第38話 恋に恋した乙女に恋された

「あ。…………どうも」


 スーツ姿の男どもが去った店内の、カウンター。


 そこに、見たこともない美少女が足先を揃えて座っていた。



 紺色のセーラー服に薄い緑のスカーフ、襟には白い縞が三つ。スカートのひだは規則正しく並び、裾は膝小僧を隠せていない。ハイソックスが膝の直下までを覆い隠していて、黒のローファーを履いている。

 絶対領域とは異なるが、膝小僧だけがまる出しである。


 そんな彼女と、目が合った。


 シアンブルーに輝く瞳。少し垂れ気味の、くっきりしたアイライン。

 垂れ気味なのは、眉もそうだ。穏やかで優しい。癒される。

 肩にかかる程度の、短めの髪の毛。落ち着いたダークブラウンは、ミルクで薄めたコーヒーのような色合い。JKのあどけなさの中に、少しだけ大人っぽさが混じる。


(か、可愛い……)


 狙いすましたように、白い左手で髪を少し上げる。細い腕が大きく広げられ、肘で折れる。ほっぺたの向こうに覗く、耳。


 薄くにこっと口角を上げた。ほんのりと甘みを感じる。


 彼女は、俺の目を真っすぐ見て、言った。



「ずっと前から、あなたのことを愛してました」



 刹那、ラーメン屋のむさい店内に、桜の花びらが舞い散る。やわらかな春の日差しとともに。



「猿芝居はええねん!」


 ビシッ


「いたっ。本気で叩かないでよ!」


 どうやら田舎娘の連れらしい。

 にしても、まったく不釣り合いだ。彼女の背は、俺くらいある。顔もすごくいい。どうしてこんな安っぽいのとつるんでるんだろう。


 と、その新たなる美少女JKが俺の袖をつかんで、


「わたしは菫原すみれはら沙夜さやです。沙夜さやって呼んでね」


 腕に絡みつきながら、言ってきた。


 芳わしい桜の香りが、鼻を支配する。ラーメンの匂いが充満している中で。


 胸の弾力が、腕を支配する。百合香ちゃんや田舎娘よりずっと発達した、大人の弾力。


「あなたのお名前、聞きたいな」


 耳元でささやかれる。鼓膜をくすぐる優しい吐息にビクッとなる俺。


鳴子なるこ峡介きょうすけです」


「峡介さんって呼んでも、いい?」


 いつのまにかカウンター席に座らされていた俺。俺の膝に、美少女がお尻を置いている。とろけた顔を見上げる形になっているのは、流れで対面座位のような格好になってしまったから。すべすべとした細長い指が、首の後ろに手を回す。


「い、いいけど」


「峡介さん、わたしの胸の音、聞かせてあげる」


 ぐいっと首を押し付けられた。ふわふわの、桜の香りがする胸に。


「どう? 聞こえる?」


 ドキドキ、と、早鐘を打つ鼓動。優しい口調とは裏腹に、激しく鳴っている。 


「聞こ……える」


「峡介さんといると、少し駆け足で、110回の『愛してる』を叫ぶの。わたしと峡介さんが出会えたことに理由があるとしたら、運命じゃなかったとしても、嬉しいことに変わりないよね?」


「……う、うん」


 何を言っているのか分からないが、あまりにもこのJKの匂いが良すぎて、頭が働かない。


「聞きたい? 心の揺らぎ。恋のざわめき」


 首を支配されているから、身動きできない。そろそろ放してほしいものだ。


「ああ、また始まってもうた」


 ふわふわの胸の向こうに、平たく、機械的な、田舎っぽい声が聞こえた。


「な、なにその言いぐさ。別にいいじゃん」


 やっと放してくれた美少女JKは、田舎娘に対して不満をこぼす。


「おじさん、騙されたらあかん。この女はな、恋に恋してるだけや」


「ちょ、のぞみ。余計なこと言わなくていいって……」


 恋に恋? 意味が分からない。


「意味が分かってへん顔やな。具体的にはな、この色ボケ女は、動画サイトにアップロードされた恋愛系の歌に洗脳されてるんや。恋愛ソングに恋してるってことやな」


「ちょ、あからさまに言わないでよっ。ハズいじゃん!」


 左腕で胸を押さえ、右手で田舎娘の肩をぱしぱしする。


「ええやろ。どうせ毎回振られてばっかやし、このおじさんカノジョ持ちやで」


「え⁉」


 初対面の人にバラしやがった、こいつ。てかカノジョじゃねえし。


「ほら、あそこの。 あら?」


「誰もいないじゃん。見え透いた嘘つかないでよ」


「っかしいな、おじさんと一緒やったのに。トイレか?」


「ていうか、のぞみ。なんで峡介さんのこと知ってるの」


 背が頭一つ分くらい違う相手のおでこを、新たな美少女JKは人差し指でつんつんとつつく。ジト目で。


「川で死んでたところをひっぱたいて蘇生させたからな」


 薄い緑のスカーフを引っ張り、応戦する田舎娘。ちなみに田舎娘はスカーフを付けてない。


「意味分かんないんだけど」


 ちょんまげみたいな二つ結びを握りつぶす美少女JK。自転車のハンドルを握るような体勢になる。ぶるん、と強調される胸。


 女子同士の争い、勃発。ぶったり蹴ったり、手加減なしだ。


 この隙に注文をさっさと済ませとくか。


「あの、すいません。醬油ラーメン二つ、煮卵とねぎトッピングで」


 いろいろ気まずいし、店員の顔を見ないように俯いて言う。


「3000円」


「え?」


「4000円」


「……二つで2000円じゃないんですか?」


 おかしい、これはぼったくりだ。

 と思って上を向いたら…………


「間取って3500円!」


 鬼面のような顔の店長が、そこにいた。目から炎が出ている。


 いそいそと財布をあさり、青いトレーに千円札3枚と五百円玉1枚を置く。


「(小声)てめえ、二度と来るんじゃねえぞ。わがったかゴルァ」


 田舎娘が怖いからって、小声で話してるんだろう。


「(小声)はぃ……」


 出禁決定。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る