第11話 休日が進んでいない

 休日二日目。猛烈に眠い。

 信じがたいことに、昨日がたったの24時間しか経っていない。


 

 昨日は、美少女JKと一緒に朝を迎え、火災報知器が鳴って、火元がなぜか布団で、なぜか全裸だった美少女JKはそれを身にまとって、最後は恐怖のあまり開栓してしまった。

 布団を洗うことができなかった美少女JKなもんだから、悶々としつつも俺が洗い、だんだん匂いにイライラしてきて、洗う方法が根本的に間違っていたと知った時に鬱憤うっぷんが爆発。美少女JKを怒鳴って帰宅させた。

 夜、コンビニからの帰り、またもゴミ捨て場に捨てられていた美少女JKを拾った。そして青少年健全育成について二人で学び、それを判断材料にして、美少女JKを帰宅させた。


「カオスだ。エントロピーの増大についていけない」


 声がガラガラで、自分の価値がまた低まった。


「いま何時」


 ここから見て、テレビのある隣の部屋の、一番遠くの長押なげしに画びょうをぶっ刺して、壁掛け時計をつるしている。ベッドのある部屋とはふすまで仕切られていて、今はふすまを開放している。スマホを見るより、真っ正面にすぐ見えるアレを見たほうが早い。


「七時……」


 五時間しか寝ていない。


「もう一回寝よ。どうせ祝日だし」


 そう考えると、うとうとしてくるものだ。眠たい時に寝ようと考えると、ほぼ確実に眠れる。ラクをしたくなったときにラクをしようと考えると、ほぼ確実にラクをする。


「…………ん……」


 むぶひ。     ?          。



 ぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこ。


「ふぁ。…………ナンだ? また火事か?」


 キッチンのほうから音がする。 


 せっかくうとうとしていたのに、面倒なことだ。まだ七時なんだから、寝かせてくれよ。

 とはいえキッチン。布団よりもはるかに火事発生確率が高い。このままだと本当に家が燃えて、命にかかわる。


「はいはいはいはい、行きます行きます」


 布団をはいで起き上がる。よたよたしながら、キッチンに出るボロ扉を開ける。がちゃ、という無意味な音が聞こえた。


「あ、お兄さんおはようございます」


 俺の目の前には、うすピンクのカーディガン一枚と水色ホットパンツ、黒ニーソの女の子が、白いエプロンを付けて蠢いている虚像が見える。


「誰だお前。消えうせろ」


「何寝ぼけてるんですか。百合香ちゃんですよ百合香ちゃん。お味噌汁作ってあげるんです。インスタントですけど」


「……」


 百合香ちゃん……だと?


「私の家にインスタント味噌汁がいっぱいあるんですよ。食べきれそうにないから、お兄さんに分けてあげようと思ったんです。鍵も開いてましたから、ラッキーでした。開けててくれてたんですよね? お兄さん」


