第70話 花火大会

 ドドドド、ドドドドドォォン!


「夏だなぁ! うひょー」


 マクドナルデを出た時には、祭りはクライマックスの打ち上げ花火に入っていた。夜空には煌びやかな何色もの輝く球が、壮大でドラマチックな大輪の花を開花させている。


『はやうち さんごうだま スターマイン。 原子げんし物語、百三十憶年の時を超えて、今煌めく』


 女の人のアナウンスが、ごった返す人々の喧騒を上から包み込むように響く。


 ピュフュ~~  バァアアアアアン!  ピューフュー~~  ドァアアン! ピィフーーーーーー~   ドババアァジャラジャラジャラ……ドンドン、ドン、ドン!


「百合香ちゃんすげえな、めっちゃでかい花火だ!」


 俺たちは今、宇詩うし川のほとりで花火を見ている。


 ここは、第二期第一話の後半で登場した聖地。まさかアニメで見た祭りの花火とバッティングできるなんて、ツイてるぜ! って、本当はそういうの調べて行かないといけないんだけど……。


 バァン! ババァン! ドァォン! ジャララババババ……


「うわ、あんな花火見たことねえ。光の粒がめっちゃ綺麗だ」


 赤白黄色、緑に青。ピンクっぽいのや、薄黄緑がかったもの。形容できないほどに美しい輝きを放つもの。


「あ、おい百合香ちゃん、あの宇詩うし橋のとこ! あそこで絵組えくみ交差火こうさかれいがかき氷食ってたじゃん!」


 またしてもパシャパシャパシャパシャ写真を撮りまくる。2TBテラバイトの容量を誇る百合香ちゃんのGoogly Driveはまだまだ平気。どんどん撮りまくって思い出保存じゃあ! って俺、美少女JKのスマホでずっと撮影してるんだけど、もし訴えられたらヤバいんじゃね? 


 ババァン! ドォーン! デモィー……ジャララババババ


「うわ! またデカい花火だ! あれも撮っとけ撮っとけ、アニメに花火オンリーのカットもあったんだから! イッ、ェーイ‼」


 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ


「お兄さん」


 花火って最高! 化学で習った炎色反応が原理とかなんとかそんなのカンケーネー! あれはどう見ても花だろ、空に咲いた花! 人間は空に花を咲かせることができるんだぁぁあ!


 ドォーン! パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ


 しかも日本有数の観光名所&最高傑作アニメの聖地! どこまでサービスしてくれるんだコレ、ヒャッホーォーイ‼


「百合香ちゃん、ほらこれ。クレカ貸すから屋台で爆買いしてくるんだ! 花火サイコー!」


 ドンドンドォン、ドォー~ン


「お兄さん……」


「あ、ゴメンゴメン、屋台でクレカは無理か、てか百合香ちゃんは金髪からお金もらってるもんな。焼きそばでも買ってきてくれ、俺撮ってるから」


 俺としては緑がいいんだよなぁ。植物の花で緑って意味ないけど、花火で緑は美しい花なんだよ。普通は葉っぱが緑だけど、花火の葉っぱは黒い夜空の大キャンバスだからなぁ~。


「オラ、オッサン。さっきからクソうるせえぞゴルァ」


「あ……」


 いつの間に。背後に、美しい花を背中いっぱいに咲かせられた半裸のお方登場! ……眼力が半端ないし……筋骨の凹凸が別次元の割れを呈している……


「ごめんなさーいっっっ」


 ドォォォォォォォォォン!


 アニメで、交差火こうさかれいは言った。意気地のない男はダメだ、と。そしてここに、意気地のない男の代表が脚をガタガタ震わせている。


(百合香ちゃん早く帰って来ないかな、怖いなここ)


 逃げ惑う俺。近くの山に登って、避難したい。


 ちなみにその山は岱佶山だいきちやまという名で、第一期のお祭り回において、絵組えくみ交差火こうさかれいが一緒に登った山だ。頂上の東屋も聖地であり、長椅子に腰かけた二人が、ユーフォニアムとトランペットの音を合わせて演奏するのである。


(あれ? なんかおかしくね?)


