やりますよ? 先輩。
いきなり部室にやってきた鏡花に、この場に居る全員の視線が突き刺さる。
「……な、なによ」
鏡花はそんな視線を受けて、どこか気まずそうに視線を明後日の方に逃がす。……が、鏡花はすぐに自分を落ち着かせるよう小さく息を吐いて、俺の方に視線を向ける。
「あたしは、その……
「……いや、どういう意味だよ? それ。どうしてうちの担任が、別のクラスのお前に用事を頼むんだ? しかもあの人がここに用事なんて、あるわけ無いだろ?」
あの人は基本的に、余計なことはしない主義だ。だから俺たちが無断でここを使っているからといって、文句を言ったりしない筈なんだが……。
「知らないわよ。頼まれたんだから、仕方ないでしょ! あたしだって暇じゃ無いんだから、黙って話を聞きなさい!」
「…………」
しかしまあ、そう言われると黙るしか無いんだが……。
「……えっと、その、それで……なんだったからしら? …………あ、いや、そう! 『ここを勝手に使ってることに怒ってる先生が居るから、早々にここから出て行くように』……だって」
「え⁈ ほんとですか? それ」
鏡花の発言を聞いて、点崎は驚いた顔で鏡花を見る。
「知らないわよ、そんなこと。でも、こんな嘘ついて一体なんの意味があるのよ」
「それは……」
点崎は助けを求めるように、俺に視線を向ける。
「ま、仕方ないわな。元々勝手に使ってただけだし、退けと言われれば退くしかない」
俺はそれに、当たり前の言葉を返す。
「先輩はそれで、いいんですか? だってここは……私と先輩の居場所なんですよ? なのに、そんな簡単に……」
「まあ、惜しいっちゃ、惜しいんだけどな。……でも、居場所はまた作ればいいだけだろ? また他の空き教室を探してもいいし、最悪どこも見つからなかったら、俺の家に来てもいい。……だからそんな、不安そうな顔をするなよ」
元々この場所に来たのは、ここに陣取っていた
……まあ正直に言うと、少し寂しくはあるんだけどさ。
「まあなんにせよ……悪かったな、鏡花。わざわざそんなこと、伝えに来てもらって。……助かったよ」
「……そう。別に私は……って、まだ話は終わりじゃ無いわ! それで、えーっと確か……『それでどうしてもこの場所から退くのが嫌だったら、今度の文化祭で何か出し物でもしなさい』……だって。そしたら正式に部として認めてやれるから、庇ってやれるとかなんとか言ってたわ」
「あ、そうなの? ならそれならそうと、初めに言ってくれりゃあいいのに」
「うっさいわね。なんで私が、そこまでしてあげなきゃいけないのよ!」
「まあ、その通りだけどさ。……何にせよ、助かったよ。お前には関係ないのに、わざわざ悪かったな。だからもう、帰ってもいいぞ? ほんと、ありがとな」
「…………なにその言い方。あたしがせっかく……ううん。もういい! あたしはもう、行くから!」
鏡花は怒ったようにそう言って、プイッと視線を逸らして、そのまま俺たちに背を向ける。
……けどその背中に、ずっと黙っていた玲が声をかける。
「鏡花。あーし、このオカルト研究会に入ることにしたから」
「……そう。でも、玲ちゃんは分かってるでしょ? そいつが……どういう奴なのか」
「なおなおは昔から、優しい奴だよ。……あの時も、なおなおだけが最後まで諦めず頑張ってくれた。言い出しっぺの癖にいの一番に逃げ出して、そして最後には被害者ずらしてるどっかの誰かとは、大違い」
「……確かにそうよ。あたしはこいつとは、違う。そして貴女と直哉も、全然別の人間なのよ? だから、いつまでも過去の恋にこだわってると、いずれ痛い目みるわよ」
「はっ、笑わせないでよ。痛い目みない恋なんて、あるわけ無いっしょ? あーしはなおなおの為なら、痛いのなんてへっちゃらだし。……だからあんたは精々、サッカー部のキャプテンとかと妥協した恋でもしときなよ」
「玲ちゃんは相変わらず、そんな見た目して乙女だね。……バカみたい」
「バカにもなれない馬鹿に、そんなこと言われたく無いし」
「…………」
「…………」
2人は口を挟む暇も無いほど早口でそう言い合って、そしてそのまま黙り込んでしまう。……つーか、鏡花の奴もさっさと部室から出ていきゃいいのに、なにを意地になっているのか、部室の扉を睨んだまま動かない。
「……ねぇ? 先輩。この2人、なにかあったんですか? なんかめちゃくちゃ、空気重いんですけど……」
点崎はちょこちょこと隠れるように俺の隣にやって来て、そんなことを囁く。
