楽しみですね? 先輩!



 そして、あっという間に合宿前日の日曜日。俺は朝っぱらから、明日の合宿の準備を進めていた。


「……どれだけ楽しみにしてるんだよ、俺」


 そう自嘲気味に呟きながら、一度カバンに詰めた荷物を取り出して、中身を確認していく。


「…………」


 ……そうやって作業に没頭していれば、考えなくて済むかと思ったけど、それでもやっぱり考えてしまう。


 ささなが居なくなってから、6日経った。しかし彼女は、一向に姿を見せない。だから俺はその間、青い桜の伝承を調べ直したり、オカルト研究会の先輩である狂岡先輩に、話を聞いたりしてみた。


 けれど、収穫と言えるものは何も無かった。この辺りのオカルト関連の話を常に収集している狂岡先輩も、ここ最近で青い桜が咲いたなんて話は、聞いたことが無いらしい。


 それ以外に玲にも相談して、色々と調べたりもしてみたが、それでも結局……成果は何も無かった。


「……できればささなとも、一緒に合宿に行きたかったな。……いや、或いはこれはあいつなりの激励なのか……?」


 ささなが側に居ると、俺はいつまで経っても彼女を意識してしまう。だからささなは、そんな俺の背中を押す為に自ら姿を消した。


「……いや、それは無いか」


 あいつの性格的に、絶対にそんな可愛らしい真似はしない。寧ろあいつは、より一層俺に近づいて、奪えるものなら奪ってみろと挑発したりする筈だ。



 だからあいつが消えたとするなら、それは……あいつの意思では無いということになる。


「だから誰かが、青い桜に何かを願った。そう考えるのが、妥当なんだけど……」


 でも、それは有り得ない。……いや、仮にあり得たとしても、ささなが消える理由にはならない。



 ……それこそその誰かが、ささなに消えろと願ったりしない限りは……。



「……そもそも、ささなはとっくに死んでるんだ。だから側に居ないのが、当たり前なんだ……」


 そうため息混じりに呟いて、少し昔を思い出す。



 俺と彼女は、とても大切な約束をしている。



 俺が18歳になるまでに、彼女より大切な誰かを見つけられ無ければ、俺は彼女と一緒に死ぬ。



 ……けれど、俺が18歳になるまでずっと側に居てくれるとは、彼女は一言も言ってはいない。




「……ぐだぐだ考えても、仕方ないか。とりあえずこの1週間は、合宿を楽しもう」



 そして絶対に、誰かに恋をしてみせる!



 そんな風に気合を入れて、荷物を鞄にしまっていく。そうして俺の合宿前日は、終わりを告げた。



 ◇



 そして、同日の昼過ぎ。朱波あかなみ 鏡花きょうかは鏡の前で水着を着て、最後の確認をしていた。


「……うん。大丈夫。余計なお肉は付いてないし、ちゃんと……可愛い。これなら、直哉を悩殺できるに決まってる」


 鏡花はそう安堵するように呟いて、そのまま椅子に腰掛ける。


「この1週間が、勝負。その間に絶対に、直哉に好きだって言わせてみせる」


 そう言って鏡花は、パンパンになったボストンバッグに視線を向ける。


 そのバッグの中には、今回の合宿の為に彼女が準備してきたものが沢山、詰め込まれている。


「……ふふっ。あれであれしたら、直哉のやつ絶対に喜ぶに決まってる。それに……他にも策はいっぱいあるしね……」


 鏡花はニヤニヤと笑みを浮かべながら、これまでの1週間を振り返る。部活に行って、直哉に手伝ってもらいながら宿題を進めた。そして彼女はその合間に、直哉に内緒で色んな策を用意していた。


 同じバレー部の仲がいい友達と集まって、どうやったら好きな人に振り向いてもらえるのか、必死になって話し合った。


 ……その中の誰も、彼氏がいないというのが難点ではあったが、それでも鏡花はそうやって考えた策に自信があった。


「だって、あいつのことを1番理解してるのは、あたしだもん。あたしが1番、あいつを見てきた。ずっとずっと、恋してきたんだもん」


 だから、と彼女はもう一度覚悟を決める。


「ごめんね、ささな。貴女が居ない時に直哉を奪うのは、ちょっと気がひける。……けど、あたしはもう……立ち止まらないって決めたから」


 そうして鏡花は一度、目を瞑る。そして少し、考える。


 この合宿で、玲や美綾も本気で直哉を奪おうとしてくるだろう。そしてもしかしたら、ささなが帰ってくるかもしれない。しかしそれでも、鏡花は自分が負ける姿なんて想像できなかった。



