第85話 見たことあるやつが来た!

「やったなクソじじい!」


 パシーン!


「あだっ。 ゴラァ!」


 まさかの、田舎娘はおじいさんのハゲ頭に平手打ちを炸裂。


「拳やないからいとうないやろがい!」


「そういう問題やあらへんがな!」


 バシッッッ


「いったあああああああああああっ」


 またしても竹刀。田舎娘の頭を二度も斬るとは。


「死ね! 死んでしまえ!」


 ハゲ頭に突撃する田舎娘。


「させるかアホ! 与兵衛よへえはそこで何してんねん!」


 竹刀を両手で持ってガードするおじいさん。


「おねえちゃん、ろーきっくや!」


「なるほど!」


 刹那、飛び出る脚! が、


「へっ、短足が」


 軽やかに、するりとかわすおじいさん。八十の動きとは思えない敏捷びんしょう性。


「与兵衛はなんでこいつの味方なんや! じいさんを味方せんかいっ」


 おじいさんは、小学生を叩くことはしなかった。口で叱りつけるのみ。


「今や、蹴れ与兵衛!」


 じじ不孝者が弟に命令する。なんてひどい孫だ。


 一方、その場で足をガタガタさせて震える弟。


「で、できひん。ぼく、おじいちゃんけるのむりや」


「弱虫が。結局ウチが叩きのめす羽目になるんかい」


 パシッ


「まだ懲りてないようやな」


 ビシッ


「死ぬまで懲りてたまるかクソハゲ!」


 ペシンッ


 祖父と本気でケンカしてるJKが目の前にいる。あまりにも醜い。


「! 泥棒や!」


「ちちち違います、僕は」


 しまった、おじいさんに発見された。逃げねばならな――


 ビシッ


「いだあああああああああああっ」


 竹刀が俺の後ろ首に直撃。気持ちいいほどシャープな音は、俺の骨が破壊された証拠。


(嘘だろ、初対面なのに)


 おじいさんは、竹刀で俺をぶった。


「出ていけ。今すぐ出ていくんじゃあ!」


 ビシッビシッビシッ


「いだああっ! いだぅっ! ぎゃああっ!」


じじい、それはおじ……トオル君やっ」


「トオル? お前がトオルか! 色ボケが!」


 ビシッビシッビシッビシッビシッビシッ


「いぎゃあああああああああああっ!」


 痛い。快感に目覚めないタイプの痛さだ。何度も岩に打ち付けられているような、激しく深い痛みだ。

 なんでこんな遠くまで来て見知らぬおじいさんに竹刀攻撃されなきゃいけないんだ。どう考えても不幸。留年した罰か?


「孫をもてあそんだ不届き者が! 斬り刻んでくれらぁ!」


「ごめんなさい、もうしません、お願いで――」


 振り下ろされる竹刀。黒い棒が青空を覆いつくす。もはやこれまでか。


「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ぐぎゃっ」


 突進してきた田舎娘がバッタのように跳ね上がり、右腕をハンマー代わりにしておじいさんの後頭部を打撃。

 後頭部がノーガードヘアであるおじいさんの残存体力は消えたようで、その場にばったりと倒れた。


「え、死んだん?」


「さすがにやりすぎじゃないのか?」


 ピクク、と手を震わせるおじいさん。


「プロレスで見た技、使つこうてみたんやけど……」


「一般人に使うかそれ……」


 と、向こうから背の低い弟が走ってきた。


「あれ、お前の弟なんだな」


「血のつながりはないけどな。養子として引き取ったクソガキや」


「そんな言い方。いつ家族になったんだよ」


「ウチがちょうどアレくらいの歳や。その時はまだ三歳で可愛かった。けど今では」


 と、弟が到着。いきなり姉(田舎娘)に抱きつく。


「おねえちゃん、やりすぎや」


「お姉ちゃん言うな、お前なんか弟と思てない言うてるやろ!」


「それでもええ! ぼくはおねえちゃんをまもる! 好きやから!」


 みるみるうちに田舎娘の顔が赤くなる。これは恥ずかしいんじゃない、激怒寸前のそれだ。ということは、このままだと弟が殴られてしまう。


「ファーッ!」


 ボガッ!


