第3話 JKのせいで学校に行けない

 眩しい太陽光が、ガラス窓から差し込んだ。今日もいちいち起きないといけない。


「マジで学校行きたくない……」


 俺は、留年を何回も繰り返したせいで学校に行くのを極度に面倒に感じる頭になってしまった。友達もいなければ講義もつまらん。その上、キャンパスは山の上。どうしてそんなかったるい場所に行かなければならないのだろう。そんな思考回路になってしまった。


「むにゃむにゃ……」


 昨日のアレは夢じゃなかったらしい。俺の掛け布団の奥から、女の子の意味不明なつぶやきが漏れている。

 

 春の朝はそれほど寒くない。こうして布団をかぶって、加えて女の子がカイロになっていると、むしろ暑い。


「面倒だけど起きなきゃいけないわな」


 親は、こんな俺を学校に通わせてくれている。去年は途中から学校に行かず、その真実を親に言うこともできず、グダグダと時間が過ぎた。その結果として単位取得数0という大損をした。俺は「学校へは毎日行った」と報告して真実を隠蔽し、親にとんでもない痛手を負わせ、こうして学生をまだ継続できている。


 親に、「カネより人生が大事」なんて言わせてしまった。廃れた我が子の現状を把握できず、いまだ希望を抱かせたままになっている。こんな子供を持ったかわいそうな親を、これ以上苦しめてはならない。今年こそ、親のために学校へ。親に卒業という結果をプレゼントして、ささやかな喜びを感じてほしい。


「……あれ」


 何だろう。中でストッパーが作動している。起き上がれないのだが。


「ちょ……おい!」


 布団の中に生き物が、体にがっちり固着している。


「お兄さぁん……お兄さんどこぉ……ふにゃあ……」


 寝ているようだ。そりゃそうか、布団の中にもぐってたら、太陽光を浴びる確率は0だからな。やれやれ。


百合香ゆりかちゃん? 俺起きるから」


 すぅ、すぅ……


「布団めくるからな? 学校行かないといけないんだよ」


 ふすぅー。  すぅ、すぅ

 

 寝た状態とはいえ腕と手はフリー。

 ガバッとめくるか、一気に。寒さを感じて起きるだろう。


 掛け布団の端っこを持って、


「そりゃ!」


 掛け布団は俺の手に引き寄せられるように、豪快に空中へと昇る。荒ぶる一反木綿いったんもめんのように。


「っとぉ! ダメだ!」


 掛け布団は俺の手に引き戻され、敷布団にバサンと急降下させられる。焦ったかべが足を滑らせたように。


「いけないぞ。これはいけない。……どうしよう」


 結局、起きてくれなかった。がっちり体に固着しているため、俺が布団から出ることも不可能。


 

 布団の中で、全裸の美少女JKに抱きつかれている……。



 

 こんなことしてたら学校に遅れる、なんとしても引き剝がさねば。


「起きろ変態娘、今すぐ起きろ! 火事だ!」


 布団をかぶせたまま、変態をグラグラ揺らす。


「ふぇえ……かじ?」


「そうだよ火事だ! 熱いだろ?」


 間抜けた声が、布団の中から聞こえる。


「私たちをつつむ火のゆりかごの中でお兄さんといっしょにもえつきん……お兄さんだいすきしぬぅ……」


 JKを殴ると、訴えられたときにはきっと負ける。直後に、社会的に低レベルな俺の現状が、たくさんの赤の他人に晒される。


 今日はこのまま寝てしまうか? いやでもダメだ、親に迷惑がかかる。でもこの全裸JK、接着剤のように俺の体にがっちり密着していて、押しても引いても剝がれない。とはいえ学校に行かなければ単位を落とす確率が増加する。一方で乱暴にJKを扱えば、訴えられる確率が増加する。



 ビィー! ビィー! ビィー! ビィー! 



「なんだ⁉」


 とっさに音のした天井を見れば、火災報知器が赤いランプをぱちぱち点滅させながら、騒々しく鳴っているではないか! 


