わくわくですね! 先輩!



「ついたー!」


 海の近くの絢爛な別荘を眺めながら、皆んなでそう声を上げる。


「分かってはいたけど、意外と遠かったわね。電車に乗って、バスに乗って、最後に歩いてとなると、流石にちょっと疲れたわ」


「鏡花先輩は運動部なのに、だらしないですね。私はこれくらい、へっちゃらですよ? なんなら今すぐにでも、海に行って泳げます!」


「ま、鏡花はちょっと荷物が多すぎだからな。……お前、そんなデカイボストンバッグをパンパンにして、一体なにを持ってきたんだよ?」


「ふふっ、それは内緒。……それより早く入りましょ? 鍵は……玲ちゃんが持ってるんでしょ?」


 鏡花はどこか誤魔化すようにそう言って、玲の方に視線を向ける。だから何となく、俺と点崎もそれにつられるように、玲の方に視線を向ける。


「…………」


 すると玲はそんな視線を受けて、ニヤリと楽しそうに口元を歪めて




 そして、



「あ、ごめん皆んな。あーし、鍵忘れちゃったー」



 そんなことを、言ってのけた。


「…………え? それ、ほんとですか? そんなの洒落になってませんよ? この炎天下の中、一旦取りに戻るとか私絶対に嫌ですからね……?」


 玲の言葉を聞いて、点崎は顔を青くしてそう言葉をこぼす。


「あれれ? 点崎ちゃんは、元気が有り余ってるんじゃなかったけ? ならあと1往復して鍵を取りに戻っても、大丈夫っしょ?」


「そうそう。さっきは、元気そうに胸を張ってたもんね? じゃあ……点崎さん。貴女が鍵を取りに戻ってくれる? あたしは疲れたから、そこら辺の喫茶店で休んでるわ」


「……えぇ! ……直哉先輩! どうしましょう? やっぱり私が、鍵を取りに行った方がいいんですか?」


 玲と鏡花の言葉を聞いて、点崎は本当に不安そうな顔で俺の顔を覗き込む。



 だから俺は、そんな点崎に軽い笑みを返して、呆れたように言葉を告げる。


「落ち着け、点崎。玲は鍵なんて忘れてねーよ。あれはあいつの、冗談だ。……だろ? 玲」


「あはは、ごめんね? 点崎ちゃん。でもやっぱ、こういうシチュエーションだとどうしてもこういうこと、言いたくなるっしょ?」


 玲はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべながら、ごめんね? と軽い感じで頭を下げる。


「…………」


 そして点崎は、軽い意地悪をした俺たちの顔を、かなり不服そうに睨んでくる。



 玲のこういうおふざけは、昔も偶にあった。だから俺と鏡花は、玲が嘘をついているとすぐに分かったけど、点崎だけは本気で信じてしまったらしい。


 ……まあ、俺ももっと早い段階で教えてやればよかったんだけど、戸惑う点崎の様子が可愛くて……思わず黙ってしまった。


「さ、おふざけはその辺にして、さっさと入りましょ? ……玲ちゃん、早く鍵開けて?」


「……分かった。じゃあ、楽しい楽しい合宿の始まり〜!」


 そんな風にして、皆んなそれぞれわくわくと笑みを浮かべながら、別荘に足を踏み入れる。……怒っていた筈の点崎も、すぐに笑みを浮かべていたので、俺はまた笑ってしまった。



 ◇



 そして、玲にざっと別荘の中を案内してもらって、各々自分の部屋に荷物を置きにいく。


「……にしても、広い別荘だよなぁ」


 流石は、お金持ちの玲の家が所有する別荘だ。俺の家に泊まった時みたいに、くじで寝床を決めなくても、当たり前のように全員分の部屋があって、しかもそれでもまだ部屋が余るくらい広い。


