少し不安です。先輩。



 朱波あかなみ 鏡花きょうかは、風切かざきり 直哉なおやの合宿の予定確認が終わった直後、誰よりも早く口を開く。


「ねえ、直哉。今から海に行きましょ? さっきも言ったけど、あたしあんたと一緒にしたいことがあるのよ」


「……別にいいけど、お前さっきまでへばってたのに、もう泳いだりして平気なのか?」


 鏡花のそんな声を聞いて、直哉は軽い笑みでそう言葉を返す。


「平気よ。別に海に行っても、すぐに泳ぐ必要は無いでしょ? 砂浜で遊んだり、パラソルの下でぼーっと海を眺めるだけでも楽しいじゃない。……だから早く、行こ?」


「分かったよ。……でも、急ぐとすぐにへばるぞ? 鏡花」


「いいのいいの。のんびりゆったりなんて言ってたら、1週間くらいあっという間に終わっちゃうわ。だから、早くっ」


 鏡花はそう言って立ち上がり、少し強引に直哉の手を引いて歩き出す。……けどそれを遮るように、点崎てんさき 美綾みあやが口を開く。


「……鏡花先輩。そんな風に強引にするの、辞めた方がいいですよ? 直哉先輩が困ってますから」


「少し困らせるくらい、別にいいじゃない。直哉だって、嫌がってるわけじゃ無いんだから」


「そういうの、自分勝手って言うんですよ?」


「別にこれくらいは大丈夫よ。あたしたちは貴女と違って付き合いが長いんだから、多少わがままを言い合っても平気なのよ」


 2人はそう言って、睨み合う。……だからそんな2人の様子を見かねて、直哉が口を開こうとする。……けどそれより少し早く、葛鐘くずかね れいが口を挟む。


「2人とも、来て早々喧嘩するなし。別に海に行くくらいで、揉める必要なんてないっしょ? というか、あーしも今から海に行こうと思ってたし。だから今から皆んなで、海に行く。それで別に、問題ないっしょ?」


「……だな。玲の言う通りだぜ? 2人とも。あんつまんないことで揉めてないでさ、さっさと皆んなで遊ぼうぜ?」


「…………」


「…………」


 そんな直哉の言葉を聞いて、2人は渋々といったように無言で頷きを返す。


 そして、


「じゃああたし、先に行ってるから。……だから早く来てね? 直哉」


 鏡花はそんな言葉を残して、早足に自分の部屋に戻る。そして彼女は大きな鏡の前で深呼吸して、一度心を落ち着ける。


「……あの子とは、どうしても揉めちゃうわね。まあ、同じ男を好きになったんだから、仕方ないんだけど……。いや、今はそれより……」


 鏡花はそんなことを呟きながら、手早く服を脱いで水着になる。


「下に水着を着て来たのって、あたしだけなのかしら? やっぱり、ちょっと子供っぽいかな? ……ううん、そんなの関係ない。それより今は早く海に行って、直哉を待たないと!」


 鏡花は手早く必要なものをポーチに詰め込んで、別荘を出る。そして、目の前に広がる海をわくわくとした表情で眺めながら、あらかじめ用意されていたパラソルの下で、直哉を待つ。


「…………」


 ドキドキと、鏡花の心臓が早鐘を打つ。鏡花は自分の身体にも、新しく買った水着にも自信があった。……でもこれからその両方を直哉に見られると思うと、どうしても……余計なことを考えてしまう。


 この水着、派手すぎたかな? やっぱりあっちの水着にしといた方が、よかったかな?


 ……褒めてくれなかったら、嫌だな。


 そんなことをぐるぐると考えていると、水着に着替えた直哉が姿を現わす。


「よお、鏡花。早い……って、お前すごい水着を着てるな……」


「ふふっ。……でしょ?」


 鏡花の水着姿を見て、直哉は顔を赤らめて視線を逸らす。だから鏡花はそんな直哉の様子を見て、心の中でガッツポーズをする。


 やったっ! 直哉があたしを、意識してくれてる! と。


 そして鏡花は、胸を張るような笑みを浮かべて、ゆっくりとパラソルから身体を出す。



 暑い夏の日差しが、2人の身体に降り注ぐ。……しかしそれとは関係無く、2人の心臓はドキドキと激しく脈打つ。


「ねぇ? 直哉。目を逸らさないで、もっとちゃんと見てよ。あたし……あんたの為に、この水着を選んだんだから……」


 鏡花は恥ずかしさを押さえ込むようにそう言って、誇るように自分の身体を見せつける。


「……分かったよ。…………でも、あれだぞ? ちょっとエロい目で見ちゃうけど、いいか?」


「……いいわよ。だって、あんたに見てもらいたくて選んだんだもん。だからどんな目でもいいから、ちゃんとあたしを見て!」


 鏡花のその言葉を聞いて、直哉は覚悟を決めたように、鏡花の方に視線を向ける。



 薄いピンクの可愛らしいビキニ。……そして何より、胸の所を覆う布が小さくて、直哉の視線はどうしてもそこに集まってしまう。



 だから直哉は、自分の心を落ち着けるように軽く息を吐く。そしてそのまま、真っ直ぐに鏡花の瞳を見つめて、その言葉を告げる。


「うん。可愛いよ、お前も水着も……凄く、いいと思うぞ」


「……それだけ?」


「なんだよ、それだけって。他に何を言えばいいんだよ」


「興奮するとか。エッチな気分になるとか。……あんたがそう言うなら、あたしはその……いいわよ? どうせここには、他に誰も居ないんだし……」


 鏡花はそう言って見せつけるように、自分の胸を突き出す。


 ……けど、



「……あほか。玲や点崎も居るだろう? それに……いや、いいや。とりあえず、ちょっと海に入ろうぜ?」


 直哉は誤魔化すようにそう言って、鏡花の頭を軽く叩いてから、海の方に歩き出す。


「…………意気地なし」


 そんな直哉の態度に、鏡花は恨みがましい視線を返す。……しかしそんな視線とは裏腹に、鏡花の心臓は先程よりずっと強く高鳴っていて、褒めてもらえた嬉しさに口角が上がってしまっていた。