 ふふっ、と軽く笑った顔をこっちに向け、またすぐに向こうを向く。


「鍋を勝手に使っているのか?」


「はい。大丈夫ですよね?」


「鍋に限らず、フライパンや電子レンジも勝手に使ってかまわない」


「お兄さんありがとうございます、さすがはお兄さん、ガバガバですねっ」


「ただし勝手に入ってくる人間は除く」


「え⁉ 勝手に入っちゃダメでしたか? 青少年健全育成条例を一緒に学びあった仲だから、てっきり大丈夫かと……あはは……」


 眉根を微妙に上げて、気まずそうに薄ら笑う不法侵入者。


「とびっきりうまい味噌汁を頼む。具はほうれん草がいい」


「きざみ脱ぎたてパンツのほうが美味しいですよ?」


「どうやら青少年健全育成条例をもう一度学びなおす必要があるようだな」


「嘘です嘘です、ちょっとしたジョークですよぉ。やだなぁお兄さんったらぁ」


 ヘラヘラ笑っているJKをしばいたら、きっと訴えられるんだろうなぁ。


「お兄さん、私昨日、思ったんです。ケンカするほど仲が良くなってる私たちって、素敵だなって。優しくされるうえに、仲良しになれるなんて。私最高ですっ」


 とてとてとこっちに寄ってきて、やっぱり腕にしがみついてきた。


「お兄さんのこと大好きだから、すりすりしちゃいます」


 すりすりすりーっ。

 という擬音語を無邪気にのたまって、俺がトイレに進行するのを妨害する美少女JK(物質)。


「鍋の水が沸騰する音が聞こえたんで、それで起きたんだが、なぜ沸騰が止まってるんだ? 見間違いじゃなければ、青い炎が見えるんだが」


「今、お兄さんの味噌汁を作ろうとしてるんです。私のはもう完成してます。どうしてお兄さんのを後にしたか、お兄さん分かりますか?」


 ショートケーキのスポンジみたいにやわらかいおっぱいやおなかに埋もれる俺の腕。顔が近い。とっても無邪気な顔を見て、頭が爽やかになってゆく。


 ってダメだ、このままだと不健全モードに突入する。


「温かいミソスープを俺にってことだろうけど、あいにく俺はぬるいのが好きなんだ。言ってなかったから分かるわけないけど」


「え、そんなぁ。私もぬるいのが好きなんですよ? 誰が飲むんですか、今作ってるミソスープ」


「俺が飲むよ。てか作ってないだろ、水を沸かしているだけだ。そんなことより離れてくれないか? トイレに行きたいんだ」


 指でトイレを指し示す。


「私は健全なJKです。だからお兄さんのチョロチョロ鳴る音なんて聞きません」


「それは当たり前のことだ。ちなみにジョロジョロと鳴るぞ」


「え、それって、立ってするってことですよね? 掃除が大変になるから座ってしてください、いいですね?」


「……分かった」


 壁に散った尿を掃除するのはとても大変だと、テレビで聞いたことがある。俺はトイレ掃除する時、壁に関しては、ただ拭くだけで終了している。壁紙がかなり剥がれているというのも理由の一つだが、9割方の理由は「面倒だから」である。


(ダメな人間だなぁ俺は。美少女JKの言いつけ通り、今日は座ってするか)


 便器に座って、温かいものが尻に伝わって、ふと思う。


(なんであの子の言うことを聞いているんだろう)





「どうぞっ。特製ミソスープです! 隠し味に、ラー油を滴下しました!」


「明らかに水面に浮かんでるし、隠し味を隠さず言うのは矛盾だろ」


「冷蔵庫の中を見たら、ラー油のびんが3つもありました。私の実家でさえ1つなのに、どうしてお兄さんは3つも入れてるんですか?」


「ラー油が好きで、頻繫に垂らしているからな。てか冷蔵庫も勝手に開けたのか」


「お兄さんだからです」


「そうかよ」


 にへ、といたずらっぽく笑った百合香ちゃん。俺はそれを無視する。


 朝メシか。普段ならヨーグルトだけで済ませるところだ。湯沸かしも必要ない、ただ冷蔵庫から出して、開けて食うだけだから。スプーンは洗いたくなったら洗うけど、留年を重ねるたびに洗う欲がなくなった。今ではほとんど後回しにしてしまっている。


「料理じゃないだろ、なんて言えないな。インスタントでも、誰かに作ってもらえることが奇跡だから」


「お兄さん朝から暗いですよぉ。もっと明るく行きましょう。なんたって今日はお兄さんと一緒に中古ショップ、楽しみ~」


「……」


「どうしたんですかお兄さん」


「……い、いや。味噌汁いただきます」


 忘れてた。売り払わなきゃいけないんだ。


「あのさ、全部持っていくのは大変だから、ちょっと残しといていいか?」


「そんなの簡単ですよ。小分けにして持っていけばいいんです。一刻も早く私を健全にしたいなら、今日中に全部売り払うくらい朝メシ前ですよね?」


 どこに潜ませていたのか、朝メシのベルギーチョココッペパンをはむはむ食べながら、にやにや笑ってこっちを見つめている。黒ニーソを1mmも隠せていないエプロンを付けて。


「その格好、不健全なんじゃないか? 特に下半身。男の前で黒ニーソなんて」


「え、それほどですか? ただの靴下だと思ってました」


「明日からジーンズを穿きなさい」


「えー、可愛くないじゃないですかー。お兄さんと一緒にいるときは、絶対に可愛い私でいたいんですっ。はむはむ」


 ベルギーチョコレートがほっぺたを汚している。見ようによっては可愛いから、放置しておこう。


「だいたい、黒ニーソで興奮してるお兄さんがどうかしてるんですよ。同人誌の見過ぎなんじゃないですか?」


「そうなのかな」


「そうですよ。たかがニーソックスくらいで不健全なんて言われたら、何も穿けないです。春夏秋冬、ずっと生足なんてムリです」


 生足か。同人誌にもよく出てくる生足、あれは本当に艶めかしい。百合香ちゃんが最も忌避すべきファッションともいえる。なにせ百合香ちゃんはかわいいから、どこぞの変質者が放っておきはしないだろう。※どこぞの変質者とは、どこか遠くにいるであろう変質者の略である。


「はい、私食べ終わりました。家で着替えてくるんで、それまでにお兄さんも準備しといてくださいね?」


「大量にあるから、なかなか準備に時間がかかりそうだけどな」


 味噌汁の椀を持って立ち上がった百合香ちゃんは、おもむろに人差し指と親指でてっぽうを作って、


「女の子のおめかしは、たーっぷり時間をかけるものなんですよっ」


 ぱちっとかわいくウインクを決め、同時に鉄砲で俺のハートを撃つ。


「お兄さんも食べ終わってますね。私が片付けてあげまーす♪ ルン、ルン♪」


 かわいい。けど、打ち抜かれるほどでもない。


(いちいちアピールしやがって……)


 百合香ちゃんは、俺を誘惑している気なのか? それとも俺をもてあそんでいるのだろうか。どちらにせよ楽しそうだからいいか。

 

「百合香ちゃん、脚にクモが上ってるぞ」


「え⁉ イヤあああ! 取って! お兄さん取って!」


「JKの生足には触れないからな」


「そんなこと言ってないで早くううう…………こわい、こわいぃぃぃ」


 こんな賑やかな朝。もし百合香ちゃんに出会っていなければ、永遠にやって来なかった朝だろう。

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