 第二期第一話で、そこの宇詩うし橋で絵組と交差火澪がかき氷食べてた。第一期のお祭り回で絵組と交差火澪が岱佶山だいきちやまに登って演奏した。

 今、めっちゃ花火が上がっている。


(え、これって祭りじゃなくて花火大会?)


 そうだそうだ、祭りは「阿河田あがた祭り」という名で、六月? だったっけ。今日は八月十日、全然日が違う。


(うっわ勘違いしてたぁ! 何考えてんだ俺、致命的な勘違いだわぁ…………)

 

 でも撮影しまくるけど。


「お、お兄さん、場所変えてたんですか?」


 ヤーさんから逃げている途中、偶然百合香ちゃんに出くわした。


「あぁ百合香ちゃん、さっきの場所に怖い人いたから、逃げよう。あの山に。岱佶山だいきちやま。聖地だし」


 いろいろなミスをしまくってるけど、とにかく今はヤーさんから逃げるのが先決。俺がぶん殴られたら痛いで済むが、百合香ちゃんだとそうはいかない。責任追及を避けるのは至難の業だろう。


「お兄さん、ライチ交換してないのに場所移動し……」


「それはあとあと! ヤバい人がいるから早く逃げよう」


 百合香ちゃんの華奢で頼りない腕を鷲掴みし、強引に引っ張る。


「痛っ」


「ごめん、でも逃げないと」


「あの、その前にお兄さ……」


「よし、おんぶだ!」


 すちゃっと屈み、背中を向ける。


「乗るんだ百合香ちゃん、さあ! ヤバい人から逃げるために!」


「お兄さんが一番ヤバい人みたいです……」


「うっ……」


 後ずさりする百合香ちゃん。へそが出そうなほど丈の短いクロップドTシャツに、生足まる出しのスカートを履き、腰には青い長袖の服をしばっている。そんなラフな格好の美少女JKを後ずさりさせてしまった。


「お願い、お願いだ。ヤーさんいたんだって、早く逃げないとヤバいんだって」


 ドンドンと花火が鳴る。俺の心臓はドクドクと爆発しそうに跳ねる。


「は、はい……」


 百合香ちゃんがてくてく近づいてくる。


「さあ、乗れ!」「はい……」


 俺の背中に密着する百合香ちゃん。ブラを付けているためか、突起の感触は全くない。でも、汗ばんだ生足をこの手で直に触っている。


「逃げるが勝ちだ! どぉっぉぉぉぉォぉ!」


 ドォン! ドォン! バアァン!


「あ、あの」


「後にしてくれ! 今は逃げないと! てか結構坂キツいな!」


 交差火こうさかれいは「痛いの嫌いじゃないし」とか言って、ヒールのまま上っていた。石ころがたくさん転がっている上、暗い夜。スニーカーじゃないと安全性の観点で問題がある。痛みを抱えながらよく頂上まで行けたもんだ。さすがは交差火澪。特別じゃない人間は絶対にマネしないようにせねば。


