行きますからね? 先輩。



「ねえ、先輩。今度の日曜、私とデートしませんか?」



 担任からの長い説教を終えてようやく部室を訪れた俺に、点崎は突然そんな言葉を投げかけた。


「……どうしたんだよ? いきなり。もしかして、何かあったのか?」


 だから俺は驚きながらも、とりあえずそう尋ねてみる。


「……直哉先輩。昨日あの幼馴染が、家に遊びに来たらしいですね」


「いや、なんで知ってるんだよ。……もしかしてあいつまた、ここに来たのか?」


「…………はい。あの人も、この部活に入るって言ってました。それに……それに、先輩の寝顔がバカみたいだったって! いったい先輩は、昨日あの人と何をしてたんですか! いろいろ言って私のことは抱いてくれなかったくせに、あの女は簡単に抱いたんですか!」


 点崎はすごい剣幕でそう叫んで、壊れそうなくらい強い力で俺の肩を握りしめる。


「痛いって、落ち着け点崎。別に鏡花に、その……手なんか出してないから!」


「なら」


「なんであの女が」


「先輩の」


「寝顔を」


「見るんですか?」


「…………いや、それは……」


 部屋に入れたら抱きつかれて、そしてそのまま押し倒されて、一緒のベッドで眠ったから。なんて言ったら、果たして点崎は納得してくれるのだろうか? ……いや、するわけが無い。俺でもしない。


 でもじゃあ何て言えば、点崎は納得してくれるんだ?



 ……分からん。



「…………」


「なんで」


「黙るんですか?」


「やっぱり」


「……やっぱり、抱いたんですね? 先輩」


 点崎は少し震えた声でそう言って、そのまま俺の胸に顔を埋める。


「……点崎。ちょっと話を聞いてくれ。鏡花の奴が何を言ったかなんて知らないけど、俺はあいつに手を出したりなんかしてない。信じてくれ」


「じゃあ、何をしてたんですか?」


「…………少し、話をしただけだよ。あいつ、昔の友人に会ったらしくてな。それでちょっと、トラウマを思い出したらしいんだよ。だから少し、昔の話をしてたんだよ」


「もしかしてそれ、ささなって人ですか?」



「────」



 点崎から、ささなの名前が出てくるなんて思ってもいなくて、俺は思わず目を見開く。


「いや、鏡花の奴はささなの話までしたのか?」


 ……ささなは、7月になると俺の前に現れる。つまり今週末の日曜から、彼女はこの場所に帰ってくる。ということは遅かれ早かれ、点崎とささなは出会うことになるだろう。けど、こう唐突だと流石に言葉に詰まってしまう。


「鏡花先輩は、その人が先輩の……好きな人だって言ってました。……先輩は、あのギャルの許婚と……その、したんじゃないんですか? なのに先輩には別に好きな人も居て……。もう訳わかんないです」


 点崎はまるで逃がさないというように、ぎゅっと強く俺を抱きしめて、震えた声で言葉を続ける。


「先輩はあの時、言ってくれましたよね? ……どこにもいかないって。……なのに、そう言った次の日からあのギャルが部室に顔を出すようになって、鏡花先輩もほとんど毎日ここに来る。そして当の先輩は、鏡花先輩と……お泊まりなんかして……。最低です。先輩は、嘘つきです」


「…………」


 いやそれは、俺のせいじゃ無いだろ? なんて言葉は、かっこ悪いので言わない。……確かに点崎の言う通り、あの日から点崎との関係が少し変わったのは事実だ。


 玲や鏡花が毎日のように部室に来るようになって、前みたいに点崎は俺をからかえなくなった。それに俺もどこか、点崎より鏡花や玲を優先してしまっていた。



 なら今の俺が点崎に言えることは、1つだけだ。



「分かったよ。そのお詫びに、日曜にデートに連れて行けって言うんだな? なら構わな……あーでも、来週の水曜からテストの筈だけど、お前遊んでて平気なの?」


「大丈夫です。日曜は先輩の家に行きますから。先輩が勉強を教えてください。鏡花先輩じゃなくて、私に」


「え? うちに来るの? 日曜に? それは、ちょっと……」


「なんですか? ダメなんですか? 私みたいな女は、家には入れられないって言うんですか!」


「いや、そうじゃなくて……」


 日曜からは7月だ。つまりそこからは、ささなが俺の所にやって来る。そして彼女はしばらく、俺の家に住むことになる。


 普通にしていれば、ささなも普通の女の子と変わらない。なので、そんな女の子と同棲してるなんて点崎にバレたら、それこそ何を言われるか分かったものではない。


 ……ただでさえ、昨日の鏡花の例があるんだ。だからできる限り、慎重にいかないと……。って、よく考えてみると、何で俺は浮気して問い詰められて言い訳を考えてる男。みたいになってるんだ?



 ……いやまあ、それは今考えても仕方ないか。とりあえず今は、点崎に納得してもらわないと。


「なあ、点崎」


「……何ですか?」


「いや、俺の家は基本的に両親が帰ってこないんだよ。だから、家に来たら完全に2人きりになるんだけど……」


「いいですよ? それくらい。……だって先輩はそんな中で、鏡花先輩と……一晩過ごしたんでしょ?」


「いやまあ、そうなんだけど……」


「なら、いいじゃないですか。というか、先輩がいいって言ってくれるまで、この手は離しませんよ? 分かってるんですか?」


「……なんだよ、その脅し。いや、分かったよ、分かった。日曜、別に来ても構わないよ。でもちょっと……昔の友達が来るかもしれないけど、いいか?」


 俺は諦めたように大きく息を吐いて、点崎の顔を覗き込む。


「昔の友達って、また女ですか?」


「……まあ、そうだけど……」


「…………分かりました。でも私、負けませんから。すっごい短いスカート履いて行って、先輩を誘惑しますから!」


「え、嘘? スパッツは履かない?」


「……それはその時、先輩の手で確かめたらいいんじゃないですか?」


「…………」


 なんか日曜が、楽しみになってきた。……じゃなくて、最悪その日に点崎とささなが鉢合わせすることになる。ただでさえ点崎には、俺の初めての相手は玲だ。なんて嘘をついてしまっている。


 まあでもそれは、玲の悪巧みに乗った俺が悪いんだし、その時の点崎にささなのことを話しても、理解してもらえなかったのは確かだ。


 「…………」


 ささながいつも通りに現れるなら、7月1日の日の出と共に姿を現わす筈だ。ならどう足掻いても、日曜に点崎とささなが相対することになる。


「……準備だけは、しておかないとなぁ」


「準備って、何ですか?」


「いや、色々だよ。……つーかもう、離してくれ。さっきから胸が当たってるから、そろそろクールな感じが保てなくなる」


「…………ふふっ、嫌です。先輩は童貞じゃ無いんだから、これくらいで動揺しないでください」


「お前そんなことするってことは、もう絶対俺のこと好きだろ?」


「違います。私はただ……私はただ、小悪魔だから先輩をからかってるだけなんです!」


 そう言って、点崎は笑う。……どうやら機嫌は直してくれたらしい。


「…………」


 だから俺は、安心したように大きく息を吐いた。



 ◇



 そしてそこから少し時間が流れて、日曜日。当たり前のように、点崎が俺の家にやって来た。


「お邪魔します。先輩」


 初めて見る私服姿の点崎は、少し緊張した様子で俺の家に足を踏み入れる。



 そうして、楽しい楽しいお家デートが幕を開けた。


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