第4話 JKと布団を洗う
百合香ちゃんは結局、布団を洗うことができなかった。自分からゴミ捨て場に捨てられてしまう子に、布団洗いはハードルが高かったのだ。
俺が洗っている。
「は……恥ずかしくて死にそうです……」
「仕方ないだろう、これじゃ布団が使えないんだから」
風呂場の床に広げた布団に、シャワーでお湯を流しかけている。最初は水でいいかと思ったが、春に冷水はキツかった。
「ほら、もう全体が濡れた。区別つかないだろ?」
俺のジャージとももひきを着衣した百合香ちゃんに、示す。これは君が濡らしたものではなくなったんだよ、と。
「お兄さん、絶対私のこと嫌いになりましたよね……」
「まあいいよ。どうせ祝日だし。布団を洗ういい機会が到来したと思えば」
百合香ちゃんは立っている。俺はしゃがんで布団をもみ洗いしている。後ろを振り向けば百合香ちゃんが立っている姿を見てしまう。
俺はきっと百合香ちゃんの下半身に無意識で目が引き寄せられるだろう。だから、こうして布団のもみ洗いに専念している。
「お兄さん全然こっち見てくれないじゃないですか。それって、私が嫌いってことじゃないですか。とんだお荷物が転がり込んできたって、思ってますよね……」
今にも泣き出しそうな涙声。どんな顔なんだろうと気になって、首を1度くらい回す。回すと「見ちゃダメだ」という意識が働いて、即座にマイナス1度回して元に戻す。当然百合香ちゃんの顔は見えない。
「そう思い詰めるな。嫌いになってないし、お荷物でもないから」
本当は大荷物だ。
「そんなところに立ってるなら、床にこぼれた水を拭いててくれないか。雑巾ないから、昨日百合香ちゃんが体拭いたタオルを使っていい。安物だから」
「はい、言われた通りに従順に拭きます……」
しゅんとした声。きっと、背中を丸めて下を向く猫みたい落ち込んでいる。まだ俺に嫌われたと思っているようだ。
「百合香ちゃん」
「……はい」
「呼んだだけ」
「はあ⁉」
「なんか声のトーンが暗いから、落ち込んでるのかなって思っただけ」
「JKをもてあそびましたねお兄さん! いくら迷惑かけたからって、そんなことしなくてもいいじゃないですか!」
「ちゃんと拭いてるか?」
「こっち見たらいいじゃないですか、嘘をつくかもしれないんですよ?」
「嘘ついてたら追い出す。交流の全くない隣人でいよう。昨日の夜以前の俺たちのように」
布団、なかなか匂いがとれない。まさかJKのそんなものを嗅ぐ未来がやって来るなんて、昨日までは思いもよらなかった。孤独で、留年してて、そんな奴の家に誰かを入れるなんてことが現実に起こるなんて、思ってもみなかった。
ところで、なぜJKともあろう百合香ちゃんが、俺にここまでひっついてくるのだろうか。友達がいるだろうに。部活は祝日でもあるんじゃないんだろうか。少なくとも、留年した孤独野郎の家で過ごすってのは間違いな気がする。
「お兄さん、散々迷惑かけて言いづらいんですけど……」
「なんだ?」
「ご、ゴールデンウィーク中はずっとお兄さんと一緒に寝たいです……」
だから間違ってるって。てかダメだろ。
「青少年健全育成条例について、一緒に勉強しよう。布団が洗い終わったら」
「え、お兄さんとそんなつまんないこと勉強するんですか?」
「その考えは危険だ。一緒に勉強して、清く正しい青少年のあり方について学ぼう」
「でもテレビが置いてある部屋に、えっちなタペストリー飾ってますよね? タペストリーの女の子、出しちゃいけないところが丸出しですよ?」
「それは、俺が成年だから。あと、そういうの全部隠すから、それまで外にいてくれ。あ、何なら自分の家に帰ってもいいぞ?」
「絶対嫌です。祝日でやることないから、お兄さんとイチャイチャしてたいですっ」
強い意思を突き付けてきた。どうしてそんなに意地っ張りなんだろう。俺なんて、情けない男だってのに。上の階とか、その上の階とかに住んでる人の方が、きっとまともな人だ。まあ、上の階の人、足音がうるさいけど。
とか思ってみた。実際には、まともな人がJKを家に入れるわけがない。
「お兄さん、聞いてるんですか? 話しているのは私なんです、こっち見てくださいよっ」
「見ない。どうせ全裸にでもなってるんだろ? 不健全なやつだ」
「ひどいですよ! 私はちゃんと、お兄さんのジャージとお兄さんのももひきを着衣してます。なんなら体にこすりつけてますっ」
「やっぱり不健全じゃないか。これは徹底的に指導する必要がある」
「し……しどう……?」
やばい。妙な勘違いをしている。多分、分かってやっている。意図的にそういう思考にもっていって、ふしだらな想像で興奮しているに違いない。
「拭き終わったか?」
「とっくに拭き終わりました。ヒマなのでお兄さんの耳を舐めたいです」
「帰れ」
「じょ、冗談ですっ。お兄さん機嫌直してぇぇ。本当はお兄さんとくっつきたいだけなんです、ねえお兄さん機嫌直してよぉ……」
べたべたひっついてきた。振り払おうにも、濡れ濡れの布団をもみ洗いしてるからできない。匂いがなかなか取れず、だんだんイライラしてきた。こんなにしつこい匂いを付けて。マーキングみたいになってるじゃねえか。
「お兄さん、頭が臭いですよ?」
「ええ⁉」
「頭洗いましょうか? ふふっ」
「くっそ……昨日入ってなかったんだ……JKに臭い頭を嗅がれるなんて!」
「私はお兄さん大好きだから、全然いいですけどね」
「俺が嫌なんだよ。くっそ、匂いが取れない。これ洗い方合ってるのか?」
「お兄さんの方法が一番正しいと思います。手でもみもみ洗う方法こそ、世界に広めるべきです。おろかな人々は足で踏むらしいですけど、賢者であるお兄さんは真に正しい方法を熟知しているんです」
「そうか」
ぽーんと浴槽に布団を投げ入れる。
「今さら気づいた、洗剤を使っていないことに。百合香ちゃん持ってきなさい。洗濯機の横にあるから。さもないと追い出す」
「嫌です。もみ洗いしてください」
「くっそ、結局俺が取りに行く羽目になるのかよっ」
濡れた足で風呂場を出る。床はちゃんと拭いていたようで、つるんと滑って尻もちをつくことはなかった。
「やれやれ」
「お……お兄さん怒ってますか?」
また泣きそうになっている。この泣き顔を見るのも、だんだんイライラしてきた。
「ああ、怒ってるよ。とんだお荷物だ」
お湯を少々溜めた浴槽に洗剤をどぼどぼ流しながら、バシャバシャ音を立てて、汚染された布団を踏みつける。
「まったく、なんて迷惑なんだ君は。人の布団汚して、洗剤も持ってきてくれない。君は罪悪感がないのか?」
やっぱりひくひくと泣いてしまった。全裸ではなかったため、百合香ちゃんを見てみる。深く俯いて、ももひきをぎゅっと握りしめている。
「お兄さんなんか大嫌い!」
「そうかよ」
泣き虫の百合香ちゃんは叫んで、玄関に突っ走り、玄関ドアをバタンと閉め、出て行った。ももひきとジャージを奪ったこと、気づいてないだろうなぁ。
※このあとシャンプーで頭を洗った。
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