よかったですね。先輩。
青い桜の花びらが、夜空を舞っている。それは月明かりを受けて、宝石のようにキラキラと輝く。
そしてその桜吹雪の中心に居るのが、青桜ささなという少女。彼女は鏡花と玲に自己紹介をした後、軽やかな笑みを浮かべて恭しく頭を下げた。
「…………」
「…………」
その姿を見て、鏡花と玲は唖然と目を見開く。……あの玲ですら驚愕に声が出せないほど、青桜ささなという少女は異様な美しさを纏っている。
だからそんな2人に代わって、俺が口を開く。
「……久しぶりだな、青桜ささなさん」
「うん。久しぶりだね、風切 直哉。……ふふっ。でも、さん付けは要らないよ? 私と君の仲なんだから、私のことはささなと呼び捨てにしてくれて構わない」
まるでこちらの心臓を掴むような、彼女……ささなの笑顔。その笑顔を見ているだけで、俺の心臓はドキドキと高鳴る。
「なに顔を赤くしてるのよ? 直哉。……私が隣に居るんだから、他の女にそんな顔しないで」
鏡花は拗ねるようにそう言って、俺の腕をぎゅっと強く抱きしめる。
「ああ、ごめん。……じゃなくて、そんなことより──」
「青い桜のことっしょ? ……ねえ? 貴女、ささなとか言ったっけ? 貴女は、青い桜と何か関係があるの? というか貴女は、青い桜の木がどこにあるのか知ってるわけ?」
俺の言葉を引き取るように、玲はそう言ってささなを見る。
この場所には、夜空を染めるように沢山の青い花びらが舞っている。……けど、肝心要の桜の木の姿はどこにも見当たらない。
だから玲は、訝しむようにそう告げる。
「うん、知っているよ。というよりそもそも、青い桜には幹も根もありはしないんだよ。あれは人々の想いを糧に、遠い空に咲くだけのものだからね」
「じゃ、じゃああたしの願いは叶わないの……?」
ささなの言葉を聞いて、鏡花は震える声でそう尋ねる。
「いいや。……君が心の底から望むのであれば、君の願いは私が叶えてあげるよ」
「……! ほんと?」
「ああ。私は決して、嘘はつかない」
「やったっ!」
鏡花はそう嬉しそうにはしゃいで、俺と玲の手を取る。……けど玲はまだささなの言葉を信じていないのか、胡散臭いものを見るような目で、ささなを睨む。
「あーしはまだ、信じられないし。というかそもそも、青い桜って何なの? あの空を舞ってる花びらに願えば、どんな願いでも叶うって言うの? ……そんな都合のいい話、あーしはどうしても信じられない」
「ふふっ。君は疑い深いね? 葛鐘 玲。でも確かに君の言う通り、あの青い花びらに願えばその願いが叶うというほど、都合のいい話じゃない」
「じゃあ、どういうことだし」
「……青という色はね、遠い昔は金と同じくらい価値があったんだ。空の青も海の青も、どれだけ手を伸ばしても決して届くことはない。だから昔の人々にとって、青とは奇跡の色だったんだ」
「……それで? 奇跡の色だから、奇跡を起こせるって言うの?」
「いいや。あれは……私が奇跡を起こせるという証拠なんだよ。青い桜が奇跡を起こすんじゃない。私が奇跡を起こしたから、青い桜は咲いたんだ。……こんな理屈では、君は納得しないだろうけどね」
「…………」
ささなの蕩けるような笑みに、玲は言葉を返さない。彼女はただささなの言葉の真偽を確かめるように、黙ってささなを眺める。
「…………」
その簡単には信じられないという玲の気持ちも、確かに分かる。……俺は1人でよく、青い桜を探し回っていた。けどそんなものが実在しているなんて、思ってもいなかった。
だからどこまでが本当で、どこまで信じればいいのか俺にも分からない。けど、俺にはどうしても……ささなが嘘をついているようには見えない。
だから俺は、単刀直入に疑問を投げかける。
「なあ、ささな。それでお前は本当に、願いを叶えてくれるのか? 俺たちには……いや、鏡花にはどうしても叶えたい願いがあるんだ。だから……頼む。必要なら俺は何でもする! だから……!」
「うん。分かっているよ、風切 直哉。君たちには、どうしても叶えたい願いがある。だから青い桜を探して、私の所までやって来た。うん。だから……構わないよ。私はね、この青い桜を見つけられた者なら、それが誰であれ……願いを叶えてやるつもりなんだ。だから、朱波 鏡花。願いがあるというのなら、口にしてみるといい。どんな願いでも、私が叶えてみせよう」
「…………」