「そして目の前には、プライベートビーチ。これ普通に、億単位の金がかかってるんだろうなぁ」


 玲と関わらなければ、一生こんな所には来られなかっただろう。……まあでも、玲からしてみれば、そういう親の七光的な褒め方をされるのは心外なんだろうけど……。


「まあいいや。とりあえずさっさと、リビングに行くか」


 そう呟いて、部屋を出る。


「あ、先輩」


 するとちょうど正面の部屋から、点崎が顔を出す。


「よお、点崎。……さっきは、からかって悪かったな」


「……もうそれはいいです。それより、部屋すごく広かったですね? ベッドもふかふかで、流石はお金持ちって感じです」


「……だな。俺たち庶民からしたら、ちょっと考えられない感じだよな」


「はい。私もすごいのを想像して来ましたけど、その3倍すごかったです」


 そんな風に会話をながら、階段を下りてリビングに向かう。


「あ、なおなお来た! それじゃ、早速エッチなやつする?」


 すると先にリビングで俺たちを待ち受けていた玲が、そんなふざけたことを言いながら、パタパタとこっちに近づいてくる。


「先輩は貴女とエッチなことなんて、しません!」


「ふふっ。点崎ちゃんはすぐに顔を赤くして、可愛いね? ……でも、なおなおはエッチな男の子だから、エッチなやつしたいよね?」


 玲はそう言って妖艶な笑みを浮かべながら、俺の腕に自分の腕を絡める。


「……いや、確かに俺はエッチな男の子だけど、そもそもエッチなやつって何だよ?」


「ふふっ。それはなおなおの身体に、直接教えてあげるね……」


 そして玲は俺の耳元に息を吹きかけながら、唐突に服を……。



「遅れたわね。……というか、玲ちゃん。そんな小さな胸を必死に押し付けて、何やってるの?」


 と。ちょうどいいタイミングで、少し遅れた鏡花がやって来て、どこか挑発するような目で玲を見る。


「……別に、デカけりゃいいってもんじゃ無いし。なおなおは、あーしくらいの大きさが1番好きだって、この前一緒に寝たとき言ってたもん。……ね? なおなお」


「そ、そうなんですか? 先輩!」


「いや、言ってねーよ。つーか、とりあえず玲は手を離せ。皆んな集まったんだし、まずは今後の予定の確認をするぞ?」


 俺はそう早口に言って、玲の手から逃れてソファに腰掛ける。


「…………」


 すると、鏡花が無言で俺の隣に座って、


「…………」


 その逆に点崎が早足に腰掛ける。


「あ、2人とも素早い。……まあでもいいや。まだまだ合宿は続くんだし、あんまりがっついても、なおなおが困るだろうしね」


「貴女が言わないでください」


「それより、直哉。予定の確認をするなら、早くして。あたし早く海に行って、あんたとしたいことがあるのよ」


「分かってるよ。んじゃ、全員心して聞けよ?」


 俺のその言葉を聞いて、全員無言で頷きを返してくれる。だから俺はゆっくりと、これからの予定を話し出す。


「まずはこの合宿の目的だな。……まあ、皆んなで遊んでわーきゃーするっていうのが、主目的ではあるんだけど、それだけだと合宿とは言えないだろ? だから前から言ってた通り、皆んなには文化祭で展示する為のレポートを書いてもらいます」


 その辺のことは事前に話し合って決めたことなので、誰からも反論の声は上がらない。


「あ、あーしから補足させてもらうと、レポートに使えるようなオカルト関連の資料は、ここの隣にある倉庫にたんまりとあるから。だから皆んな、そこから好きな本を持って行くといいし」


「……ああ、隣にあった建物って倉庫なんですか。私の家より大きいのに、あれで倉庫なんですね……」


「そうだし。つーかそもそも、この別荘はあーしのパピーが本をのんびりと読む為に建てたものだから、本は腐るほどあるんよ」


「本を読む為に別荘を建てるって、お金持ちはスケールが違うわね」


 鏡花はそう言って、呆れたように息を吐く。そして点崎もそれに同意するように、うんうんと何度も頷きを返す。


「ま、その辺りはできるからやるってだけで、根っこの考え方は皆んなと変わらないと思うよ? ……それよりなおなお、続きは?」


「……それで、えーっと、そのレポートは別に強制ってわけじゃ無いから、詰まったり他にやりたいことができたら、やらなくてもいいよ。その辺は、臨機応変にだな。まあだから、基本的には自由にしてていいよ。……あーでも、確か金曜になんかイベントを用意してるんだよな? 玲」


「うん。でも言ってた通り、内容は内緒。だから皆んなも、金曜の夜は予定を空けておいてね?」


 玲のその言葉に、皆んなで頷きを返す。そしてそのまま、言葉を続ける。


「まあ玲以外にも、皆んな色々と準備して来てると思うけど……つーか俺も皆んなで遊ぶように、色々と持ってきたし。だからその辺は、随時声をかけて集まるってことで。……あんまり予定を詰め込んでも、窮屈だしな」


「そうね。あたしも色々と準備してきたけど、その辺りは後で話すわ。……それであとは、料理かしら?」


 鏡花はそう言って、確かめるように俺を見る。


「そうだな。料理は、今日の夜と最終日の夜がバーベキュー。それ以外は、事前に決めた当番通りってことで。……食材は、冷蔵庫に入ってるのを好きに使っていいんだよな? 玲」


「うん。なおなおの好物とか、この辺の名物とか、あと高いお肉とか、色々と用意させたから好きに使っていいよ?」


 さっき玲に案内してもらった時に、冷蔵庫の中身を確認したが、高価そうな食材がたんまりと詰め込まれていた。なのでこの1週間、食事に不満が上がることは無いだろう。


「ま、その辺かな。後の細かいところはその都度話せばいいし、とりあえずはこんなもんでいいだろ?」


 俺はそう言って、ざっと皆んなの顔を見渡す。


「というわけで、これから第1回オカルト研究会の合宿を始めます!」


 そしてそんな俺の掛け声をもって、楽しい楽しい合宿が始まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る