「お兄さん、下ろして……」


「ちゃんとスニーカー履いてるのか?」


「スリッパです……」


 百合香ちゃんの腹の虫が鳴った夕方、百合香ちゃんが走っている時にスリッパが脱げた。それで近隣住民にあわれみの目を向けられた。


「石でつまづくかもしれないからダメだ。てか早く上らないと花火おワッ⁉」


 デカめの石につまづいた俺。


「とっとっととととととっ、っっ、と」


 あっぶねぇ、もうちょっとで転ぶところだった。百合香ちゃん背負ってるから、転んだらマジで洒落にならねぇ。


「……」


「これは違う、花火が終わるかもしれないから急がないとって思って、それで、ちょっと焦っただけだ。気にすることは何もないからな」


「……」


 なんか、大人しいな。まあいいか。


 *


『おまたせいたしました、いよいよfinaleふぃなあれです! 王朝おうちょう絵巻えまきのせかいを、どうぞごたんのうください!』


「げっ」


 まだ坂が続いてるってのに、フィナーレのアナウンスかよ。


「焼きそば、売り切れてて、買えなかったです」


「今はそんなことどうでもいい。とにかく目指せ岱佶山だいきちやま頂上!」


「でも焼きそば……」


「マクドナルデで食べたから大丈夫だ」


 山ということもあって、風が吹いている。風が百合香ちゃんのセミロング髪の毛を揺らし、俺の顔にサラサラ当たって気持ちいい。手で直になでなでしたい。でも、汗ばんだ生足も捨てがたい(というかここで生足を捨てたら百合香ちゃんがずり落ちてしまうからNG)。


『はやうち、ごごうだま、スターマイン。原子げんしろまん、炎色えんしょく原子げんしは永遠に!』


 ヤバい、ヤバいぞ、始ま



 ヒュー ドンドンドン! ピュードバンドバァンバァン! バアアアァン。

 


「私……」



ピューーゥーーー    ドババババンババン、ババーン! ピューーーー…………      ババババババババババババババン!


 ババンっ バン! ババババババババン!

ドォオーーーー〜ーーン!



 ……………………



「どっわぁぁぁぁ終わっちまったよおい! 見れなかったよラスト! マジかあのヤクザタヒねやクソが!」


 暗い山道、木々の葉さえも真ッ黒い。あまりにも花火と対照的な暗さ。暗すぎて、皮肉にも葉が黒いキャンバスみたいになっている今現在。


「音すごかったから絶対綺麗だったわ、くっそぉぉぉぉぉぉ! 光が無い花火なんかただの轟音じゃねえかよぉぉぉぉぉぉ!」


 反射的に石ころを蹴る。


 石はコンコロと音を立て、岩か何かにカツ、とぶつかる。


「私、軽いですか?」


「え?」


 背後から、いきなり変なことを言われる。周囲の真ッ黒な環境のせいか、沈んだ声に聞こえた気がした。


「めっちゃ軽いけど? 絶対ダイエットしてほしくない体だな。それがどうかしたか?」


「死にたい」


「……っ?」


 ゆるやかな、ぬるい風が頬をなぞる。



 それはあまりにも唐突で、一瞬何が起こったか訳が分からなかった。

 真黒い景色の中、俺の背負う少女の一言。

 ドンドン爆音轟いていたさっきまでの空は、もうとっくに微風の音。ひゅるりひゅるりと軽い音。


 あの花火は、何だったのだろう。

 あの花火は、本当に綺麗なものだったのだろうか。


「私には何があると思いますか?」


 背中の上で、小さく呟かれる。


「……何って」


 急にそんなこと言われても、何て答えればいいのか分からない。可愛いとかそんなことじゃないだろうし、財布の中のお金とか2TBテラバイトの容量とかでもないはずだ。


「何もないです」


「……」


「死んでも変わらないです」


 小さな声は、あまりにも重い口調だった。背負っている俺を圧殺するくらい、とても重い。花火の轟音と比べても、ユーフォニアムの低音を思い出してみても、それらより遥かに重い。


「……」


 頂上まであと少しという上り坂で、カカシのように立つ俺。周囲にはスギやヒノキらしき大木の陰が、恐ろしいほどボンボンと立っている。


「ゴミです。私。ずっとゴミなんです」


 ゆるやかな、冷たい風が頬をなぞる。



 ぽっ、と、出会った日の光景が脳裏に浮かんだ。


~白い街灯に浮かぶコバルトブルーの瞳。まるで青の洞窟のような、大きい瞳。うるうると悲しそうに涙を抱えた、瞳。……


 心に、ずしっと重たいものがのしかかる。


「百合香ちゃんは……」


 背中に、何かが落ちた。その一滴だけかと思ったら、次々と、何滴も何滴も。

 まるで花火を形作っていた光の玉のように、何滴も、何滴も。俺の背中から、重いものが染みわたっている。

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