「まあ、色々あったんだよ。俺も含めて、色々な……」
「…………」
「なんだよ? 黙って見つめて」
「……別に。ただちょっと、ずるいなって思っただけです」
「ずるいって、何が?」
「先輩には分かりません」
そう言った点崎は俺から視線を逸らして、なぜか俺の太ももをつねる。
「痛い。痛い。何すんだよ? 点崎」
……と、そのまま仕返しに点崎の頬でもつねってやろとするけど、鏡花が不意にこちらを振り向いたので、思わずその手を止める。
「直哉。あたしはもう行くから。ここに居ても……あんたと居ても、あたしは嫌なことを思い出すだけだし」
「……ま、そうだろうな。わざわざこんな所にまで足を運んでもらって、悪かったな」
「……いいわよ、別に。そもそもあたしは元々……」
「元々?」
鏡花がそこで黙り込んでしまったので、俺は確かめるようにそう尋ねる。
「…………」
けど鏡花は、なぜか怒ったように顔を真っ赤にして、すごい瞳で俺を睨む。そしてそのまま勢いよく鞄に手を突っ込んで、そして──
俺が好きなチョコバーを取り出した。
「これ、あげる。昨日のタオルのお礼。あんたに借りを作るのは嫌だったから、持ってきてあげたの。……あんたこれ、好きだったでしょ?」
「いやまあ、そうだけど。……でも、いいのか?」
「いいから受け取りなさい!」
そう叫んだ鏡花に無理やりチョコバーを押し付けられて、当の鏡花は早足に部室から出て行ってしまう。……しかし思うんだけど、このチョコバーを渡すくらいなら、昨日渡したタオルを返してくれれば、それで済むんじゃないか?
「……まあ、いいか。これはありがたく、もらっておこう」
「……先輩、なにをニヤニヤしてるんですか?」
「いや、好きなんだよ。このチョコバー」
「なおなおは昔っから、子供っぽいものが好きだしねー」
「うるせーな。……いいだろ? 別に」
そう言ってチョコバーの封を切ってかぶりつこうとする……が、しかしその前に点崎が俺のチョコバーに、かぶりついてしまう。
「あ、お前! 勝手に人の食うんじゃねーよ」
「……もう遅いです。だいたい先輩は、あんな女に貰ったものにデレデレしすぎなんです! ……というかそんなことより、文化祭の出し物とか考えないと、ダメなんじゃないですか?」
「……それは別に、大丈夫だろ? 文化祭なんて夏休み明けてからだし。その間に俺が適当にこの辺の伝承でもまとめて、レポートでも作ってくるよ。それでそれを適当に展示すりゃ、それっぽく見えるだろ?」
「ダメだし、なおなお。こういうのはちゃんと、部員全員でやらないとダメなの。だから、あーしと一緒に……」
玲はそう言って、また俺の方にしなだれかかってくる。……そして色っぽく口を開けて……残っていたチョコバーを、全て食べてしまう。
「あ、こいつら全部食いやがった! 一口くらい、俺の分を残しておけよ!」
「えへへ。そんなの、嫌だし。なおなおが鏡花なんかから貰ったもので喜んでるとことか、見たく無いし」
「そんなことより、貴女は先輩に引っ付かないでください! ……というか、私もこのオカルト研究会に入りますから! だから貴女は、どっか行ってください!」
「…………」
そうして、言い合いを始める2人を見ていると、なんだか俺がひどくモテモテのように思えてくる。鏡花の奴は……まあ、俺のことを嫌っているんだろうし、それは仕方ない。
しかし玲の奴は、何度も俺のことを好きって言ってくる。それに点崎の奴も……なんだかんだで、俺のこと好きそうじゃね?
……いやこれは、ただの童貞っぽい妄想なのか?
「……まあ、どっちでもいいか」
どちらにせよ、昨日点崎に言った通りそこまで焦る必要は無い。文化祭のことも、点崎や玲のことも、そして……ささなのことも、まだまだ時間はあるんだ。
だからもうしばらく、この楽しい青春を味わっていよう。
そんなことを考えて、俺は知らず笑みを浮かべていた。
だから俺は、どこかで油断していたのだろう。
時間はまだある。だからまだ、大丈夫だ。そんなことを考えているから、俺の元に彼女がやって来たのだ。
「1年ぶりだね? 風切 直哉。……うん。君は変わって無いようで、安心したよ」
学校からの帰り道。茜色に染まる神社の前で、彼女……青桜 ささなは、そう言って蕩けるような笑みを浮かべた。
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