「いたああああああああああああああああああっ」


 田舎娘、まさかの、弟の頬をグーで殴打。


「やりすぎだろ、弟に向かって」


「弟や思てない言うたやろ!」


 のしのしとガニ股で門をくぐり、田舎娘は屋敷に消えていった。そのあと「おばあちゃんお茶!」と可愛げなく叫んだのを聞いて、こんな孫をもったおばあさんも不幸な人だなぁ、と俺は同情した。


 地面に倒れ伏した弟。おじいさんと逆方向に、河岸に打ち上げられた鮪のように、伸びてしまっている。


「おい、弟」


 普通に考えたら、子供を優先すべきだ。しかもあのおじいさん、俺を竹刀でぶったし。

 まだ気絶してるけど、放置しておけ。


「おい、おい弟。起きるんだ、お前に三途の川は早すぎる」


 ピクク、と手が動く。俺はその手を握る。


「……ど、どろぼうの、おっさん」


「泥棒じゃないんだ俺。お姉ちゃんの友達の、おっさんなんだ」


「……おっさんいうんは、みとめるんや……」


「……。泥棒扱いじゃなくて、友達扱いしてくれたら嬉しいぞ」


「……と、ともだちの、おっさん。おっさんとぼく、ともだち?」


「今から友達になろう。友達になればお前の願いに協力することだってできるんだぞ? お前の願いは、お姉ちゃんに好きになってもらうことだよな?」


 フフフフフ。田舎娘め。今まで散々俺を殴っておいて、トオル君と結ばせてやるとでも思っているのか? させねェ。


「おっさん、トオルやないの?」


「実は」


 かくかくしかじか話し、弟にいきさつを理解させた俺。


「いいな、絶対誰にも言うんじゃないぞ? 特におばあちゃんと、そこに寝てるおじいちゃんには」


 おじいちゃん、というワードに反応した弟。唐突に起き上がって首を回す。


「おじいちゃん!」


 刹那、走り出す! なんておじいちゃん思いなんだ、血のつながりがある田舎娘とは雲泥の差だ。


「よ……与兵衛よへえ


「おじいちゃんしなんといて! おじいちゃん!」


 泣き喚く弟。さっき姉に無慈悲な殴打を食らわされたとは思えない強靭なメンタルと、おじいちゃん思いの優しい心を持っているじゃないか。素晴らしい子だ。


「縁起悪いぞ与兵衛。死ぬかいな、コレシキで」


 ばきばきと、骨の一、二本折れたんじゃないかと思わせるような鈍い音を立てながら、おじいさんが復活。


「クソ。孫に力で負けるほど衰弱したとはな」


「おじいちゃんだいじょうぶ? ぼくがおんぶするで?」


「アホ。そんなちっこい体で。潰されたいんか」


 落ちていた黒竹刀を手に取り、杖代わりにして、門の中をくぐる。


「おじいちゃん」


「うるさい、そんな心配そうな声出すな」


「でも」


 弟に背中を押さえてもらいながら、屋敷の中に消えていった。


「……」


 って。


 俺、めっちゃ入りずらいんだけど。ケンカ中の人間の中に入るとか嫌だし、屋敷が広すぎて俺みたいな非カネモが入っていいのか気が引けるんだけど。




 そのとき




「マップ調子悪いなぁ。全然位置情報合ってないよぉ」



 門の前の歩道から、スマホを持った女が出現。



「!」



 見たことがある。この女は……


 学校をサボって俺のアパートの寝室で激しいオ×ニーを行い、布団をびしゃびしゃに濡らした罪人だ。他に、田舎娘の数少ない友達とかいうどうでもいい情報も存在する。


「あ! え……なんで?」


 俺に気づいて驚嘆し、目をまん丸くする沙夜。


「布団にシミができててな」


「エッ!」


 水に広がる絵の具のように、一気に顔が真っ赤になる。体をカチコチに固め、ロボットのように隣の家の白壁に目線を移しやがる。


「沙夜。ストーカーしてたのか」


「違う! わたしはのぞみに遊びに来ただけで」


 というか、どうしてキャリーケースを二つ持っているんだろう。


「キャリーケース二つも持つなんて、今時のストーカーは高性能カメラを何台も持ち歩いて行動するんだな」


「ちが、これはね? 駅で落ちてたの。誰のか分かんないから持ってきたの」


 ……。ってよく見たら俺のじゃねえか。色が同じ色だから見分けがつかなかったぜ。駅から田舎娘をおんぶして来たせいで、持ってくるのをすっかり忘れていた。


「それ、俺のだ」


「え、本当?」


 俺は沙夜の手からキャリーケースを奪い返す。


「あ。手が」


 その際、意味もなく手が触れた。


峡介きょうすけさんと手が」


「やかましい。まだ恋愛脳こじらせてるのか」


 恋愛ソングに侵された可愛いJKはかつて、いい男を選別していた。そしてなぜか選抜された俺。ラーメン屋の客の低クオリティな顔ばかり対象にしていたせいか、あるいはそれ以外の何かがあるのか。


