違います。先輩。
そして朝。いつもよりずっとすんなりと、目を覚ます。
「……今日は夢、見なかったな」
最近よく、夢を見る。起きると内容は忘れてしまうけど、夢を見たということだけは覚えている。最近はそんな夢ばかり見るから、あまり寝覚が良くなかった。
けど今日は久しぶりに夢を見なくて、だからいつもよりずっとスッキリと目を覚ますことができた。
「……って、もう10時過ぎてるじゃねーか! ……いやまあ、夏休み中なんだし別に構わないんだけど……。でもなんか、少し損をした気にさせられるな」
そう1人呟いてから、着替えの服に手を伸ばす。
昨日は美綾と一緒に夜更かししたせいか、思った以上に眠ってしまった。けどそのお陰で、余計なことを考えずに済んだ。だから彼女には、感謝するべきなのだろう。
「……またバームクーヘンでも、買っといてやるかな」
昨日は本当に美味しそうに食べてくれたから、きっと美綾も喜んでくれる筈だ。そんなことを考えながら脱いだ服を綺麗に畳んで、そのまま部屋を出る。
そしてまずは顔でも洗おうかと思った直後、昨日の夜と同じようにまたチャイムの音が鳴り響く。
「……美綾が、来たのかな」
昨日の別れ際に、また明日と約束した。だから律儀に、朝から訪ねてくれたのかもしれない。そう思い、洗面所の方に向いていた足を玄関の方に向けて、そしてそのまま手早く玄関の扉を開ける。
けどそこに居たのは、美綾ではなく鏡花だった。
「おはよ、直哉。今日は……ってあんた、すごい寝癖ね? もしかして、今起きたばっかりなの? だらしないわね」
「……鏡花か、おはよ。その通りだよ。ちょっと昨日は夜更かししたから、朝起きられなかったんだよ」
「ふーん。夜更かし、ね。……もしかしてあたしの胸の感触を思い出して、エッチなことしてたとか?」
「バカ。んなわけないだろ? 朝っぱらから、変なこと言うな」
「ふふっ。直哉ってば、赤くなってる。もしかして、図星? ……って、そうだ! 明日からあたしが、起こしに行ってあげよっか? 毎朝あたしのキスで起きられるなら、あんたも嬉しいでしょ?」
「……いや、その必要はねーよ。俺は基本的に、朝は1人で起きられるからな。だから今日の寝坊が、特別なんだよ。……ってそれより、とりあえず上がれよ? 俺はさっさと朝ごはん食べるから、お前は適当に──」
と。そこで俺の言葉を遮るように、鏡花の背後から声が響く。
「ちゃお、なおなお! ……それに一応、鏡花もおはよ。今日もあーしが、会いに来てあげたよ?」
玲はいつも通り楽しそうな笑顔で、そう声を響かせる。
「おはよ、玲。お前も今日は、早いな」
「うん。今日は……って、ふふっ。なおなお、すごい寝癖だよ? ……可愛いなぁ。後であーしが直してあげよっか?」
「ダメよ。直哉の寝癖を直すのはあたしだって、もう約束してるんだから」
「いや、いつそんな約束したんだよ。つーか、寝癖くらい自分で直すって。……それより、いつまでも玄関先で騒いでても仕方ないし、とりあえず上がれよ」
「……そうね。じゃあ、お邪魔するわね? 直哉」
「あーしも、今日もゆっくりさせてもらうね? なおなお」
そんな風にして、いつも通り2人を家に招き入れる。
そしてそれから、そのままわちゃわちゃと騒ぎながら朝食をとって、結局2人に寝癖を直してもらった。
なんだかそこまでされると甘え過ぎのような気もするが、2人とも楽しそうだったのでよしとしよう。
そしてそれからまた、俺の部屋で皆んなで一緒にゲームをすることとなった。
……ささなとの期限は、もう残り1ヶ月を切った。なのに少しダラダラし過ぎなんじゃないかと、自分でも思う。でも、皆んなでこうやって集まるだけで俺は十分に楽しいし、それに何かするにしても美綾が来てからでいいだろう。
そう思ってしばらく、ゲームを続ける。
けど美綾は、一向に姿を見せない。……いやまあ俺も寝坊したんだし、だから美綾も今日はまだ寝ているのかもしれない。なら余計な連絡をして急かすのも、悪いだろう。
そう考えて、スマホの方に伸びそうだった手を引っ込める。
「ねえ、なおなお。今日はさ、お昼は外で食べない? 実はあーしね、ちょっといい感じのレストラン見つけたんよ。だから今日はそこで、なおなおと一緒にランチしたいなーって思うんだけど……いいよね?」
そして、ゲームが一段落した頃。玲は甘えるような声でそう言って、優しく俺の手を握りしめる。
「分かってると思うけど、あたしも一緒に行くからね? ……というか、そんな遠いところに行かなくても、お昼くらいあたしが作ってあげるわよ?」
「ダメダメ。それじゃあなおなおが、退屈しちゃうし。……それに昨日だって、ずっと家でゲームしてたっしょ? なのに今日も家に閉じこもってたら、ちょっと不健康じゃん。だから今日はお出かけして、残り少ない夏を楽しむべきだし」
「それはまあ……そうかもね。でもやっぱり、大切なのは直哉の意見でしょ? ……ねえ、直哉。あんたはどうしたいの? どこかに出かけたい? それともこのまま家で、のんびりしたい?」
2人は窺うような瞳で、俺の顔を覗き込む。だから俺はそんな2人に軽い笑みを返して、いつもと同じように言葉を返す。
「……そうだな。じゃあ今日は玲の言う通り、外に食べに行くか。……いやでも、それなら美綾にも連絡してやった方がいいか」
いくら夜更かししたといっても、今はもう昼前だ。だからそろそろ連絡してやらないと、逆にへそを曲げてしまうかもしれない。
だから俺は今度こそ、机の上に置かれたスマホに手を伸ばす。
「…………」
「…………」
けど何故か2人は、まるで時間が止まったかのように口を閉じて、不思議そうに俺を見る。
「……? どうかしたのか? 2人とも。急に黙り込んだりして……」
だから俺は、スマホの方に伸ばしていた手を止めて、2人の方に視線を向ける。すると2人は見計らったよう同時に息を吐いて、そしてそのまま……とんでもない言葉を口にした。
「ねえ、みあやって……誰?」
「────」
そうして少しずつ、事態は前に進んでいく。
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