ささなのその言葉を最後に、一度この場に沈黙が降りる。
玲は場の成り行きを見守るように、鏡花とささなに視線を向ける。そして俺もそんな玲と同じように、ただ黙って2人の様子を眺める。
何でも願いが叶うというのなら、俺にだって願いたいことは沢山ある。許婚のことも両親のことも、助けてもらえるなら助けて欲しい。
……けど、今の俺の1番の願いは鏡花のことだ。鏡花を助けてやれるなら、俺の願いなんて全部叶わなくてもいい。そう思えるくらい、今は鏡花を助けてやりたい。
だから俺は待つ。鏡花が自分の願いを口にする、その瞬間を。
「……あたし、あたしは……あたしの願いは……」
そして鏡花はゆっくりと口を開く。
……すると何故か、身体が震えた。まるで自分の力では決して敵わない何かを前にした時のように、背筋に怖気が走る。
だから俺は一瞬、鏡花を止めようと思ってしまう。
けど、全てはもう遅い。
だって鏡花はもう、願いを口にしてしまった。
「……お母さんを、お母さんを蘇らせて! 何も悪いことしてないお母さんが事故に遭うなんて、間違ってる!だから……だから! こんな嘘みたいな現実を、塗り替えて!」
悲痛な程の鏡花の叫びが、この場に響く。そしてその声に応えるように、辺り一面に青い桜が咲き誇る。
「────」
だからまるで青空に落ちたのかと錯覚するくらい、視界の全てが青に染まる。
……いやその中で一瞬、笑みが見えた。蕩けるような顔で笑う1人の少女の笑みを、俺は確かにこの目で見た。
そして気づけば桜は散っていて、辺りは静かな夜に包まれている。
「さて、君の願いは叶ったよ? 朱波 鏡花。だから今日はもう、帰るといい。そしてまた用があれば、遊びに来たまえ。……じゃあね、風切 直哉。それに朱波 鏡花と葛鐘 玲も。……いい夜を」
それだけの言葉を残して、ささなの姿が夜の闇に搔き消える。だから残された俺たちは、確かめるように互いの顔を見つめ合う。
「……ねえ? これでちゃんと、生き返ったのかな? お母さん……ちゃんと、生きてるよね?」
その言葉に、俺も玲も返事を返せない。……だってそんなの、俺にも玲にも分かるわけが無い。
だから俺たちは自然と、走り出した。
まるで逃げるように、或いは必死になって追いかけるように、ただがむしゃらに走って俺たちは鏡花の家に向かう。
そして肩で息をしながら、明かりのついた鏡花の家を見上げる。気づけばもう、随分と遅い時間だ。だからこんな時間に家に帰ったら、きっと鏡花は凄く怒られてしまうのだろう。
「…………」
そう、怒ってもらえばいいんだ。家に帰って母親に、存分に怒られてしまえばいいんだ。
「……ねえ? 大丈夫だよね? 直哉。……その、ちゃんとお母さん、居るよね?」
「…………分からねーけど、信じるしかないだろ?」
「……うん、そうだよね」
「大丈夫だよ、鏡花。どんな結果になっても、俺は側に居る。だから……一旦家に帰れよ」
「うん、分かった。今日はありがとうね、直哉、玲ちゃん。また今度絶対にお礼するから、だから……バイバイ!」
そう自分に言い聞かせるように叫んで、鏡花は勢いよく家の扉を開ける。
「……どう思う? 直哉。あーしは正直まだ、半信半疑」
「俺だってそうだよ。でも……信じるしかないだろ?」
そんな鏡花を見送って、俺たちは少し離れた場所で静かにそう言葉を交わす。
すると不意に、冷たい風が俺たちの頬を撫でる。
そして、
そんな一瞬の間を開けて、とても大きな泣き声が鏡花の家から響いてきた。
「お母さん……! お母さん! お母さん! 生きてる。ちゃんと、生きてる!」
そんな嬉しそうな泣き声が聴こえてきたから、俺も玲も肩から力を抜くように笑みを浮かべる。
そうして俺たちは、青い桜……青桜ささなに願いを叶えてもらった。
後から聞いた話だと、鏡花の母親が事故に遭ったという事実そのものが、無くなっていたらしい。
だから嘘みたいな現実は、夢みたいな嘘に塗り潰されて、俺たちは3人で笑い合った。
……ああけど、このままハッピーエンドで終わるほど、この世界は甘くはない。俺たちはこの後、それを身をもって知ることとなる。
でももう、引き返すことはできない。何故なら俺たちは、願ってしまったから。
だから後は、落ちるだけだ。
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