第27話 天国 ∴ 永眠?

「いいいいいイヤですわそんな汚らわしいこと、できませんわあああっ」


 金髪くるくるヘアが、人目もはばからずに絶叫した。


 驚愕して見上げれば、そこには誰もいない。ふと右を向けば、バネのようにびよびよ伸び縮みするくるくるヘアが、台風の如く瞬足で走り去っているではないか。


「最明院さまお待ちをぉぉっ」「お待ちくださいませぇぇっ」


 腰巾着が息も絶え絶えになりながら追いかけている。二人ともめっちゃ足が遅い。なるほどスカートだからか。


「って、こんなことしてる場合じゃない、逃げるぞ百合香ちゃん!」


「え、今日はゴミ捨て場でお昼……」


「何を言ってるんだ、また襲って来たらどうするんだ! ほら」


 無理むっちゃく百合香ちゃんの腕を引く。


「いたっ。お兄さん痛いですっ」


「ごめん、でもそれどころじゃない。逃げるんだ」


 自分の自転車を放置し、百合香ちゃんを引っ張って、ひた走る。


「どこ行くんですかお兄さんっ。午後の授業あるんですよ?」

「まだ始まらないだろ、なんならサボれ」

「ダメですっ。そんな不良みたいなことできません」

「不良に絡まれてるほうが将来よっぽど不良になる」

「いたいですお兄さんっ、腕がいたいですっ」


 やつらから完璧に逃れるには、河原の葦原あしはらに隠れるしかない。そのためにも早いとこ河原に到着せねばならない。


 自転車で上ってきた下り坂を、風のごとく走る。


「ちょ、気を付けろや」「走んなクソ」「ちっ」「ナニアレキモ」「f*ck」


 注意、そしり、罵詈雑言。五月の風に流されて聞こえなくなる。

 やがて緑の木々がかおり、青葉のトンネルをひた走る。


 それを抜けると原っぱが見えた。何も考えず、青々とした草の匂いの中にバタバタと走り込む。


「お兄さん落ち着いて!」

「落ち着いていられるか、襲われるんだ!」

「もう誰もいないです!」

「油断ならない!」


 タマゲリなんて一生御免だ。


「きゃっ」 どてっ

「あっ」


 草の上に、百合香ちゃんが転んでしまった。小さなバッタが何匹か飛び出る。


「百合香ちゃんごめ……」

「バッタいやああああっ」

「どわわっ」 どてんっ


 草の上からバッタのように跳ね起きた百合香ちゃんは、俺の胸に飛び込んできた。結果、草の上に押し倒された俺。


「お兄さんバッタ怖い、怖いですううっ」


 セーラー服が思いのほかサラサラしてて、新鮮だ。俺が持ってるどの服よりも触り心地がいい。


「百合香ちゃん、頭にバッタ止まってる!」

「ええ⁉ お兄さん取って、取ってぇぇ!」


 狼狽する百合香ちゃんは、締め付けるように抱きついて放さない。むにっ、と何か膨らみが押し付けられ、鼻に百合香ちゃんの頭部が一層近く迫る。オレンジの、女の子の、いい香り。わずかに、ゴミ捨て場の嫌なニオイ。


「よし、今取ってやるからじっとして」

「うう……」


 頭をなでなでする。細い絹のようなこげ茶セミロングヘアを、毛並みに沿って、何回も。セーラー服もさることながら、髪の毛の触り心地も素晴らしい。女の子を触るのって、気持ちいいなぁ……。


「と、取れました?」

「あ……ああ取れた。もうどっか行った」

「よかったぁぁ、怖かったですぅぅ」


 河原で、美少女JKに押し倒されている。抱きつかれ、甘い香りに包まれ、柔らかな体で密着され、天には雲一つないシアンブルーが広がっている。


 ああ、ここは天国だ。俺はいつのまにか、永眠したようだ。


 ひゅるーん。

 

 涼やかな風がそよぐ、青き原っぱである。

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