第12話 青い花は摘んでおく

 クモが脚の上を這っている、という嘘をついたせいで百合香ちゃんに蹴られた。不機嫌な顔で俺の家を出て行ってから、もう一時間も経過している。


「百合香ちゃん遅いなあ」


 リュックにパンパンの同人誌、手提げ袋に何本ものタペストリーを入れ、準備万端だというのに。


 昨日まで屋根のようにそびえていた押し入れの山脈は、もうない。百合香ちゃんの健全のため、すべての山が崩された。今は、すのこだけが置かれた平野だ。


「お待たせしましたあ!」


 ガチャ、という音とともに、百合香ちゃんが入ってきた。


「うお……」


「お兄さん、私かわいいですか?」


 ブラウスは、あかるいベージュ色。襟元が開いて肩が出ている。襟と裾にはふりふりのフリルがあしらわれ、綿雲のようにふんわりとしてやわらかい印象。

 カーディガンは、桜色。丈は短めだ。所々、些細なしわの間にこげ茶色のセミロングが重なっている。

 短めの、薄茶色スカート。控えめながらもふわっと広がり、裾にはフリルが付いている。黄緑色の小さな葉っぱ柄や、濃いめの緑色をしたミニ四つ葉柄が、所々に散っている。

 安定の黒ニーソ。縫い目の奥に微かにのぞく肌色が、艶めかしい。

 絶対領域が輪をかけて艶めかしい。上部のかわいさと下部のエロさを分け隔つ生肌は、かわいさとエロさが複雑に混濁した「はだか」の特異帯域。


 何よりも、百合香ちゃんの元気な笑顔。すべての服装を光り照らすのは、まさにこの、俺にだけ向けられた楽しそうな笑顔である。


「可愛い。百合香ちゃん、とっても可愛い」


 変態としか言いようのない返答をしてしまったが、純粋に可愛いから仕方ない。


「お兄さんっ」


 笑顔で変態に抱きつく、美少女JK。おひさまの匂いがする。


「待ってた甲斐があった。さあ、行こうか」


「うんっ」


 ただ一つ、百合香ちゃんには問題がある。


 俺は百合香ちゃんの首の後ろに手を回し、プチっと留め金を外す。


「えっ?」


 驚いた様子の百合香ちゃん。多分、意味を知らないのだろう。


「このネックレスは外して行こうな。百合香ちゃんには似合ってないから」


「な、何でですか? 青いお花のネックレス、かわいくなかったですか?」


 上目遣いで質問される。申し訳なさそうに。

 百合香ちゃんの上目遣いは可愛いけれど、だからこそこのネックレスは外してしまわなければならない。


「この花の名前はオオイヌノフグリだ。オオイヌノフグリの『フグリ』とは、キ●タマを意味する。どうだ? 不適切だろう?」


 言うやいなや、瞬時にかぁーっと頬を赤く染める百合香ちゃん。照れた顔も、服装を照らすには十分すぎる光だ。


「一緒にネックレスも買いに行こう。百合香ちゃんに一番似合うものを買ってあげるよ」


「……お願いします……」


 照れ照れさせたまま、百合香ちゃんと外に出る。相当恥ずかしかったのか、俺の腕に顔をうずめている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る