第86話 寝る→起きる→寝る

 田舎娘や沙夜さやの計らいもあり、おじいさんの反対を押し切って屋敷に入らせてもらった。


 そして現在、俺は二階の八畳間に、豊洲市場のまぐろのように横たわっている。

 八畳といえど、ふすまが全開放されているため、実質は十六畳の巨大な部屋に見える。


(ああ、眠い)


 九時間の歩行。おじいさんによる竹刀。疲労困憊しないわけもない。


峡介きょうすけさん」


「話しかけるな、眠いから」


 なぜか横に沙夜がいる。


 白い生足、二つの生足に秘められた奥の布パンツ、全身から香る桜のような匂い。


「百合香いなくない?」


「……」


「置いてきちゃったの? 一人だとまたゴミ捨て場に座るよあの子」


「……」


 眠気が取れる。代わりに、ヤバさが襲う。


「今ごろきっとアパートのゴミ捨て場で悲しんでるだろうなー」


「……」


「二人っきりだから、セックスする?」


「黙れ。……」


 ヤバい。百合香ちゃんのことをすっかり忘れていた。飛固寝ひこねに置いてきたままにしている。まさか旅先でゴミ捨て場に座るなんて非常識はしないだろう。多分……。


「♪愛し合うー、二ぁ人、セーックスするーよねー、フンフンフフフフフンフンフンフンわぁたしさくらんぼー」


「沙夜」


「とうとうセックスする気に⁉」


「黙れ、そんなことより」


 広大な畳からむくりと起き上がる。が、よろめく視界。


「ととっとと、と」


「あ」


 手にもちっとした感触。見ると、おっぱいを揉んでいる形になっていた。


「不可抗力だ! じゃなくてそんなことより、百合香ちゃんに位置情報送ってくれ。俺、百合香ちゃんのライチ知らないんだよ。お願い頼む、この通り!」


「じゃあ今から送るから、その間おっぱい揉んで?」


 どうしてそうなる。普通、恥じらうべきシチュエーションだろうが。


「揉まないなら送らない。絶対送らないからね」


 眉をひそめ、頑として意思を曲げない。無駄すぎるくらい可愛い顔だから、またしてもボッキする俺の俺。


「ちょ、どこ押さえてんの⁉」


「見りゃ分かるだろ、コカンだ」


「なんで? まさか、わたしのせい?」


「正解だ。お前が無駄すぎるくらい可愛い顔だから、コカンが大変なことになってしまった」


 真っ赤になる沙夜。そりゃぁ、そうだろう。普通このシチュエーションで、男がボッキを告白するなんて異常だ。

 しかし相手は沙夜。自らおっぱいを揉まれることを志願する変態娘であり、俺を精神的かつ性的に攻撃した。対抗措置として、俺も同様の攻撃をしたのだ。


「し、知ってるんだからわたし。そういうのって、収まらないと苦しいんでしょ? 手でやる? 口? おっぱい?」


 もじもじしながらも、はっきりとした口ぶりで言う。


 教育的指導が必要だと判明した。が、そんなことは後だ。


「下の口、だな」


 どうだ沙夜。許可できるまい。もっと真っ赤になって恥じらえ。


「下の? 下の……えーと」


 そこで考えるのかよッ。分かるだろ、考えなくたってッ。


「下の口って、下唇?」


「でえええええええい! 耳貸せ耳!」


「いたたたたたああああっ」


 艶めかしい悲鳴を上げる。そのせいでまた一段と硬くなる俺自身。


「引っ張らないでよ、めっちゃ痛いんだけど」


 いつぞやの仕返しに耳を舐めるのもいいが、今回は見送る。


 耳元に近づき、こいつにしか聞こえないように真実を伝えた。



「そそそ、そういうことね」


 ゆでダコのように、頭から湯気が出ている沙夜。しかし桜のようなかぐわしい匂い。若干汗の匂いがするものの、汗の匂いすら甘い香り。


(艶めかしい女め……くっそ)


 百合香ちゃんのほうが、可愛いっての。……百合香ちゃんのほうが、百合香ちゃんのほうが。


「ってこんなことしてる場合かァー!」


 ぶるーんッ!


「いたあああああぁぁぁぁ」


「あ、ごめん」


 思わず、豊満なおっぱいをぶん殴ってしまった。


「マジで痛いんだけど! ていうか揉んでないじゃんさっきの! 揉んでよ優しく」


「怒りながら言うセリフじゃねえ。そんなことじゃないだろ、百合香ちゃんに位置情報送れって言ってるんだ!」


「じゃあ送ったら絶対揉む?」


 またしても、眉をひそめつつほっぺたを真っ赤にする恋愛脳。


「揉む」


「叩いたり殴ったりしない?」


「しない。優しく揉む」


 目が、一瞬見開いた。それも束の間、とろんととろけるような目に変わる。


「ブラは、外さない。よ?」


 勝手に顔を赤くして、艶めかしく体をよじっている。


「理由は?」


「はっ、恥ずかしいからに決まってるでしょ! バカ!」


 ドスッ


「いたたたたたああああああああああああああああっ」


 ローブローを決められた俺。そういや沙夜は、プロレスを見ているんだった。明らかにそこで学習したのだろう、座った体勢から腕を思いっきり俺のコカンに命中させたのだ。


 ドタッ


「じゃ、じゃあ送るからね。あとでめっちゃ優しく揉んでね」


 沙夜は、「まったく、峡介さんは変態すぎなんだから」とか呟きながらスマホをいじっていた。横たわった位置からスマホを操作する美少女を見る機会もなかなかない。それも、こんなに広い十六畳間の畳の上で。


 おもむろに、風鈴が鳴る。涼しい風が、全開放された窓からそよぐ。


(あ、見えた)


 うすピンク。その真ん中に、一本の筋のようなラインが視認できた。

 それは一瞬の出来事で、一期一会だった。風鈴が鳴り止んだ今、うすピンクも一本筋もミニスカートに覆い隠されてしまった。



 *入眠*

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