第7話 青少年健全育成について学ぶ 1

 美少女JKにぽすんとお尻を預けられた俺は、脳内で色欲を銃殺するのに相当な時間を要した。ここでいう銃殺とは、閉眼して神経を研ぎ澄まし、お経の音声を三十分聞くという色欲撲滅法だ。コカンの上に、美少女JKのお尻を預けられた状態で行った。そういう苦しい中で理性を保つことこそ、健全な人間像へ近づく第一歩につながる。理性無きサルのように色欲に負けていては、人間廃業へ近づいてしまう。


「お兄さん落ち着きましたか? 私、正直言ってとってもヒマだったんですよ? ヒマヒマでヒマンになっちゃうところでしたよ。むー」


 口先を突き出して、むくれている。待たせてしまってごめんなさい。 


「ごめん。早く青少年健全育成について学ぼ……」


「どうしたんですか? お兄さん」


 ノートパソコンを、ばたんと閉じる。


「百合香ちゃん、次に同じサイトを訪問したら、俺は百合香ちゃんのことを永遠に嫌いになるからな」


「えっ……」


「泣いてもダメだぞ、百合香ちゃんが悪いんだから」


 あろうことか、百合香ちゃんはAd○○t Videoを見ていた。


「百合香ちゃん、自分の手で県のサイトにアクセスしなさい。共同参画社会推進課というページから、青少年健全育成条例というページにアクセスするんだ」


 俺の頭には、沸騰寸前の血が上っている。分かった上でやっているのか? いい加減にしてほしい。こんな調子じゃ別の意味で理性が保てなくなりそうだ。


「お兄さんお願い、誤解しないで? 私は将来お兄さんと結婚した時に……」


「早くアクセスするんだ!」


「ひぃぃっ」


 百合香ちゃんの腰が一瞬浮いて、直後に自由落下。おもちみたいに柔らかなお尻は、漬物石の如くコカンに圧力プレッシャーを及ぼした。



 二分後


「よし、ちゃんとアクセスできたな。偉いぞ百合香ちゃん」


 頭を撫でてあげる。この行為が健全なのか怪しいが、不機嫌な状態で学習させることほど無意味なことはない。勉強でもそうだが、不機嫌な状態は眠たい状態に次いで学習効果が小さい。学習する者は、意欲的かつ好奇心に満ち、それでいて冷静沈着、論理的回路への接続が要求される。

 

 百合香ちゃんをそこまでの理想状態に持っていくのは(ちょっとバカっぽいから)難しいだろう。しかし、少なくとも冷静にさせることはできるはずだ。


「お兄さんに監視されてたら、あんなサイトに絶対寄り道できないじゃないですか。私は別に、ふしだらなつもりじゃなかったのに」


 やばい、早速むくれちゃった。俺の膝小僧を小ぶりなグーでぽんぽん叩いている。小太鼓を打ち鳴らす要領で、左右交互に。これは、相当怒っている。冷静とは真逆の状態だ。


「そうだったんだな。でも、いかなる理由でもあんなの見ちゃダメだ。俺と結婚するなら、あんなの見ないって約束しような?」


「え、結婚してくれるんですか⁉」


 コカンの上でぐるっと勢いよくお尻を回し、ぱぁっと大きく開いた瞳をよこす美少女。近すぎてドキッとしてしまう。


「……青少年健全育成について学ぶなら、だ」


「学びます! すっごくやる気出てきました! 早く学びましょう!」


 冷静ではないものの、意欲と好奇心は持ってくれた。

 ようやく、学ぶための条件を獲得してくれたようだ。



 ―――――――――――



 県では、「青少年健全育成条例のあらまし」という分かりやすい資料をアップロードしている。俺たちはそれに沿って学習することにした。


「百合香ちゃん。決められた物事には必ず目的があるんだ。ここにも『目的』の項目があるね? これを音読するんだ」


「はいっ」


 素晴らしく明るい返事だ。学校でこんな嬉々とした返事をすれば、先生は思わず加点したくなるに違いない。


「読みますっ。『青少年の健全な育成に関する基本理念、および、県などの責務を明らかにするとともに、県のせさく……」


「しさく」


「『しさく。の、基本となる事項を定めて……」


 なかなかしっかりとやる気になっている。だが重要なのはこれを継続させ、最も重要なのは最後に健全な青少年として生活することだ。


「『あわせて青少年の健全な育成を阻害し、または非行をゆ……ゆーはつ?」


「そう、ゆうはつ」


「『ゆうはつするおそれのある行為を防止し、もって青少年の健全な育成をずる』。私、目的についてちゃんと理解しました。要は、大人になるまでは清く正しくしなさいってことですよね?」


 最後の最後でヘマをしてしまったことに、物凄く心配の念を抱く。どうしてそう読んでしまったのだろう。漢字が苦手なのか?