「マジか、火元はどこだ? おい本当に離れてくれ、火事が起こるかもしれないんだ!」


「ふえぇ……。あ、お兄さんおはようございます」


 寝起きの変態娘を見ないよう、目をつぶる。そして目をあさっての方向に向ける。

全裸美少女JK、見てしまえば訴えられる。絶対に見てはならない!


「そんなのいいから。火災報知器鳴ってるから、どけ!」


「え⁉ やばいじゃないですか! 早く火元特定してください!」


 やっとのことで放してくれた。


「どこだどこだ? 家燃えたら親にもっと迷惑かける、火元はどこだ?」


 慌てて起き上がって火元を探すも、見つからない。


「おい百合香ちゃん、火災報知器止めて、うるさいから! 停止ボタンあるの分かるよな?」


「あっち向いててくださいっ。裸見ないで!」


「すす、すみません……」


 いろいろと非常事態が進行している。ともかく火元を探らないと。


「お、お兄さん来て! 布団が焦げてますっ、お兄さんと私の布団が焦げてます!」

「なんだと⁉ 布団から煙とか出るのかよ⁉」


 向かってみれば、百合香ちゃんが煙の出ている布団にくるまっている。着るものが近くにないためだろう。

 そんなこととは関係なしに、煙は刻一刻と立ち上っている。このままだと火種が大きくなって火事へ発展する。たとえJKがくるまっているとしても、水をかけて煙を消し去るべきだ。


「あつっ! お兄さん、中がどんどん熱くなってますっ……私、布団の中で焼け死んじゃいますっ!」

「ちょっと待ってろ、水を持ってくるから」

「怖いです、すごく怖いですっ! おしっこ漏れちゃいます……」

「お願いだから我慢してくれっ」


 風呂場に走り、シャワーの栓を開ける。転がっていた洗面器をひったくり、床に置いて、握りしめたシャワーを洗面器へ向ける。


「この時間もったいない、早く溜まれ早く溜まれ」


 というか、風呂場に女の子の匂いが充満しているのだが。俺の中に火種ができないうちに、早く溜まれよ水っ!


「お兄さん、お兄さぁん!」

「どうした? 大丈夫か?」

「熱い、熱いですうっ」


 わめき始めた。さっさと対処しないと大変なことになる!


「よし、溜まった。今、水を持っていくからな!」


 ベッドに走る俺。両手で持った重たい洗面器の水面がバシャバシャ波打ち、


「あっ」


 いたずらっぽく俺の手から滑り落ちた。


「お兄さん許してえええええええっ」

「どういう意味だよおおおおおおおおい!」


 頭がこんがらがって、燃えてしまいそうだ。これから対処しなければならないことに絶望して、その場に棒立ちするしかない。


 洗面器にたっぷり溜めた水。今は床一面に広がって、俺が流した涙みたいになっている。洗面器一杯ぶんの涙を流す日が訪れるとは、生まれて一度も予想していなかった。


「お兄さんごめんなさい……」


 布団に体をくるんだ美少女JKが、コバルトブルーの瞳からチョロチョロと涙を流している。陽光を反射する白磁の肌を涙が垂れ流れ、布団にポタポタ落ちている。煙はすっかり消失し、鎮火に成功した模様だ。


「謝らないでいい……むしろありがとう、鎮火したから」


「お、お兄さん私を捨てないで? 布団は私が洗います、だからお願い、捨てないで?」


 ぼろぼろ泣き始めた。そんなに泣いたら、また布団の中が大変なことになってしまうぞ。 ……まあ、時すでに遅し感が半端ないけど。


「ってこんなことしてる場合じゃねえ! 学校に行かないと!」


「ぐすっ……ひっく……今日は祝日です…………ぐすっ」


「……」


「ゴールデン、ウイークの、最初です……ぐすん……明日も、明後日も、げほっ……その次の日も休みです。その次の日とその次の日は学校だけど、ずずっ……その次の日は休みで、けほけほ……ぐすっ」


 まだ完全に泣き止んでいない百合香ちゃんが、涙声で詳細な祝日の羅列を述べる。


 今日が4日後じゃなくてセーフだった。本当にセーフ。だけど……


 とりあえず、寝たい。


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