 だから……。



「直哉。この合宿で、あんたにあたしを抱かせてみせる。それで、あたしだけが好きだって何度も何度も言わせてやる。だから……覚悟してなさい、直哉!」


 直哉の家の方に視線を向けて、鏡花はそう宣戦布告の言葉を口にする。



 そうして鏡花の合宿前日は、終わりを告げた。



 ◇



 そして同日の夕方。葛鐘くずかね れいは、窓の近くの椅子に腰掛けてぼーっと空を眺めていた。


「ささなが居なくなった。あーし的には別に、そこに驚きはない」


 玲は自分の考えを確かめるように、淡々と思考を言葉に変えていく。


「元々なんとなく、予感はあった。だから予想外なのは、なおなおの方だ……」


 玲は瞳に夕日を映しながら、風切 直哉のことを考える。


 ささなが消えてから、玲は何度も直哉と話をした。しかし彼は、思った以上に落ち着いていた。昔の彼なら、合宿に行くのを辞めてでも、1人でささなを探し続けていただろう。


 でも今の彼は、ささなのことを心配しているものの、どこか……納得しているようにも見えた。


「やっぱり、点崎ちゃんの影響なんだろうなぁ。……でも、あーしはもう諦めたりしない」


 玲はそう言って、ニヤリと笑みを浮かべる。彼女も鏡花と同様、この合宿に合わせて色々な策を用意していた。……というより、彼女はその策を活用する為に、この合宿を企画した。


「ふふっ、楽しみだなぁ。絶対になおなお、喜んでくれるんだろうなぁ」


 玲はそこで、明日からの合宿のことを考える。きっと美綾と鏡花は、今まで以上に本気で直哉にアプローチを仕掛けてくる筈だ。だからきっと、この前の勉強会の時よりずっと激しい修羅場になるだろう。


「でも、そんなの関係ないし。点崎ちゃんにも、鏡花にも、そしてささなにも、あーしは絶対に負けない。だってあーしが1番、なおなおのことが好きなんだもん」


 一度は、自分の恋を諦めた玲。……いや彼女は今でも、直哉を生かす為に最善を尽くすなら、自分は裏方に回った方がいいと思っている。


 しかし、それでも玲はもう決めた。


 もう絶対に、自分の恋は諦めない。だからどんな手段を使ってでも、直哉の心を手にしてみせる、と。


「あーあ、早く明日が来ないかなぁ。早くなおなおに……会いたいなぁ」


 玲はニヤニヤと笑みを浮かべながら、ただ夕焼けを眺め続ける。そうして玲の合宿前日は、終わりを告げた。



 ◇



 そして、合宿前日の夜。点崎てんさき 美綾みあやは、真剣な表情で体重計を睨んでいた。


「……よしっ」


 そして彼女は覚悟を決めたようにそう呟いて、体重計に足を乗せる。


「…………」


 そうして美綾は、自身の体重が表示されるのを、目を瞑って待つ。心の中で、1、2、3と数字を数えて、彼女は勢いよく目を開ける。



 そして、その結果は……。


「やったっ! 目標体重ぴったり! これで明日水着になっても、問題ない! 先輩も絶対に、私の身体に釘付けになるはずっ!」


 美綾はそう言って、体重計から飛び降りる。そして、小躍りしだすくらい楽しそうな笑みを浮かべる。


「ふふっ。ダイエットも成功したし、この1週間で他にもいっぱい準備してきた。……だから、大丈夫! お前ならできるぞ、点崎 美綾!」


 そして美綾は気合いを入れるように、鏡に映る自分に向かってそう声をかける。……けど、ふと気になって視線を窓の外に向けて、直哉のことを考える。


「……先輩、今頃なにしてるんだろ……。先輩のことだから、またよく分からない本でも読んでるのかな? それとも……もう寝ちゃったのかな……」


 美綾は少し、直哉の眠たそうな顔を想像してみる。するとそれだけで、ドキドキと心臓が高鳴る。


「ちょっと先輩のこと考えるだけで、ドキドキしてきた。……私どれだけ、先輩のこと好きなんだろ」


 ドキドキと、美綾の心臓は高鳴り続ける。彼女はそれ程までに、直哉のことが好きだった。だから、明日からずっと直哉と一緒に居られると思うと、楽しみで楽しみで思わず笑みがこぼれてしまう。



 ……けど、そうやって楽しみに思えば思うほど、少し不安にもなってしまう。


「…………先輩。私のこと、ちゃんと見てくれるかな? 鏡花先輩の胸ばかり見て、私のこと全然見てくれなかったら、やだな……」


 美綾も鏡花や玲と同様に、明日の為に色々と準備を進めてきた。しかしそれでも彼女は、不安を完全に拭い去ることはできなかった。


「男の人って、女の子のどこを見て好きになるんだろ……。いや、でも私は先輩の……」


 と。そこで、まるで美綾の思考を遮るように、窓の外で青い桜の花びらがふわふわと宙を舞う。


「……あれ、また……!」


 だから美綾は、慌てて窓から顔を出す。……けど、いくら辺りを見渡してみても、どこにも青い桜なんて見当たらなかった。


「…………気のせいだったのかな? ……いや、そんなことより、今日は早く寝ないと。明日、寝坊なんてしたら最悪だ」


 美綾はそう言って、急いで自分の部屋に戻っていく。そうして美綾の合宿前日は、終わりを告げた。



 ◇



 そして、最後に青桜せいよう ささなは……。



「……ふふっ。皆んな、楽しそうで羨ましいな。でも……早くしないと、ダメだよ? どうやらもう、あまり時間が無いみたいだからね……」



 彼女は1人、遠いどこかでほくそ笑む。





 そうして、楽しい合宿が幕を開けた。


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