学校の日

第25話 朝

 目を開けると、窓から眩しい光が差し込んでいた。


「……何時」


 ここから見て、隣の部屋の一番遠くの長押なげしに画びょうがぶっ刺さっていて、壁掛け時計をつるしている。ベッドのある部屋とはふすまで仕切られていて、今はふすまを開放されている。


 かすんでよく見えないが、長針が4のあたりを指しているように見える。


(9時……にじゅう?)


 とにかく起きなければならない。2限は10時30分から、ここから学校まで40分かかるから、9時50分には家を出ないと間に合わない。


「はぁー…………」


 布団から、女の子の匂いがする。この匂いのベールに包まれているのは、世界で俺だけだ。それなのに、どうしてここを抜け出さないといけないんだろう。


「あれ、百合香ちゃんは?」


 匂いの中に包まれて、匂いの主がいないことに今気づく。


「百合香ちゃん。いるか? もう学校行ったのかな」


 布団をいやいや這い出てキッチンに向かう。

 しかしキッチンには誰もいない。


「ん、何だあれ」


 冷蔵庫の上に、ちょこんと置手紙が置かれている。


 無意識に体が置手紙に引き寄せられ、二つ折りのそれを開く。


『大好きなお兄さんへ。冷蔵庫にヨーグルトとみそ汁が入ってます(インスタントです、ごめんなさいm(_ _)m)。お兄さんのことを思って作ったので、きっとおいしいと思います。学校に行く前に飲んでくださいね♡』


「冷蔵庫にインスタント味噌汁って……」


 開けてみたら、本当にあった。ラップされた椀、その隣には市販の食べきりサイズの安ヨーグルト。


「ヨーグルトは俺が買ってたやつだっての」


 まずそうなものが入ってそうな椀を取り出す。これでも一応作ってくれたものだから、捨てるにも捨てにくいし、飲むしかない。


「口直しでヨーグルト食うか」


 ずずず…………


「あれ、思ったほどまずくない」


 そんなことはない、と思ってネットで『冷たい 味噌汁』で調べたら、意外とレシピが載っていた。


「まさか狙ってやったのか? まあいいか」


 特にまずくはなかったが、ヨーグルトのフタを引き剝がす。


「このヨーグルトの平たい面、何度見たっけ」


 一人暮らしを始めて以来、ずっとこの安ヨーグルトを食べてきた。もはや俺の体は安ヨーグルトでできていると言っても過言ではない。そんなことを思いつつ、スプーンでにゅっとすくって口に運ぶ。


「あ、今日右原みぎはら女子に行かなきゃいけないんだ」


 口に入る寸前で、ぼたっ、とヨーグルトが床に落ちた。


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