「こんなところで出会うなんて、やっぱり運命だよね?」


「こんなところって、友達の実家だろうが」


 聞いていない。すでに沙夜はキャリーケースから手を離し、俺の腕に顔をすりすりとなすり付けている。


(マーキングがえらく好きだな、この女)


「はぁ、峡介さんの匂い。ずっと嗅いでいられるよぉ」


「一ついいか」


「匂い嗅ぐなって言ってもダメ」


「やか、まし、いっ」

 

 俺は沙夜の頭をグイグイと押し戻しながら、体にへばりつく美少女を引き離す。


「な、何なの」


「いいか、俺はな。今、トオルって人間の役をしてるんだ。お前は知らないかもしれないが、トオルってのは」


のぞみの好きな人でしょ?」


 けろっとしたまん丸い目で、さも当然のことのように言う。


「あんなブスなのにさ、イケメンのトオル君を好きになっちゃって。あははっ、バカだよね望」


 ケタケタと高笑いする沙夜。無性に殴りたい。


「で、どうして峡介さんがトオル君役なの?」


 俺は尋ねられて、さっき弟に説明したのと同じ会話をして、理解させた。


「望ってそんなにおばあちゃん思いだったんだ。初耳だぁ~」


「なんだそのバカにしたような顔は。心掛けは素晴らしいだろうが」


「代役を紹介するのに? 無料で便利屋雇ったのと同じだよ」


「無料じゃない。俺はこの広大な屋敷に泊めてもらうんだ。旨いメシ、気持ちいいフロ、売れるモノ、白金プラチナ。これが支払金の代わりさ! ひゃはっは」


 ジト目な沙夜。


「峡介さん、屋敷に入ろうともしてないじゃん。入らないの?」


「……その、今田舎娘とおじいさんがケンカ中で」


「あー、まーたやってるんだー。去年もケンカしてたんだよねー」


 両の手のひらを天に向け、呆れたようにため息をつく。


「去年も?」


「うん。しかもね? わたしが望のグルだとか決めつけられて、望と一緒に竹刀で殴られたんだよ? プロレスでたまに見るやつじゃん、そんなの。ありえなくない?」


「……」


 沙夜、プロレス見るんだ……


「あのクソじじい、わたしのこと望の手下だと思ってるんだよ。逆だってぇの! 望がわたしの手下だってぇの!」


 地団太を踏む沙夜。


 肩にかかる程度の短めなダークブラウンヘアは、ミルクで薄めたコーヒーのような色合い。初めてこいつを見た時、JKのあどけなさの中に少しだけ大人っぽさが混じって見えた。今は、ゴミ出しに間に合わなかったオバサンが怒り狂うサマに見える。


「シネ! クソじじい、シネ! シッネ、シッネ、シッ、ネ!」


「おい」


「何? わたしマジであのじじいキライなんだよね。マジめっちゃムカつく、殴るなら望だけにしとけっての。意味わかんないんですけど。シッ、ネ。シ、ィ、ネ! シネ、シネ、シ――――」


 背後におじいさんがいるぞ。

 そう言ってあげようと思ったのに、タイミングがない。憎しみの音頭に夢中になって、恐怖が間近に迫っていることに気づいていない。


「心配せぇでもワシゃ、お前さんより先に死にまっせ」


 はっと気づいた時には、もう遅かった。サーと血の気が引き、沙夜の顔面は紫陽花あじさいの紫色の濃い品種のような、深刻な色合いに変化へんげ




 バシッ バシッ バシィィィィッ



「きゃあぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁあっ、いたあっいたぁっ」



 甲高い声に、思わず俺はボッキしてしまった。可愛いからこそ、年老いたおじいさんに竹刀でぶたれるだけの姿にも価値が生まれる。

※おじいさんは何度も何度も沙夜の背中を竹刀攻撃した。とても楽しそうに、すさまじい勢いをつけて、いやらしい背中に竹刀を叩きつけるのだった。

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