかな感触に、遮られてしまう。
「……鏡花だよな?」
日が昇るような時間ではあるけど、窓が閉め切られていて遮光カーテンが引かれているから、暗くて顔がよく見えない。だから俺は確かめるように、そう尋ねる。
「…………」
しかし彼女は、何の言葉も返さない。彼女は黙り込んだまま強く強く俺を抱きしめて、そしてこれが答えだと言うように……
熱い唇を、俺の唇に押しつけた。
「────」
思考が、完全に止まる。意識が、グラグラと揺れる。心が溶けてしまいそうなほど、胸が痛む。
けどそんな俺の心境を無視して、彼女はそのまま激しいキスで俺の唇を貪る。こちらの気持ちも都合もお構い無しに、ただただ唇に熱い感触が押しつけられる。
身体から、力が抜ける。美綾のことも玲のことも、全部が全部このキスに塗りつぶされてしまう。
だからただでさえぼーっとしていた頭は、もう完全に何も考えられなくて、俺は地面が崩れたかのようにその場に座り込む。
「…………いきなり、どうしたんだよ? 鏡花……」
そしてそんな長くて深いキスが終わったあと、俺は思い出したように大きく深呼吸をして、そう問いかける。
「…………」
けれど鏡花は、何も言わない。彼女はただ燃えるように熱い身体を、強く強く俺の身体に押しつける。
「…………」
だから俺はそれ以上は何も訊かず、ただ優しく鏡花の背中を撫でてやる。
「…………」
「…………」
……そして、どれくらいそうしていたのだろう?
秒針の音だけがただ響くとても静かな時間が流れて、ふと鏡花は言葉をこぼす。
「……ごめん、直哉」
「なんで、謝るんだよ」
「だって……いきなり、キスしたから……」
「別に、いいよ。そりゃ驚いたけどさ、でも何か理由があるんだろ?」
そう言って、まるで子供にするように優しく鏡花の頭を撫でる。すると鏡花は強張っていた身体から力を抜いて、俺の肩に頭を乗せる。
「初めはね、驚かすつもりだったの。……だってこの2日間、ずっと待ってたんだもん。だからもう待ちきれなくて、早めにあんたの部屋に来て、それで……ちょっと驚かしてやろうって思ったの」
鏡花は自嘲するように、息を吐く。そしてそのまま、言葉を続ける。
「…………でも部屋に入ってきたあんたから、女の子の匂いがした。凄く甘ったるくて絡みつくような、女の子の匂いが……」
「……だからいきなり、キスしたのか?」
「うん。だって、想像しちゃったんだもん。あたしが部屋で膝を抱えてる間に、あんたとあの子たちが……何をしたのか……。それを想像するとどうしても胸が痛くて、だから……我慢できなかった……」
一度力が抜けた鏡花の腕に、また少し力がこもる。だから俺はただ優しく、鏡花の頭を撫で続ける。
……もともと鏡花は、じっとしてるのが苦手な奴だ。だから彼女にとって、この2日間は本当に長くて辛い時間だったのだろう。
嫌な想像をして、そんなわけないと自分に言い聞かせて、それでもやっぱり……不安になる。
鏡花はずっと1人で、そんなことを繰り返していた筈だ。だからいきなりのキスで驚きはしたけど、それに文句を言うつもりはない。
「大丈夫だよ、鏡花。俺も別に、嫌じゃなかったからさ」
だから囁くようにそう言って、強く強く抱きしめる。……きっとそれが、今の俺にできる精一杯の誠意だから。
「……直哉、ありがとう。でもあんたが……ううん、聞かない。あんたがあの子たちと何をしたかなんて、あたしは聞かない。……でも1つだけ、確かめさせて欲しい。あんたはまだ……ささなが好きなの?」
「…………」
そう問われて、考える。けど答えは思ったよりもずっと早く、浮かんでしまう。
「…………そうだよ」
だから俺は、それだけの言葉を口にした。
今回の2人きりのデートで、美綾との関係も玲との関係も、間違いなく前に進んだ筈だ。
……でもまだ俺は、ささなを忘れられない。
それほどまでに俺の心は、彼女に囚われてしまっている。それこそ本当に……呪いのように。
「……そっか。結局あの子たちでも、直哉の心は奪えなかったのね。……うん」
鏡花は俺の言葉を聞いて、どこか安心したように息を吐く。
「ねえ、直哉。あんたは今日一日、あたしに……あたしだけに、付き合ってくれるのよね?」
「そうだよ。……つーかそれは、お前たちが決めたことだろう?」
「うん、そうだったわね。今日だけは、邪魔が入らないんだった……。なら今日は、甘えてもいい? あたし……ずっと我慢してたの。昨日も一昨日も、何度も何度もあんたの所に行こうとして、でも必死になって……我慢した。だから今日は、いっぱいいっぱい甘えたいの……ダメ?」
「いいよ、それくらい。そもそも今日は、お前の為の1日でもあるんだから」
「ありがと。……やっぱりあたしは、あんたが好き。何だかんだ言いながら、わがままなあたしを受け入れてくれるあんたが……大好き」
鏡花は柔らかな身体を押しつけながら、また俺にキスをする。でも今度はさっきと違って、甘えるような軽いキス。彼女はそれを、何度も何度も繰り返す。
「…………」
暗闇に慣れてきた目が、ようやく鏡花の姿を映す。
「……直哉。直哉。直哉」
……そんな風に俺の名を呼ぶ鏡花は、とても甘い表情をしていた。
その表情は昔の鏡花と違って……いや、ここ最近の彼女とも別物で、何故か見ているだけでドキドキしてしまう。
「直哉……好き。大好き。……ずっとこうしたかった。たった2日会えなかっただけなのに、我慢できなくなるくらいあんたが好き。愛してる。大好き。だからもっと……抱きしめて……」
とてもとても、甘い声。聞いているだけで脳が溶けそうになるくらい、甘い声。
「…………」
その声はどこか、鏡花らしくない声だ。でもきっとそれだけ、この2日が彼女にとって辛いものだったのだろう。
だから俺は、身体にのしかかる睡魔も忘れて、ただ鏡花の愛情を受け入れる。
「……ねえ、直哉」
「どうした?」
「安心して、いいからね。……あたしが絶対に、あんたをとびっきりの恋に落としてみせる。だから……あんたは今日を、ただ楽しんで」
「……分かった。じゃあ、期待してるからな?」
「うん。……任せて!」
他の2人の時とは違い、眠る暇もなく始まった鏡花との時間。そしてそんな鏡花との1日が、俺たちの関係を完全に変えることになる。
そんなドキドキしてワクワクする鏡花との1日が、こうして幕を開けた。
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