 水着を褒めてもらえた。可愛いって、言ってくれた。あたしのこと、意識してるみたいだった。顔赤くなってた。やっぱりこの水着、選んで良かった!



 鏡花は直哉の態度に確かな手応えを感じて、直哉にバレないよう小さくガッツポーズをする。



 そして鏡花は、そのまま直哉の背中を追いかけようとするが、しかしそれを遮るように背後から別の声が響く。



「なおなお。海に行くのはいいけど、ちゃんと日焼け止めクリーム塗った?」



 そんな声を聞いて、直哉と鏡花はほとんど同時に振り返る。


「どう? あーしの水着。……いい感じに、エッチな感じっしょ? やっぱ、なおなお的にはこの胸の谷間とか気になっちゃう感じ?」


 玲の水着は、鏡花と同じように布面積の小さな赤と黒を基調とした派手な水着だ。


 そして玲は、そんな水着と自分の身体を見せつけるように、艶かしいポーズで直哉の方に視線を向ける。


「…………」


 だから鏡花は、直哉の視線が自分から外れたのに気がついてしまう。


「あ、なおなお顔赤くして、可愛い。……ふふっ、やっぱ気に入ってくれたんだ」


「まあ……うん。可愛いと思うぞ? ……でも、赤と黒ってちょっと派手すぎないか?」


「ふふふっ。色彩療法ではね、赤と黒を合わせると人をエッチな気分にさせる効果があるって、言われてるんよ。……だからあーしの身体とこの水着……見てると興奮してくるっしょ?」


 玲はニヤリとした笑みを浮かべながら、直哉の方ににじり寄る。


 ……するとやっぱり、直哉の視線は自分では無く、玲の方に注がれているのが分かってしまう。


 だから鏡花は……。


「直哉! あんた日焼け止めクリーム塗ってないんでしょ? ならあたしが塗ってあげるから、早くこっちに来なさい!」


 鏡花は玲の身体を遮るように前に出て、強引に直哉の腕を引いて歩き出す。……そして直哉の腕を、少し自分の胸に押し当てる。



 ……水着でそんなことをするのは恥ずかしかったが、それでも玲にデレデレしている直哉なんて見たくなかった。



 だから鏡花は、直哉の手を引いてパラソルの下に向かう。



「ちょっ、鏡花。そんな引っ張らなくても、大丈夫だって。……つーか、胸当たってる」


「……いいわよ、それくらい。今までだって、何度も抱きついたりしてたじゃない。それより……早くそこに横になりなさい。あたしがあんたに、日焼け止めクリーム塗ってあげるから!」


「いや、俺はもう──」


「大丈夫! 男の子は、女の子にクリームとか塗ってもらうと喜ぶって、あたしの友達が言ってたもん! だから、大丈夫!」


 鏡花はそう言って、強引に直哉をパラソルの下に敷かれたシートの上に寝かせる。



 ……けど、玲がそれを黙って見ている訳が無い。


「なおなお。日焼け止めなら、あーしが塗ってあげるよ? なおなおの身体の隅々まで、あーしが優しく触ってあげる。だから絶対に鏡花より、あーしの方がいいと思うよ? ……色々とね……」


「ううん。玲ちゃんなんかより、あたしの方が絶対いい!……あたし、おっぱい大きいから日焼け止め塗るときに、当たったりするかもしれないよ? ……ううん。あたしに塗らせてくれたら、あたしの身体にも日焼け止め塗らせてあげる。直哉なら、あたしのどこに触っても構わない。だから……」


 鏡花はそう言って、自分の掌に日焼け止めクリームを広げる。そして玲も負けじと、日焼け止めを手に塗って、直哉の方に近づく。



 ……しかし流石の直哉も、このままされるがままにはならない。



「って、お前らいい加減にしろ! つーか俺はもう、日焼け止め塗ってきてるんだって! 俺、肌弱いからその辺は準備万端なの!」


「…………」


「…………」


 直哉の言葉を聞いて、2人は当てが外れたと言うように黙り込む。そしてそんな2人の様子を見て、直哉は呆れたように息を吐く。



 ……彼はこの合宿で、誰かに恋できたらいいな、と思っていた。けどこんな風に積極的に来られると、それはそれで少し困ってしまう。


「……はぁ」


 だから直哉は、自分のそういう童貞っぽさに呆れるように、また息を吐く。





 ……そして点崎 美綾は、そんな3人の様子を少し離れた所で、不安そうに見つめていた。




「…………鏡花先輩もギャル先輩も、やっぱりすごく胸が大きい。…………先輩、ちゃんと私のこと見てくれるかな……。ちょっと、不安になってきた……」



 そんな風にして、各々いろんな想いを抱えながら、楽しい合宿はゆっくりと進んでいく。


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