「百合香ちゃん、最後の動詞は「はかる」って読むんだよ。絶対に覚えてくれ」


「ああーっ。また『ずる』って読んじゃった、くやしーっ」


 てへ、と言って、右手のグーを頭の横っちょにこつんと打つ。俺の視点からだと、百合香ちゃんのこげ茶色ヘアと左巻きのつむじしか見えない。きっと、片目をつぶって舌をぺろっと出しているに違いない。


「とにかく、卑猥なコンテンツは高校生をはじめとした青少年にとって有害だということだね。県も危機感を抱くほどに。県どころか、全世界だろうけど」


 全世界について知っているわけではないが、全世界であるべきだ。


 理念と、県・保護者などの責務についての項目を俺と一緒に黙読したあと、2ページに進んだ。


「うっ」


「百合香ちゃん、随分と気まずそうだな。まあ無理もないわな」


 2ページには、青少年が安心安全にネットを使うにあたっての項目が、イラストを交えて分かりやすく書かれている。その中の16条、「インターネット上の情報にかかる自主規制等」という項目。


「さあ、ここの、一番上の『何人も』から始まる文章を読み上げなさい」


「なんにんも……」


「なんぴとも、だ。さあ、ぼそぼそ言うんじゃない。はっきり大きく。近所迷惑にならない程度に」


 肩をすくめてしまう。俺のコカンの上に座ったまま。

 こうしないとPCが見ずらいというのもあるが、何より百合香ちゃんの意欲と好奇心を阻害してはならない。もしここで「不健全だから」という理由で百合香ちゃんを押しのけると、反発して、さらなる不健全な行為を求めてくるかもしれない。それだとこの学習時間が何の意味もなさなくなってしまう。よって、百合香ちゃんをあぐらの上に座らせるのは、やむを得ないのである。


「なんぴとも、青少年の健全な育成を阻害するインターネット上の情報かっこ有害情報を、青少年に閲覧・視聴させないように努めなければなりません。これをお兄さんは守っていません。私がVideoを閲覧できたからです」


「本当に申し訳ないな百合香ちゃん。あとでこのPCにフィルタリングソフトウェアをインストールして、あのサイトに絶対アクセスできないように設定する」


「ちょー、それはキビしいと思いまーす、緩和してくださーい……」


 横を向いて、頭を引っ込めた小鳥みたいに首を縮めて、弱々しく抗議する。レモン炭酸を飲んだときのように、目を酸っぱそうにぎゅっとつぶって。


「だ、め、だ。現にここにも書いてある。大人は青少年に有害なものを見せないように努めなければならないって。本当に愚かだったよ俺は。同人誌もタペストリーも明日には全部売り払う。今が夜じゃなかったら、今日にでも売り払うところだ」


「……わ、分かりました。お兄さんに嫌われるくらいなら、それくらいへっちゃらです」


 首が縮こまったままだが、どうやら分かってくれたらしい。


「その代わり」


 百合香ちゃんの声色がちょっとだけ厳しさを帯びる。


「明日お兄さんと一緒に中古ショップに行きます。私が健全な女の子になるように努力してくれるお兄さんを、ちゃんと確認したいですから。えっちなものを売る中古ショップはどうせえっちなお店でしょうから、私は別のフロアで待ってます。いいですよね?」


 しっかりと俺の目を見て、眉根をぐっと下げ、強く要求される。


「……………………ホントに?」


「当たり前です! 私にとって健全じゃないものを置かないんですよね? さっきの言葉が冗談だなんて、絶対に絶対に言わせませんよ? もし言ったら、お兄さんのこと軽蔑しますからっ」


 怒っている。すごく怒っている。JK怖い。鬼みたいだ。


「冗談ではなく、その、ちょっと過剰な表現をしたというか……」


「つべこべ文句言わないでください、お兄さんの変態! 全部売り払うんですよね? はいって言わなきゃお兄さんのことキライになっちゃいますよ?」


「はいっ……」


 俺の宝たちよ……ああ、今まさに変態を脱出しようとしている娘のために、お前たちは犠牲になる。お前たちのシベリア抑留よくりゅうは、真珠よりも美しい価値を持つのだぞ。……ぐすっ、ぐすっ


「お、お兄さん⁉ ごめんなさい泣かせちゃって、ちょっと言い過ぎました。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、お兄さん泣き止んで? ……」


 幸せなことに、可愛い美少女JKが俺の無価値な目を拭ってくれる。


「違うんだ、百合香ちゃんは正しいんだよ。明日、一緒に行こう」


「本当ですか? わぁい、お兄さんとお出掛けだぁ!」


 百合香ちゃんは満面の笑みで万歳する。俺にもたれかかる格好で腕を高らかに上昇させたもんだから、反作用でコカンの上に再び高い圧力が付加された。セミロングの滑らかな髪の毛が、鼻を猫じゃらしのようにくすぐって、香るオレンジの匂いは鼻腔の奥をくすぐる。


 だがしかし、俺の俺はたかぶることはなかった。

 

 大切にしていた同人誌たちを売り払わなきゃいけないという、ブルーな気持ちが垂れこめていたから。


 つづく

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