第76話 田舎娘は悩み中

 コンビニで、俺の分と合わせて二つのアイスを買った。


 飛固寝ひこね城のお堀のそばにあるベンチ。現在そこに並んで座って、二人そろってアイスを食べている。


「このアイス、かなり高かったんちゃう? ハルゲンダッツより高そうや」


 申し訳なさそうに、ありがたそうに、ほわんとした口ぶりで言う。


「チョコチップとチョコソースを混ぜ込んだチョコフローズンにチョコアイスを添えて、ブラッククランチをたっぷりとトッピングしたフローズンアイス。だそうだ。シャレすぎてて俺には合わないから、お前にやった」


「よう分からんけど、旨そうな匂いやな。このほっそいスプーンで食うんか」


 物珍しげに容器やスプーンを見つめる田舎娘。未知との遭遇で困惑している。


「店員に『温めますか』って言われたんだぞ? 電子レンジでアイス温めるとか正気じゃないよな。何でですかって聞いたら、そういうものなんです的なこと言われた。さっき溶けたから買いに行ったってのにさ、店員に意図的に溶かされるって、それもはや行った意味ないよな。で、一度は断ろうと……」


 横を見たら、田舎娘は俺の話を1㎜も聞いてないではないか。


 俺は深くため息をつき、沈黙する。


「うっま。なにこれうっま。おじさんありがとうな」


 頑として何も言わない俺。俺の話を微塵も聞いてなかったんだ。つまり俺も無視していいんだ。


「おじさん! ありがとうな!」


「……おう」


「良かった。死んでるかおもうたやん。しゃくしゃくしゃく」


 しばきたいのもやまやまだが、そういう訳にはいかない。俺はこいつに、どうしても頼みたいことがある。この頼みを断られたら俺は、野宿決定だ。


「あのさ田舎娘」


「田舎娘言うな、物部ものべのぞみいう名前あんねん」


 食べながら言う。


「…………完ッ全に忘れてた。のぞみ? 全然覚えてないわ」


 ゲシッと足を蹴られる。百合香ちゃんの三倍はあろうかという力、普通に痛い。


「で、おじさんは何て名前なんや。完膚なきまでに忘れてしもた」


「俺か。俺は鳴子なるこ峡介きょうすけだ」


「そか。明日には忘れそうな名前やな」


「明日ってことは、寝て起きたときはまだ覚えてるってことだな。何せ今は深夜二時なんだから」


「一晩で忘れはせんやろな。そこまで記憶力低うないねん」


 しゃくしゃくとフローズンアイスを貪る田舎娘。だいぶ頭が冷えてきたのか、冷静さを取り戻してくれたようだ。そろそろ本題をぶつけてみよう。


「あのさ、のぞみちゃん」


「やっぱり気持ち悪い。田舎娘でええわ」


 ジト目で見られた。相当気持ち悪いんだろう。くっそ。なんだこの女、ぶん殴りてぇ。


「ゲホッ。……えっと、アレか? 旅行とかしてんの?」


「ちゃう。祖母の家に遊びに来てる。もともと実家も詩香しかにあったんやけど、親の転勤があって引っ越してな。しゃくしゃくしゃくしゃくしゃく」


 よしッ、第一段階クリア! 遠方の城にJKが観光目的で来るわけもない。そう予測していたが、見事当たった。


「実はさ、とある事情で今日泊まる宿がなくてな。もし良かったら、田舎娘さまのお家に一泊させていただけないでしょうか」


「アホ。しゃくしゃくしゃくしゃく」


 くっそォォォォォ! アイス買ってやった恩を仇で返すってか。させねェ。


「アイス買ってやっただろ、だからその代わりとして」


「部屋は余ってるけど、おじさんに貸すような部屋はないねん。おばあちゃんにヘンな男と付き合ってるとか思われとうないし。しゃくしゃく、ごくっ。しゃくしゃくしゃくしゃく」


 なかなか言ってくれるじゃねえかクソガキ。だが、年下にこんな言われて引き下がるのは、負けた気がしてめっちゃ嫌だ。


「アイスもう一個買ってやるから、お願いだ。お前が貸してくれなかったら、今日野宿することになるんだぞ俺。それでもいいのか?」


「ええけど?」


 うっわ。ひど。確かにそう言うと思ったけど、うっざ。


「アイスアイスて、バカの一つ覚えみたいやで? もうちょっと別のモン提示してほしいわな、受け手としたら」


 バカ……だとォ⁉ くっそ!


「可愛くない女め。欠片かけらも可愛くない」


 ちゃんと聞こえるように、敢えて大きめの声を出す。

 

「ううっ」


 変な声でうめく田舎娘。


(あれ。結構効いた?)


 普段なら「なんとでも言え」みたいに一蹴される場面なのに。

 ちらっと横を見たら、空っぽになったアイスの容器を落っことして、うなだれていた。首から折れ曲がって、枯れている。枯れ草に見える。


「どうしたんだよ、具合悪いのか?」


「具合、いうより、……クッ」


 嫌なことでもあったのだろうか。俯いて、肘を膝に預け、手をだらんと垂れている。見た目が田舎臭いというのもあって、パッと見が非行少女になっている。


「ウチ……そんな可愛くないねんかな……?」


 いきなりしおらしく呟く。目は垂れ、眉尻が下がり、諦めの色がにじむ。


「可愛くないと思う」


「うううっ」


 心臓を押さえ、どどっとベンチから地面に崩れ落ちる田舎娘。


「お、おい大丈夫か⁉ 今すぐ救急車呼ぶから待ってろ」


「ちゃう、そんなんやない。そんなんやないねん」


「じゃあどうしてそんな苦しそうなんだ。意味不明だぞ」


 地面に伏せて心臓を押さえながら、呼吸を乱す田舎娘。

 しばらくして、ひねり出すように呟いた。




「トオル君に、フられた……」

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